桐生家4姉妹にお任せあれ!

KOUTA

第0話 桐生『4姉妹』の始まり 冤罪を晴らし真実を暴け

桐生家4姉妹にお任せあれ!


「金を出せ」

覆面の男はコンビニ入るなり、ナイフをレジの店員に突きつけ、バッグをおもむろに置き、金を脅し取ろうとする。

その犯行は、早朝の5時のほとんど客のいないコンビニで行われた。

コンビニのワンオペの時間を狙った犯行だ。数少ないが客もおり、悲鳴を上げ困惑している。

「早くしろ」

強盗の男は、警察の到着の危機感に焦り、急かす。

店員は必死にレジの中の金を、バッグに入れるがここで問題が発生した。

「なんだ、この量は!?」

金は男の持ってきたバッグの1/4にも満たない量だった。

「そんなこと言われましても…最近は電子マネーが進んで、現金がそんなにおいてないんですよ」

「だったら、ATMからでも金を引っ張りだぜ! ぶっ殺されたいのか?」

強盗は店員の喉元に包丁を突き付ける。

「勘弁してくださいよ。ATMのお金は、我々バイトにはどうしようもないんですよ」

店員はすっかり怯え切ってしまい、絶望に明け暮れている。

「くそ、こうなれば立て籠もりでもして、金を引っ張るか」

強盗が一度包丁を店員の喉元から下げ、包丁を下に向けた瞬間だった。

「ちょっといいですか」

可愛らしい女の声が、強盗を後ろから呼びかける。

「あ?」

強盗が後ろを向いたその瞬間に、女は体を捩じり力を込めて、後ろ回し蹴りを強盗の顔面に打ち込む。

強盗は、衝撃で倒れこみ、脳震盪を起こし、気を失った。

「ふぅ、これで一安心ですね。

あとは、警察の到着を待ちましょう」

女は、中学生くらいの背丈で、学校指定と思われるジャージと半ズボンで立っていた。

名札には、「本田珠希」と書かれていた。

「蹴り一発かよ…相変わらずだな」

同じ学校指定のジャージを着た長身の男子学生が、強盗の様子を見ている。

強盗は完全に気を失って、かろうじて呼吸の確認ができる程度だった。

少年の名札には、「桐生真琴」と書かれていた。


「また、事件解決かよ。さすがは、本田警部の娘さんだぁ」

駆けつけてきた機動捜査隊の刑事が、感服する。

「いえいえ、早朝のランニングの際にたまたま店に入りまして…私も驚きです!」

珠希は、てれを隠しきれず、ニマニマしている。

「県警本部のお父さんも喜んでいるだろうよ

まったく、機動捜査隊も顔負けの事件解決の速さだな」

相棒の機動捜査隊の刑事も、珠希をほめる。

「まぁ毎度のことで悪いけど、事情を聴きたいから警察署に一緒に来てもらっていいかな」

「はい!」

珠希は元気に返事をする。

対して、真琴の方はいつもの長丁場の事情聴取を想像し、嫌気がさしたような顔を一瞬見せるが、珠希の嬉しそうな顔を見て、ふっと笑い機嫌をよくする。


桐生真琴、つまり僕には、自慢の幼馴染がいる。

明るくて、可愛くて、優しくて、かっこよくて、強くて、頭がよくて、そんな自慢の幼馴染だ。

自分の強さを、いつも「弱きを助け強きを挫く」ために使う、いわゆる任侠の塊のような奴だ。

そんな彼女から、笑顔を、家族を奪ったのは、理不尽な悪意だった。

僕は、彼女の笑顔を取り戻すためなら、何でもする。

この世で、一番大切な君のために…


僕の名前は、桐生(きりゅう)真(ま)琴(こと)。最近中学校を卒業し、春から高校に通う普通の中学生だ。

平均平凡、目立った個性のないモブキャラみたいなやつだ。

そんな僕には、好きな人がいる。

自分とは釣り合わないような、素敵な幼馴染だ。


今日もいつもと変わらない春休みの1日だった。

「まこちゃん、ジュースいる?

入れてくる間にこの問題、解いておいてね」

「はーい」

僕の家の冷蔵庫を開け、コップにジュースを注ぐ健気な幼馴染。

スラっとした綺麗な体形、リスのような愛嬌を持ち、髪は黒髪ロング。可愛いワンピースを羽織る、美女少女が、にこにこしながら待っていた。

少女の名前は、本田珠希。自分の家の隣に住んでいて、小さなころから付き合いだ。

今、僕達は高校の課題と戦っている。

まぁ、珠希は持ち前の頭の良さで、サクッと初日に終わられているので、僕の宿題の面倒を見てもらっている形だ。

そう、見てもらっているうえに、給仕までしてもらっているという図々しい男である。

もちろん、僕だってお世話になっている幼馴染に、ジュースやお菓子を給仕してあげたい。だが、僕が動こうとすれば、機敏に察知し、「給仕はいいから、課題頑張りなさい」と、言われてしまう始末。

僕と珠希は、同じ高校に進学する予定である。珠希の実力ならもっと上を目指せたのだろうけど、珠希が「家から近いし、まこちゃんと一緒がいいんだもん」と可愛いことを言ってくれる。

頭がいいだけでなく、運動もできる。特に、警察官の父の影響を受け、武術は県大会で優勝するほどの腕前を持つ。

かくいう自分は、今のように熱烈な家庭教育をしてもらい、どうにか滑り込んだ感じだ。一緒に練習している武道だって、決してウマいとは言えない…。

でも、珠希は幼馴染のよしみで、今もこうして優しく自分と付き合ってくれる。

「珠希ちゃんて、本当にお兄に甘いよね。

お兄ちゃんも少しぐらい成長しないと、見捨てられちゃうよ」

双子の妹の葵にため息をつかれる。

「本当にね、こんな簡単な問題なら、私でも解けるよ」

双子のもう片方、朱音にまでため息をつかれる。

本当のことなだけに、反論ができないのが悔しい。

そして何より、葵は運動が、朱音は勉強が格別にできる優等生だ。

全く、神は不平等だ。

そんな嘆きをしながら、僕は珠希先生の怒りを買わないよう、必死に問題集をこなした。


珠希との勉強会は、夕食を挟んで午後8時まで行われた。

夕食も珠希のお手製のハンバーグ、「今日は頑張ったからハンバーグ作ってあげるね」とのこと。

子ども扱いだが、それもまた一興。母性溢れ、お手製のハンバーグに舌鼓を打った。

勿論、お手伝いしようと声はかけたが、

「あぁ! そうやって勉強から逃げるつもりだな! ダメです! 勉強しなさい」

と、厳しい(でも可愛い)指導の下、数学の課題を進めた。

まったく、進学こといえ、どれだけ課題を出せば気が済むのだろうか…と、気が滅入りそうになりながらも、珠希のエプロン姿に癒しを感じ、エンジンを吹かして乗り切った。

おかげで、課題はすべて終わった。


午後9時、風呂を出て脱衣所で服を着ていると隣家の珠希の家から、悲鳴と物音が聞こえた。

珠希の父は警察官だし、珠希も武術に精通している、事前に調べれば絶対に不法侵入したくない家だが、一抹の不安を抱え、僕はラフにジャージを羽織って、隣家に向かった。

珠希の家のドアを恐る恐る触れると、鍵は開いていた。

部屋に入ると不安は的中した。

玄関から見える階段で、珠希の父が腹部と首を刺されて、血を流して倒れていた。

「うわぁぁぁぁ!!」

悲鳴交じりの叫びをあげる。

すると、窓が開く音がするとともに、誰かが外へ逃げて行った。

犯人を追うか? いや、武術に疎い自分が応戦しても事態を悪化させるだけだ。

今は、目の前の珠希父の容態を確認しなければ?

「大丈夫ですか!?」

僕は、急いで珠希父に近づき、脈に触れる。

だが、手遅れでもう息を引き取っていた。

くそ、手遅れだったか。珠希は!? 珠希は大丈夫なのか?

僕は焦る気持ちを抑えきれず、一階の部屋を探す。

台所、トイレ、リビング、手当たり次第に探した。

血なまぐさい匂いが、僕の不安を駆り立てる。

すると、リビングのクローゼットから女性の涙声が聞こえる。

クローゼットをそっと開けると、そこには服を割かれ、裸同然の珠希がいた。胸元に深い切り傷を負っている。

「おい、大丈夫か? おい!」

「近づかないで!!」

僕は呼びかけをしたが、珠希は震えてパニックに陥っており、僕を受け付けなかった。そう叫ぶと、気を失ってしまった。

僕は、珠希の安否を確認すると、すぐに警察と消防に連絡した。


それから、5分で警察と消防が到着した。

珠希は救急車で運ばれ、僕は警察に事情を話した。

「これはひどい…」

強行犯を主に扱う刑事たちも、息をのんだ。

警察は現場検証をすると主に、部屋の様子を調べた。

だが、部屋は荒らされていない

よって、物盗りの犯行の線は消え、警察は殺人の線で追う方針と思われる。

僕は、珠希の父の死に突然の死に動揺した。

そして、珠希のあのパニックの様子からして、心の傷は深いものだと思われる。

僕にできるのは、珠希の心のケアだと思い、その日は更けていった。


◇千葉医科大学付属病院

次の日、僕は珠希の様子を見に、病院に伺った。

病院の病室は、精神科の管轄だった。

切り傷は深く乳房を切り裂いて大量出血していたものの、手術の結果命に別状はなく、意識を取り戻したという。

看護師さんに病室に案内され、病室に向かった。

ドアの前までくると、看護師は不安そうな顔を見せた。

「ただ、一つ申し上げにくいのですが…

もしかしたら、珠希さんはPDSDによる極度の男性恐怖症に追い散っている可能性があります。

また、過度なストレスに晒されたため、解離性同一性障害の可能性もあります。

その際は、すぐに退室していただく可能性があります」

「分かりました」

看護師さんに言われたものの、自分の中では大したことない、そう思っていた。

だが、事態はそう甘くなかった。

「いやぁぁぁぁ、来ないでぇ!!」

泣き叫ぶ甲高い悲鳴が、病室に響き渡る。

拒絶、それが僕への反応だった。

僕はすぐさま、部屋を出た。

それは、この15年の信頼関係が崩壊した、何よりの証拠だった。

「やはり、ダメでしたか…」

看護師さんは項垂れる。

「実は、男性の先生すら受け付けなくなってしまったんです。

でも、それも致し方ないのかもしれませんね。

警察の話によると、目の前で父親が殺害されたうえに、家の中で追いかけられて、服を破り性器や乳房を触られる猥褻行為をされた挙句、抵抗してしまい、胸を切られたそうです」

僕は改めて、事件の重さを見ることになった。


それから数日たっても、珠希は一向に良くならなかった。

幸い、女性なら受け入れられるらしく、母や女性医師とは会話ができるという。

だが、一向に僕は恐怖の対象でしかなかった。

一回女装も試みた。

だが、無駄にガタイがよく、一発で男性だとわかってしまう。

この無様な女装姿を見て、笑ってくれるなら、いくらでも恥をかく覚悟はできている。

だが、恐怖の対象であるなら、僕には何もできない。

僕が転べば、すぐに手当てをしてくれた。

僕が悩めば、いくらでも相談に乗ってくれた。

考えすぎて、一晩明けたことだってある。

僕が凹めば、たくさん励ましてくれた。

僕がいくら泣いても、泣き止むまで側にいてくれた。

僕がいじめられたら、いつでも助けてくれた。

中学生のくせに、10人の大学生相手に、僕を護るために、こぶし一つで立ち向かった。

なにより、珠希は僕のADHDだって受け入れてくれた。

掃除や整理整頓、事務処理が苦手な僕に、いつでも一生懸命手伝ってくれた。

改善策を自分のことのように、模索してくれた。

みんなが見捨てても、どんなにみんなに馬鹿にされても、珠希だけはいつも笑顔で手をさしのべてくれた。

珠希はなにがあっても、どんなときも、僕の味方でいてくれた。

そんなたくさん僕を助け、支えてくれた珠希がつらいときに、僕は何もできない。

それが悔しくて悔しくて、何度も自分の部屋で泣き叫んだ。


それから数日たった、ある日だった。

女性医師から僕と僕の父母が呼び出され、個室でこんな話を聞けた。

「珠希さん、あなたとも思い出は大切にしているようですね。

カウンセリングをするたびに、あなたとの思い出を話すのよ」

「そうなんですか…」

「本来なら家族が支えて上げられればいいですけどね…珠希さん、祖父母も母親も、既に亡くなっているでしょう。

最後の希望のあなたまで、男性恐怖症で受け付けないとなると、回復には時間がかかりますね」

珠希の母親は、珠希が小さいころに病気で亡くなった。そんな珠希に寂しい思いをさせないように、粉骨砕身で珠希を育てたのが、珠希の父だった。珠希もそんな父を心から愛し、尊敬していた。その父を目の前で殺された痛みは、想像を絶するだろう。

くそ、本当に僕には何もできないのか…

悔しさでこぶしを握ると、力の入れすぎで爪が皮膚に食い込み、血が出た。

だが、そんな痛みも気にならないほど、僕は悔しかった。

「そんなに悔しいのね…

実は一つだけ解決策があるといえば、あるんですよ」

「本当ですか!?」

僕は食い気味に、前のめりになり希望のまなざしを向ける。

「うん…あるにはあるけど…

ねぇ、君は『女の子になる覚悟』ある?」

「はい?」

「実は君のお母さんの属している大学の研究室と共同して、近年の、性同一性障害に関する対策や、男女平等社会への一環として、性転換の薬の研究が行われているの。今は、男性から女性になる薬だけは、モノになったんだけど、実験サンプルが少なくて困っているの」

「なるほど、その実験に協力すれば、僕は女の子になり、珠希の支えになってあげられるということですね」

「そうだね。ただ正直まだ分からないことが多いから、正直女性になれたとしてもどんな年齢の、どんな健康状態で変化するかは未知数なのよ」

「それでもやります! 今度は僕が珠希を救いたいんです!」

僕の意思は固かった。

「お父さん、お母さんの意見はいかがですか?」

「私は、共同研究者として、是非サンプルになって研究結果を得られるならありがたいし、女の子になって珠希ちゃんを救いたいという息子の願いを叶えられるなら、私は息子の判断に任せるわ」

「俺も、弁護士として昨日契約の書類を見せてもらってから、正直、すぐにハイというのは、怖いものがある。

だが、息子が望むことを邪魔するようなことはしたくない。

息子が望むなら、全力で応援したい」

「だってよ、息子さん。どうする?」

「勿論やります!例え、幼女になろうがおばさんになろうが、必ず珠希の支えになりたいんです!」

「決まりだね。じゃあ、この契約書にサインを。そしてこれが、その薬さ」

女性医師は、1粒のカプセルを出した。

僕は契約書を読み、親父の意見を聞いたのち、サインをした。

そして、覚悟を決めて、カプセルをのんだ。

すると、眠気に襲われ、ベッドを借りてしばらく寝た。


数時間後

僕は目を覚ました。

起き上がろうとすると、自分の着ていた服がブカブカであることに気が付いた。

ゆっくりと起き上がり、周りを見ると、父も母もニコニコ(ニヤニヤ)している。

父から手鏡を受け取り、そっと覗くと…

そこには、ギリ中学生に見える、小学生に近いあどけない美少女がいた。

「うわぁ! 可愛い!」

そう発する僕の声も、声優の声みたいに透き通った可愛い声になっていた。

「実験は成功のようね。

いやぁ、妹の朱音と、真琴の半物ずつの特徴を残したいい感じの女の子だね。」

「そうか?」

この美少女が自分の半分の要素を持っているようには思えないけど…

まぁ美少女になるという、多くの男性の夢は叶ったのだから、あまり文句を言うのはよそう。

「さて、そのズルズルの服じゃ恥ずかしいだろうから、美玖のおさがりを持ってきたから、着替えて」

愛花のおさがり…嫌な予感はしたが、裸よりはましだろう。

僕は着替えるため、カーテンのあるベッドで着替えた。


お披露目タイム。

結論、自分でも可愛いと思う!

シンプルだけど可愛い羽織りものに、程よく短めのスカート。

所謂、シンプルコーデみたいな衣装だ。

「わぁ、可愛い!! これが私の娘…」

「僕の娘かぁ…写真撮ろう!」

両親、ご満悦の様子である。

七五三などの祝い事のように、カメラでパシャパシャ撮りまくる。

最初は、恥ずかしさもありつつ、今までにない経験の高揚感でモデルのようにポーズをとるという浮かれぶりを披露した。

それから15分ほど、写真撮影が続いた。


さて、本題に入ろう。

僕は、珠希の病室の前にいる。

美少女になった今なら、僕は珠希の隣にいれるかもしれない。

僕は、緊張の面持ちでドアを開けた。

ファーストインプレッション

ドアを開けると、珠希がこちらを見る。

だが、特に拒絶などはない。

ひとまず安心だ。

「こんにちは」

「え…と、どちら様?

美玖ちゃんや凛ちゃんにしては、顔が幼いし、背も小さいような…」

悪かったな! 妹よりロリッ子になってしまったよ。

さて、ここで悩むのが、この美少女が僕だと打ち明けるかいなか。

中身が男だと知ると、拒絶されてしまうかもしれない。

だが、やはり僕は僕として珠希を支えたい。

覚悟を決めて、名乗る。

「桐生真琴だよ。珠希と話したくて、女の子になりました」

「えっと…? なんかの冗談かな?」

珠希は、不思議そうに眉をひそめる。

だが、怖がっている様子はない。

そりゃ、幼馴染がいきなり女の子になったら焦るわな。

「いや、本当だ。薬で女の子になったんだ」

「クスリデオンナノコニ??」

「よし、信じられないなら何でも質問してくれ! 僕は僕だから答えて見せるさ」

「う~ん、そういわれてもな…じゃあ、二人で毎年言っている花火大会の名前と、秘密の場所は?」

「神田川ビーチ花火フェスタ、秘密の場所は公園裏の山、山頂付近のひらけた草原」

「正解、じゃあ修学旅行で二人で買ったおそろいのお土産は?」

「京都宇治抹茶のまっちゃんストラップ!」

「正解…じゃあやっぱり、まこちゃん?」

「そうだよ!真琴だよ。母さんの研究の兼ね合いもあって、女の子になったんだ」

「へぇ…ふむふむ」

珠希は僕をニヤニヤしながら見る。

男性恐怖症の対象にならないのは嬉しいが、そんなにじっと見られると恥ずかしいものがある。

胸をぺたぺた触ったり、股にふれたり、体を触り確認する。

「胸はないけど、確かに女の子だ。しっかし、可愛いなぁ~自分の妹にほしい」

珠希は納得して、ニヤニヤしながら興奮して、更に体の周りをまわって観察する。

それは久しぶりに見る珠希の楽しそうな顔だ。

「こんなに笑顔になるなら、本当に妹になって、珠希を支えたいくらいだよ…」

僕は、ボソッと願いをつぶやいた。

「流石はうちの子!」

僕のつぶやきを聞いたかのように、母がドアを開けて入ってきた。

「いきなり現れるなよ!びっくりしただろ!」

「普通養子縁組よ! 真琴のことだから言い出すだろうと思って、家族で話し合って、その準備は既にできているわ!」

「準備が早いな!」

「あとは、珠希ちゃんしだいだ。どうしたい?」

「え…本当に家族になってくれるんですか?

私、まこちゃんの家族に迷惑かけてしまうかもしれませんよ

養育費だってかかりますし…」

「迷惑?金?

上等じゃないか!子供なんだ!いくらでも迷惑かければいい。

私たちの金をいくらでも成長の糧にすればいい。泣きたいときは泣けばいい、怒りたいことは怒ればいい、欲しいものがあるときは、欲しいと言えばいい。私たちはそれを迷惑だと思わない、それは子どもの成長だよ。」

母は、そっと近づき珠希と僕を抱きしめる。

「もう、一人で泣かなくていいだよ。珠希ちゃんが真琴のことから逃げたことがないように、私たちだって絶対に珠希ちゃんを見捨てない」

すると、珠希は溜まっていたダムが崩壊するように、母の胸で泣いた。

母はそれをただただ暖かく見守った。

僕も、やっと頼れる相手が見つかって溜まっていた悲しみを吐き出す様子を見て、安心感をもった。


泣き止む頃には、日が暮れていた。

「おばさん、いや、お母さん!ありがとうございました」

「あら! お母さんって呼んでくれるのね!ありがとう、でもまだ慣れないでしょ?」

そうは言いつつ、母さんはまんざらでもなく嬉しそうだ。

「はい、正直まだまだ。でも、慣れていきます」

「うんうん、そうだね。ところで、真琴、珠希ちゃん、殺人事件の被疑者が逮捕されたのは知っている?」

「いえ、しばらくニュースを見てなかったので…」

「僕も」

最近はスマホも開くにならず、ましてやテレビも見る気が起きず、ひたすらベッドにこもっていた。

「被疑者なんだけど…しずくちゃんのお兄さんなの」

「え! しずくちゃんのお兄さん!?」

珠希は驚いて、大きな声を出す。

新城しずくは、珠希の同級生で親友である。

確かに昔は暴走族の時期もあったけど、その時代ですら決して一般人に迷惑をかけるような不埒な真似はしなかった。

それに、今は更生して社会人になったはずだ。

「なんでまた、今回の殺人事件に関わるのさ?」

「それが、どうも冤罪だと言っているみたいよ」

「つまり、無実を主張しているのか」

「無実ですか…」

「それと、これしずくちゃんからの手紙を預かったわ。

もしよかったら読んでみて」

珠希は手紙を受け取り、封を開ける。

そこには、しずくの思いが綴られていた。

『珠希ちゃん、体調や傷は大丈夫ですか?

突然こんな手紙を出して、ごめんね。

お父さんのことは、本当に痛ましく思う。

だけど、お兄ちゃんはやってない!!

それだけは信じてもらえないかな。

今、ネットもTVもお兄ちゃんを警官殺しの悪人として、袋叩きにしている。私も騒動で、家から出られないので、手紙の形で連絡させてもらったの。

こんなお願いをするのは、筋違いだってわかっている。

だけど、お願い。警察と懇意にしている珠希ちゃんから、真犯人を見つけるよう働きかけてもらえないかな?

どうか、お兄ちゃんを助けてください。

しずく」

その手紙には、涙の跡が刻まれていた。

「珠希ちゃんにしてみたら複雑な気持ちよね。

親友のお兄さんが逮捕されたことも信じられないし、どうして自分の父親が殺されなければならなかったのか?

被害者遺族なら当然の疑問よね」

「はい…私も、気になります」

「そうだよね」

母は誘導尋問じみた問答をする。

まさか…

「そこで、パパからのプレゼント。

捜査…してみない?」

「「捜査?」」

それは、突拍子もない提案だった。

だが確かに、早く真相がわかれば、珠希の回復にもつながるだろう。異論はない。

母から、この数時間で父が用意してくれた作戦を、聞かされた。



◇千葉地方検察庁

武藤(むとう)剛(たけし)は、胃痛でキリキリする腹をなでながら、支部長の松島とエレベーターから検事正室へと向かっていった。

おそらく、今回の警察官殺人事件の被疑者が勾留決定をして数日たつ今でも全く自白しないことに関する話だろう。きっと発破をかけられる。武藤は、名前が厳めしいが、しがないサラリーマン気質の所謂文学派の優男だ。体育会系の検察とは、あまり相性が良くない。

ましてや、今から会う桐生(きりゅう)英治郎(ひでじろう)検事正は、元特捜部の剛腕の検事と呼ばれ、多くの事件でその腕をふるい、被疑者を自白され、真相を暴いてきた、バリバリの現場派の人間だ。法務省上がりの赤レンガ族とは、放つオーラが違う。

上司の松島からも、ひたすら謝罪し、「自白を取ります。努力します」とだけ言うように、言われている。検事人生を守るためにも、ここは深々と頭を下げ続けることに専念しようと覚悟を決めた。

「失礼します」

「どうぞ」

松島がノックをし、一緒に検事正室に入る。

そこには、奥の机に、ガタイのいい老人が立っていた。

「呼び出してすまない。どうぞ、座ってください」

検事正に促され、俺と松島はソファーに座る。

「いえ、検事正にお時間を取っていただき光栄です。それで、話というのは・・・」

松島が定型文と分かりきっている質問をする。

「うむ、例の千葉県警本田警部殺人事件の捜査についてだ。」

「申し訳ありません」

分かりきっていた回答なだけに、松島はすぐさま頭を下げる。自分も、即座にそれに従い、頭を下げる。

「申し訳ありません。まだ被疑者の新城の自白が取れておりません。明日こそは、自白をとりますので、どうかもう少々お待ち下さい」

賢明な謝罪の甲斐あってか、検事正はしばらく黙り、ため息を付いた。

「被疑者が自白しない、この原因は何だと思うかい?」

「は! それは、被疑者が反省していない、もしくは検事の実力不足だと考えます」

今は、自分の評価を下げてでも、寛大な許しを得なければ…

「ふむ、それも一理はある。だが、もっと大事で当たり前の理由がある」

「は それは一体…?」

「被疑者がやってない…からだ」

検事正は、コツっとペンを机に振り下ろして、こちらを向く。

「自白は更生の第一歩、自白は証拠の女王、警察も検察なら、普段から耳にタコができるほど、聞いた言葉と思う。

だが、過去の冤罪事件を鑑みるに、自白ほど恐ろしいものはないとわしは思う。」

「は、おっしゃるとおりです。」

「今回の事件、被疑者は自白しないものの、客観的証拠は揃っている。起訴に持ち込んでも、有罪を得られるかもしれない。それこそ、99.9%有罪かもしれない。だが、残りの0.1%に事実が隠されているかもしれない。

検察は秋霜(しゅうそう)烈日(れつじつ)のこのバッジに誓って、0.1%の事実まで暴かねばならない。

私はある捜査協力者に、それを教わった。

お陰で私は3年前、検察の大罪『冤罪』を弁護士に立証される前に気づき、控訴取り消しという形で、なんとか私と検察の威信を、なにより被告人の人生は護られた」

「そんな捜査協力者が…」

「今回の事件、警察も仲間を殺されて熱くなり、検察の威信がかかった事件だ。だからこそ、冷静に判断しなければならない。

しかし、一度敷かれた捜査のレールは簡単には外れることができない。

それに、私も検事だ。検事や事務官が、どれだけ多くの事案を抱えているかは、私も知っている。

だからこそ、今回もその捜査協力者に力を借りたいと思うのだ。

いや、今回は私の私情もある。どうか、彼らを捜査に協力させてあげてほしい。

全責任は私が持つ。

この通りだ」

検事正は、我々に深々と頭を下げた。

それは、地検のトップが平の検察官に頭を下げる、異常事態であった。

「勿論です! 自分も検事として、真相解明に尽力したい次第です。」

「うむ、武藤検事ありがとう。松島くんも、なにかと迷惑をかけるだろうが、どうかよろしく頼む。」

「分かりました。にて、その捜査協力者とは?」

「うむ、この子達だ」

「え!? この子達?」

検事正から渡された写真には、中学生ぐらいの小さな女の子2名だった。

その写真は、病室でとられたようだ。


◇次の日

昨日退院した珠希を交えて、今日は家族総出で衣裳部屋にいる。

「うわぁ、あんた似合っているじゃん」

「うん、お兄可愛い!」

「うんうん、まこちゃん、すごい可愛いよ!」

女性陣の歓声を受けながら、僕は鏡を見た。

そこには、小学校から進級したてのような中学生みたいな自分が、セーラー服を着て立っていた。

ショートカットの黒髪を、妹の勧めでおさげにしている。

「ママの昔の制服なのよ。取っておいてよかったわ」

「うん、服を貸してくれるのはありがたいけど、僕はこの姿で街を歩くのか…

恥ずかしい。特にスカートなんて、無防備すぎるだろ」

「恥ずかしがっていてもしょうがないでしょ。

これが、女の子になるということなのだから」

「そうそう、お兄ちゃん可愛いから大丈夫だよ!恥ずかしがらずに…」

「そうはいっても…」

その場で女の子になる勇気はあったが、一晩明けて女の子の生活が始まるとなると、冷静に考える時間ができ恥ずかしくなる。

この姿で、捜査したくない…生き恥だぁ~

「まこちゃん、可愛いよ!一緒に頑張ろう!」

「よし分かった!頑張ろう!」

珠希が言うなら、間違いない! 自信が沸いてきたぞ。

「切り替え早!?」

「お兄ちゃん、単純!?」

僕は、心もとないスカートから手を放し、自信をもって外に出た。


武藤は次の朝、地検前で待ち合わせをした。

しかし、あんな中学生の反抗期盛りのメス餓鬼が、あの剛腕『桐生英治郎』の推薦する協力者とは、いまだに信じがたい。

そう、丁度自分に近づく、ブレザーとセーラー服の女子みたいな…

「珠希は、もう退院して大丈夫なのか?」

「うん、まだ経過観察段階だけど、少しずつ男性や社会にも慣れていこうかなって。厳しかったら、すぐにおじさん…いやお父さんにお迎え頼むから」

「そっか。無理だけはするなよ」

「ふふ、まこちゃん、見た目は妹なのに、お姉さんみたい」

「ふ、軽口が叩けるようになるまで回復したと判断しよう」

朝から女子中学生は百合百合している。

だが、妹にと思わしき女子が、俺に話しかけてきた。

「武藤剛検事ですよね。初めまして、桐生真琴です。それでこっちが」

「本d…桐生珠希です。よろしくお願いします」

珠希は、真琴の後ろに隠れながら、そっと顔をのぞかせて自己紹介をする。

餓鬼と言ったことを訂正しよう、なかなか可愛いではないか。

「うむ、早速だが事件の概要を説明したい。朝から取り調べが入っているので、少しペースは速めで行くぞ」

俺は、二人を俺の検事室に案内した。


◇千葉地方検察庁 武藤検事室

「早速だが、事件の概要を説明する。

3月28日午後9時頃、本田警部の自宅に侵入し殺害するという、殺人事件が発生した。警察の捜査で、足跡、凶器の指紋から、近くの工場に寮暮らしをする被疑者、新城(あらき)克也(かつや)(25歳)が逮捕された。また新城の自宅を家宅捜索した際、被害者の血の付いた作業服が見つかった。動機は、新城の傷害の前科(マエ)だ。新城は二十歳の時に仲間と、歩行中の大学生グループに因縁をつけられ、相手に傷害を負わせた罪で逮捕された。

まぁ正当防衛が認められて、不起訴になったがな。

ただ逮捕の際に、多少やんちゃをして公務執行妨害罪でも逮捕されて、結構厳しい取り調べをされたそうだ。

その事件の捜査をし、逮捕した刑事(デカ)が本田大翔警部だったというわけだ。つまり、お礼参りだな。

ここまでで質問はあるか?」

話を聞いた真琴は考えこみ、珠希のほうは真琴にしがみつきながら、何故か挙動不審でいる。

「検事さん、1つ良いですか?」

「なんだ?」

「この新城さんは、本田警部のことをどのくらい知っているんですか?」

「どのくらいとは?」

「強さですね」

「強さ?」

ゲームじゃあるまいし、強さのデータなんて知るもんか。

何を考えているんだ?

「なぜ、そんなことを聞く?」

「だって普通、警察官を殺すのに、包丁1本で挑もうとしますかね。ましてや、警察の大会で何度も優勝・準優勝の成績を収めえた“武の守護神”本田ですよ。家を調べたなら、そのくらいの情報も調べていると思いますが…」

「!! 確かに」

「あと、家なのも気になります。家の場合、見つかった際に木刀などの武器が近くにあり、殺害は困難かと思います。よっぽど、警察署からの帰りの無防備な状態を襲ったほうが合理的です」

「!!! そう言われればそうだな。だが、武器があるのを想定していない可能性も…」

「あり得ませんね。本田警部は、毎日時間の余裕ができたときに、素振りをしています。家を調べるほどの犯人が、そんな目撃情報を把握していないとは考えにくいです」

「ねぇ、この調書に裏付けできるデータがあるよ」

珠希がそっと書類を、俺と真琴に見せる。

「当時の傷害事件の逮捕にかかる書類か。

被疑者新城は、サバイバルナイフを持ち、本田警部補を威嚇。だが、本田警部補は警棒を振るい、サバイバルナイフを折り、更に小手を打ち、犯人を無防備に。殴りかかる新城を軽くいなし、本田警部補は柔道の背負い投げで、新城を無力化。その後も、仲間9名を柔道・合気道・空手を用い、無力化。本田警部補1人で、10名を逮捕…

え? 彼は人間ですか?」

「まぁ、僕ならこんな化け物に、包丁一本で殺そうとは思わないね」

「私も、無理かも…」

「ふむ…一理も二理もあるな」

俺のこの数日の有罪バイアスに傾いていたのが、この少女によって無罪に傾き始めた。


◇柏木警察署面会室

新城克也は、弁護士との面会に呼ばれ、面会室の席に着く。

アクリル板を挟んで向かい合うのは、くたびれた年寄りの爺さん弁護士だ。

国選弁護で儲からないとはいえ、この爺さんは事実認定で争おうとしてくれず、ひたすら情状酌量弁護にしたがっている、やる気のない弁護士だ。

いくら無実を訴えたところで、一向に聞きやしない。

警察も検察も一向に話を聞かない。「お前がやったんだろ!」の一点張りで、まるで岩に話しかけているようだ。新城自身、少年時代は少年課に補導され、刑事の説教を受けていたが、彼らはもっと温かみのある連中だった。

どうも捜査一課(強行犯係)の連中は、荒く冷たい印象がある。

拘束されているのもあって、そろそろ気が滅入りそうだ。

俺はこのまま冤罪で殺人犯に仕立て上げられてしまうのだろうか。言いようのない不安が押し寄せる。

「おはよう、今日は君に大事な話が合ってきた」

弁護士は、いつもとは雰囲気を変え、話しかけてきた。

「君にとって幸か不幸か、検察が協力者を取り調べに参加させたいと言ってきた。法曹界では有名な、剛腕の検事『桐生英治郎検事正』の推薦だそうだ。相当の切れ者だろう。君が有罪なら、あっという間に暴かれるだろう。

参加されるか否かの選択権は、君にあるそうだ。

どうしたい?」

新城はしばし黙って考え込んだ。

「なぁ先生、そんな切れ者ってことは、真相を、俺の無実を暴いてくれる可能性もあるってことだよな…」

「勿論、君が無実ならその可能性はあるな。

あと、今回の事件は殺人事件で、取り調べの録音・録画が義務付けられている。協力者が介入しても、人道に反する取り調べが行われる可能性は低いだろう。賭けてみる価値は、あるのかもしれないな。」

「分かった。先生、協力者を取り調べに参加させてくれ!」

新城は、一途の望みを協力者に託すことにした。

だが、彼は知らない。まさか、切れ者と称される者が、女子中学生(ガキ)だということに…。


◇武藤検事室

新城は、取り調べの時間になり、検事室に呼ばれた。

目の前には、ガタイのいい圧力のある武藤検事が座っている。

本人は文学系というが、この分厚い筋肉のどこが文学系なのか、筋肉文学系かよと、疑いの目で見る。

このおっさんも、自分の自白をとりたがっているから、この数日まったく話を聞いてくれなかった。正直、苦手である。

「こんにちは、新城さん。捜査協力者、快諾してくれてありがとう。早速だが、この2名は捜査協力者だ。」

武藤検事に促され、武藤の隣に座っていたガキが挨拶をする。

「こんにちは、桐生(きりゅう)真(ま)琴(こと)といいます。よろしくお願いします」

「わ…私は桐生(きりゅう)珠(たま)希(き)です。よ…よろしくお願いします」

「ちょっと待ってくれ、検事さん。こいつ、妹の同級生の中坊のガキじゃないか!

天下の検察が、ガキに捜査協力を依頼したのか?」

「言いたいことは分かる。だが、文句はこの取り調べを受けてからにしてくれ」

「まぁ、検事さんが言うなら分かったよ。どうせ、おっさん1人だけの取り調べでも、自白を迫られるだけだからな。」

「ありがとう。申し訳ないが、桐生君達にも、もう一度事件のあった日の話をしてくれないか?」

「分かった。

あの日は仕事を終えて、酎ハイ飲んで寝たな。あの日は疲れていたんだろうな。酔いが回るのが早かった気がするし、よく眠れた。途中起きなかったからな。んで、起きたら次の朝になっていた。本当にそれだけだな。

んで、後日警察が来て、俺の部屋を家宅捜索したら、部屋の中から血の付いた包丁と、俺の血塗られた作業服がでてきた。

でも、俺は何も知らないんだ。」

新城は、覚えている範囲で事件の概要を語る。

すると、さっそく真琴が切り出した。

「お酒は強いほうですか?」

「酒? なんでそんなこと聞くんだ?」

俺が不審がると、「いいから、質問に答えて」と、武藤のオヤジは指示を出す。まぁよく分からないが、答えてやるか。

「あぁ、強いと思うよ。いつも、酎ハイの後に、日本酒をロックで飲んでいるからな」

「じゃあ、あの日はどのくらいのお酒を飲みましたか?」

「確か、缶チューハイ1本」

「濃度は?」

「5%くらいだな」

「分かりました。

では、その日の仕事は、いつもと違っていたんですか?」

「いやぁ、変わらないな」

「毎日飲む薬はありますか?」

「毎日? あぁ喘息の薬と花粉症の薬だな。」

新城は不思議だった。警察でも検察でも、今まで一度もこんな話をしていない。こんな話を聞いて、一体何がわかるというのだ…。

だが、こんなに自分の話を受けいれてくれて聞いてくれたのは、初めてだった。

「そうですか…

では、本田警部について聞きます。

本田警部に恨みは?」

やっと、事件に関係ありそうな話に移った。

「恨みなんてあるわけないだろ!そりゃ、パクられたことに怒りを感じた時期はあったけど、あのおっさんの取り調べは温かいものだったし、おかげで不起訴だったし、仕事だっておっさんが見つけてくれたんだ。

俺の仲間もそうだ。あのおっさんのおかげで、取り返しのつかない所に行かずに済んだ。

親もセンコーも見捨てた俺らを、少年課の刑事(デカ)として、素手で本気でぶつかってくれた。

俺らが復讐でボコられてたら、夜中でも単身で駆けつけてくれた。俺らは困っていたら、いつでも警察署で話を聞いてくれた。

おかげで、俺らは大人を信じられるようになった。

俺らで本田のおっさんを恨んでいる奴なんていねぇよ。

それにな…一課の刑事から聞いたところによると、犯人は珠希ちゃんの前で殺したらしいじゃねぇか。俺には、到底そんなことはできない。

俺らが腹を減らしていれば、小学生だった珠希ちゃんは手料理を作ってくれた。家事のかの字も知らない俺らに、丁寧に家事を教えてくれたのだって娘さんだ。

俺は断じて、そういう人も思いやりまで踏みにじるような、外道に成り下がったりしない。」

「そうなんですね…父は、そんなに人望があったんですね」

「あぁ、俺たちが今も半グレにならずに、真っ当な道を歩けているのは、おっさんのおかげだよ」

新城は、涙ながらに深々と頭を下げる。

新城はこの子の悲しみを考えたら、俺の無罪よりも先に、一刻も早く事件が解決してほしいと願いのだった。


新城が検事室を退席したのを確認する。

「動機がないとなると、ますます怪しくなってきたな。」

「そうですね。武藤検事、私たちはこれから現場を見てきたいと思います。」

「分かった。ただ捜査は何があるかわからない。付き添いの刑事をつけよう。桐生検事正から、県警に依頼が言っていると思う。今呼び出そう」

武藤はスマホを操作し、県警に電話を掛けた。

「連絡が取れた。数分で地検前の駐車場に、くるそうだ。

準備しておいてくれ」

「分かりました。」

真琴と珠希は、荷物をまとめ、駐車場に向かった。


それから数分で、黒のマークXが駐車場に到着した。覆面パトカーだろう。

中から、20代の髪を軽く茶髪に染め軽くカールをかけた、いわゆる若者が出てきた。

「真琴ちゃんに珠希ちゃんだね。捜査一課の桜坂っす。因みに、本田警部の元部下だったりするっす。兄貴には、お世話になったっす。」

喋り方も軽いようだ。頭も軽そうだが、武藤検事曰く、機動隊や警備畑を渡ってきたやつで、腕は立つとのこと。護衛には、もってこいの人材だそうだ。

「桐生真琴です。よろしくお願いします。」

「き…桐生珠希です。よろしくお願いします。」

珠希は僕の後ろにしがみつきながらそっと様子をうかがっている。

「いやぁ、なにせ捜査指針が、新城本筋でしてね。組織の都合上、俺みたいな若いやつしか動かせないみたいで。まだまだ新人すけど、よろしくお願いするっす」

「いえいえ、捜査を教えてもらえるだけでも、ありがたいですよ。

では、さっそく現場までお願いしてもいいですか?」

「了解っす!」

真琴と珠希は、マークXに乗り込み、現場に向かった。


◇三井製作所 

マークXは、三井製作所についた。

三井製作所、新城の勤めている会社で、その近くに新城の住んでいる寮がある。

「早速ですが、新城の部屋を見てもいいですか?」

「新城の部屋っすか!こちらっす」

桜坂に案内され、寮の中に入り、廊下を進み新城の部屋に向かう。

すると、寮の中でカギを開けっ放しの部屋が、ちらちらあり目立つ。

「ここの寮の皆さんは、カギを開けっ放しにすることが多いんですか?」

「えぇ、貴重品は持ち歩くので、開けっ放しの人もいるみたいっすね。」

「新城さんの部屋も、そうだったんでしょうか?」

「えっと…そうすね。新城も開けっ放しが多かったみたいっすね」

なるほど…そうなると、証拠の意味が変わってくるぞ…


部屋に入ると、そこは汚部屋だった。

「人のこと言えないけど、これはまた過激なお部屋で…」

ADHDの真琴からしても、そこは汚かった。

真琴でも流石に汚いという感覚はある。だが、部屋の掃除の仕方が分からず、混乱するから、部屋は汚いが、流石にここまでごみは貯めない。

「血の付いた包丁は、どこから見つかったんですか?」

「うっす、あの毛布の山の中にありましたね。」

「包丁を毛布の山の中ねぇ…」

「警察は、証拠品をとりあえず入口近いこの山の中に隠したと睨んでいます。あと、血塗られた作業服もこの山の中ですね」

なるほど…ますます、怪しくなってきたな。

真琴はゴミの山、もとい部屋の山を捜索する。

ロングの黒髪に埃が絡まっていくのは不快だが、堪えて捜索に専念することにした。

今日も家に帰れば、昨日同様珠希と風呂に入って洗いっこができる。

まだまだ男子の心は忘れない真琴であった。

それに、あと少しでピースがそろっていく。

「桜坂刑事、事件当時のこの近辺の目撃証言を些細なことでもいいので、教えてもらえませんか」

「うっす、えっとその日は…次の日に大きな仕事があるので、早めに寝た社員が多いようですね。あとは、寮長がお休みで、人気(ひとけ)が少なかった。

そういえば、近くで火事があって消防車がうるさかったという話もありますね。そのくらいですかね…どれも、事件には関係なさそうですけど…」

「…睡眠薬」

珠希がボソッとつぶやく。

「え?」

「やっぱりそうか。僕も珠希と同じ意見だ。新城さんは、途中起きることもないくらい、ぐっすり眠っていたと言っていた。消防車のうるさいサイレンが鳴っていたのにも、関わらず…だ。おそらく、新城さんは、睡眠薬で眠らされていた可能性が高い。」

「でも、気づかれないように睡眠薬を飲ますなんて、難しくないっすか?

名探偵コ〇ンじゃないっすけど、気絶させて飲ませたんすかね?」

「…これ、新城さんの薬ケース。掃除は苦手だったみたいだけど、薬の管理はしっかりいたみたいです」

珠希が水道近くの薬ケースを持ってくる。

「やはり、ケースで管理していたか。」

「薬ケースっすか?」

「確かに、一般人に薬を無理やり飲ますのは、難しい。だけど、常備薬に混ぜてケースに入れておけば、誤って飲んでしまう可能性は非常に高い」

「でも、何のために眠られたんすか?」

「ここで、部屋の鍵を開けっ放しのピースがハマる。眠っている新城さんを確認したのち、犯人は新城さんの部屋に入り込み、靴・包丁・作業着を盗んで犯行に及んだ。何より、その日ならみんな寝ていたり、寮長もいなかったり、目撃証言も出ない可能性があるしね。」

「じゃあ、一体だれが真犯人っすか?」

「それはまだ分かりません。だけど、三井製作所の身近な人間である可能性は高いっすね。ここまで新城さんや寮の情報を知り尽くしているのですから…」

「…あとは、動機かな?」

「そうだね、動機から新しく見えるものがあるかもしれない。あとは、三井製作所の身近な人間の身辺調査をすれば、浮かび上がるものがあるかもしれないな。」

「分かったっす!身辺調査の聞き込み、開始するっす。」


まず、最初に訪れたのは、隣室の男性だ。

丁度仕事中終わりで、工場に放送をかけてもらい、各部屋で話を聞くことになった。

隣室の男性、牧野真一の部屋は、綺麗に片付いていた。

後ろに並ぶプラモデルから、戦闘機や軍艦が好きなことがわかる

「いやぁ、自分も驚きでしたよ。まさか、新城君が殺人を犯すなんて」

「意外? 彼は、素行がよかったのですか?」

「うん、かなり良かったね。元ヤンって聞いていたから、どんな過激な方かと思ったけど、話してみると凄く話しやすい穏やかな方だったよ」

「そうですか。事件当時、何かに気になることはありませんでしたか?」

「う~ん、ないなぁ。

その時間は、もう寝てしまっていたからね」

「次の日の朝、眠そうにしている社員等はいませんでしたか?」

「う~ん、特に思い当たらないけど、そういえば少し忙しかった気がする」

「そうですか…」

牧野の部屋には、旅行雑誌が数多く置いてあった。

「旅行好きなんっすか?」

桜坂刑事が雑談を挟む。緊張をほぐすため、または情報収取なのだろう。

「はい、電車が好きでよく電車旅に出かけます。」

「行先はやっぱり、自衛隊基地とかですか?」

「そうですね。メインは自衛隊関連基地が多いですね。でも、自然も好きなので、海や山にも行きますよ。」

「そうなんすね。すみません、本題に戻りましょうか、

新城や周りの人間について他に気になることはあるっすか?」

「そうだねぇ、それなら彼と親しい、上條君に話を聞くといいかもしれない」

「上條さんですか? 彼はどこの部屋に?」

「新城君の向かい側の部屋だよ」

「ありがとうございます! 行ってみます」


上條さんの部屋に向かい、ノックをして声をかける。

すると、30代っぽいが老けた男性が出てきた。

「こんにちは、千葉県警捜査一課の桜坂です。ちょっと話を聞かせてもらってもいいですか?」

「これは刑事さんと…そのお子さんですか?

どうぞお入りください」

彼の名前は、上條正一というらしい。

彼の部屋はある程度整理整頓されているが、ところどころに美術品の写真が置いてあった。

また、ポストには銀行や金融会社の手紙がたくさんあった。

「美術品好きなんですか?」

「好きですね。でも、お金ないないので、本で鑑賞したい、美術館を巡るだけですが…

あとは、自分で小物を作ったりしますね。」

なるほど、確かに細かい作業をするための、小さい道具が揃っている。

「そうなんですね。あれ?この校章、私たちが進学する高校のです。じゃあ、先輩にあたるんですね」

「そうなのか。自分はこの後、早稲田大学に進学して、今の会社に就職したんだ。」

「早稲田ですか⁉ すごいですね。かっこいいです。」

「ありがとうね。それで、今日はどんな話を聞きたいんだい?」

「新城さんの話です。上條さんは、新城さんと親しかったそうで。」

「あぁ、彼とは親しくさせてもらっていたよ。偶に一緒に料理も作って、二人で飲んでいたよ」

「そうなんですね。新城さんや事件に関して、他に気になることはありますか?」

「う~ん、その日は寝ていたし、次の日も体調が悪くて、会社を休んだからね。あまり有力な情報はないかな。すまないね」

「いえいえ、ありがとうございます」

僕達は、お礼を言って部屋を出た。


もう夜になってきたし、あとの方々は警察の調書を読むことにした。

「今日の最後に、事件現場を見返してみよう。何か分かるかもしれない。」

「了解だよ! 私も怖いけどついていく! 事実を知りたいから」

「分かった。無理するなよ」

再び、マークXに乗り込み、今度は事件現場、珠希の自宅に向かった。


◇事件現場(本田家)

現場に入ると、まるでオカルトのように体が重くなる。

未だに残るかすかな血なまぐさい臭いが、吐き気すら催す。

「珠希、辛かったらすぐに言ってくれ。」

「大丈夫! まこちゃんが隣にいてくれば、私は強くなれる!」

珠希は、むん!と意気込む。

「今回の事件、捜査方針は確か『殺人』。物は盗られていないというですよね?」

「うっす、物は荒らされておらず、珠希さんにも確認しましたが、特に物は盗られてなかったっす」

「珠希は気になるところないか? どんな些細なことでもいいぞ。」

「う~ん、すぐには思いつかない。ちょっと見渡してみるね」

珠希は、それから家中を見て回った、トイレ、風呂、リビング、至ることろだ。

正直、珠希にとっては苦痛の時間だろう。父親と過ごした時間が頭の中に思い起こされる。だが、珠希は懸命にこらえて、事実を見つけるために奔走する。自分が支えになってあげなければという使命感を感じる。

「う~ん、やっぱり大きく気になる点はないかな」

「そうか…」

「ただ、1つ気にかかると言えば…」

「何かあるのか!?」

「いや、本当にくだらない事だけど…薬箱が押し入れの下に置かれているんだよね」

「薬箱? 詳しく教えてくれ」

「お父さん、腰や肩を痛めやすくて、塗り薬を立ってとれるように、押し入れの上に置いているけど、下なんだよね。」

「それはいつから?」

「えっと、事件の一週間前くらいかな?」

「その当時、何か変わったことは?」

「え…と、あ!そういえば、閉めたはずの鍵が開いていたね。かけ忘れたかな?って、気にしていなかったんだけど」

いや、几帳面な本田警部や珠希が、鍵を閉め忘れるなんて滅多にない。

「押し入れ…鍵…」

このもどかしい感じ、あと少しで、パズルのピースが揃いそうだ。

「珠希、事件前に取った押し入れの様子の分かる写真ってないか?」

「あるよ。この写真なんかどうかな?」

珠希はスマホで、押し入れの前で撮った本田警部と珠希の写真を見せた。二人ともいい顔をしている。

一見何の変哲もない写真だが、そこにはあるものが映っていた。知識がない自分の仮説だが、確かめてみる必要性はある。

待てよ…まさか…

「なぁ珠希、この写真、インターネットに載せたか?」

「うん、中学卒業記念に、お父さんがSNSに載せたね。でも、鍵アカだし関係ない…はず…まさか…!?」

「あぁ、その線が怪しい。桜坂さん、これについて、調べてもらっていい?

もし僕の仮説が当たっていたら、警察と検察は凶悪犯を野に放ったままになっている」

「分かった! すぐに調べる。」


◇千葉地方検察庁

夜更け、高校生はもう寝る時間だが、僕と珠希と武藤検事は、武藤検事室である人を待った。

先ほど、桜坂刑事から連絡を受けた。どうやら推理は当たっていたようだ。

この事件、理不尽な動機で珠希パパは殺され、犯人はこれ以降も犯行を重ねる可能性が高い。

「武藤検事、参考人を任意で連れてまいりました」

桜坂刑事に促され、犯人が入ってきた。

今回の犯人は…上條正一だ。

「上條さん、こんな夜更けに申し訳ない。来てくれたことに感謝する。」

「いえ、私も親友のことが心配で、最近寝れていないので、丁度良かったですよ」

上條は、ヘラヘラと笑う。

「早速だが上條さん、この小さな壺をご存じかな?」

「この壺ですか? し…知りませんね」

上條は動揺を少し見せた。

「知らないはずはないでしょう? この壺は、貴方が美術商に高値で買い取ってもらった壺なのですから」

「あ…あ! 思い出しました。そういえば、この壺売りました! でも、この壺は、自分のですよ」

「それはおかしいね。この写真に同じものが写っている。この壺は、贋作を禁じられた作品かつ、作者は同じものを作らないという、正真正銘の一点ものなのに、同じ模様の壺が写っているのはおかしいんじゃないか?」

「う!? そうですか…

そうです。私が盗みました。

でも、空き巣としてとっただけで、今回の殺人事件には関係ないですよ」

上條が白々しい弁明をする。

だが、一部のピースがハマった。

「ピッキングができるのか?」

「えぇ、多少ならできますよ。だから、空き巣で壺を狙ったんですよ。」

つまり、鍵が開いていたあの日は、上條がピッキングをして侵入したから。そして、薬箱の位置が変わっていたのは、壺を探すのにどかして、誤った位置に戻してしまったからだろう。

恐らく侵入したその日は、珠希か本田警部の帰宅に重なって、場所だけ確認し逃亡したのだろう。

そして、その壺は珠希にとっても捜査した刑事にとっても、透明人間みたいなもので、価値を知らなかったからこそ、透明として『ない』ものとして扱われたのだろう。上條の狙いは、この実は高価で売れる壺だったのだ。

案の定、本田警部と珠希の写った写真は、不特定多数の壺コレクターによって、拡散されていた。

そこで、上條は目を付けたのだろう。

「空き巣で関係ないと?

それは嘘だな。DNA鑑定をしたら、例の新城君の血塗られた作業服から、また靴から、あなたのDNAが検出された。

更に、寮のごみ箱からあなたのDNAのついた使い捨て手袋が出てきた。被害者の血液のびっちりついたね。」

寮のごみ箱あさりは、大変だった。多くのごみ箱やごみ袋をすべて開け、1つ1つ丁寧に見ていった。桜坂刑事をはじめとする、所轄の若い刑事たちも協力してくれた。ひとえに、桜坂刑事の人望があってこそだった。

トイレに流した可能性や、燃やした可能性もあり不安だったが、根気強く探してよかった。

全く、おかげでセーラー服が汚れてしまったではないか。

確か母さんが、『セーラー服を汚したら、もっと可愛い衣装着せるわよ♡』と期待(絶望)の発言をしていたっけな…どんな服を着せられることやら(不安・絶望)

「さて、まだ弁明するかい?」

「…」

「今までの話まとめるとこうだ、君は本田警部がSNSにあげた壺を高価な壺であると確信して、君の借金の穴埋めにために奪おうとした。最初は、窃盗の故意だったんだろう。でも万が一のために、罪を着せるため新城君の包丁と作業着を盗んだ。部屋が空いていることを知っていた君なら、容易いことだったろう。ましてや、睡眠薬で新城君を眠られているのだから。」

「そうさ、あいつが過去に本田警部に逮捕されているのを知っていたから、万が一の際濡れ衣を被ってくれると思ったのさ」

「そして恐らく、君は窃盗に入った際、この珠希君に見つかり、脅す、または殺害しようと思い、包丁を振るった。だが、本田警部が庇い、本田警部は致命傷を負った。」

「あぁ、それでも暴れし目撃されたから、頸動脈を切ってやったさ。確実に死ぬように、たくさん刺したぜ。」

「そして、珠希君にも目撃されたので、己の性欲を満たしたのちに、殺そうと思ったが誰かが入ってきて、急いで逃げた…というわけだな」

「そうだ」

「外道が…なぜこんなことをした?」

「世の中が理不尽だからさ」

「なに⁉」

「僕は学生時代を犠牲にしてまで、勉強を一生懸命に頑張り、早稲田大学経済学部に入ったエリートなのに、就活ではさんざん企業に切られた。やっと入った三井製作所は、元犯罪者でも入れるつまらない会社だった。そんなつまらない会社でも、新城は楽しそうに働いていやがった。自分はこんなに苦しいのに、あいつは楽しそうだった。せめてものうっぷん晴らしにやっていたギャンブルでは大損こいて、債権回収業者に怯える日々を送るようになった。

そんなある日、インターネット上で高値の壺の情報が入った。頭悪そうな警官とその娘の写った写真で、すぐに僕は特定作業に入った。そして、実行した。だが、娘に見つかり殺そうと思った矢先に、父親が出てきてしまった。だから、殺した。」

「おまえ、それがどれだけの重罪か分かっているのか?」

「知らないね。でも、僕も理不尽な目にあっているんだ。他の誰が理不尽な目に会おうが、僕には関係がない。

それにいいじゃないか、あの父親は警官として、娘の命を護って名誉の殉職したんだから」

「てめぇ…」

僕も珠希も、殴りかかりそうになった。

もう耐えきれない、こんなくそ野郎のせいで、珠希は心に深い傷を負ったんだ!

ぶっ〇してやる!!

僕も珠希も限界を超えそうな、その時だった!

武藤検事が、机を叩き、勢いよく立ち上がった。

「この大バカ野郎が!!

何が理不尽だ⁉

お前には、うまいものを食べる、仲間や家族と笑って過ごせる、幸せな明日を迎えられる権利があったじゃねぇか。

殺された本田警部は、もうそれが叶わないんだぞ!

本田警部だけじゃない、お前は娘さんの、お父さんと過ごすはずだった当たり前の幸せだって奪い取ったんだ!

てめぇのくっだらねぇ、ちっぽけな理不尽と一緒にするんじゃねぇ!

お前の罪は、窃盗罪でも殺人罪でもない、

強盗殺人罪(刑法240条)で緊急逮捕する!!」

それは、武藤の心からの怒りの叫びだった。



◇千葉地方検察庁 検事正室

「新城克也の殺人被疑事件の不起訴、および上條正一の緊急逮捕、しっかりと受け取りましたよ」

武藤検事に連れられ、真琴と珠希は検事室に報告に行った。

「よくやったな、武藤」

上司の松島(まつしま)恵(めぐみ)も大満足のようだ。

「いえ、私一人では到底たどり着けませんでした。真琴君、珠希君、そして桜坂君をはじめとする熱い思いの刑事たちのおかげです。」

「そうか。ありがとう、真琴、珠希さん。おかげで真相にたどり着けたよ」

英治郎は、孫に接する優しい顔でほめた。

「そして、珠希さん、すまない。もちろん今回の事件、検察は残虐性を考慮して死刑を求刑するが、知っての通り、1人殺害の強盗殺人罪では、判例上無期懲役が限界かもしれない。

被害者遺族しては、不満は残ってしまうかもしれない

法曹の代表者として、深くお詫びするとともに、ご冥福をお祈りいたします」

英治郎は椅子から立ち上がり、深々とした礼をした。

「お爺様、いいんですよ。私は、事実が分かっただけでも救われました。本当にありがとうございました。」

「そうか、被害者にそういってもらえたなら、検察ももっと頑張らなければな」

英治郎は、そっと頭上げる。」

「そうだ、もう一つ。真琴、珠希さん、すまない。最高検は、今回の事件はあくまで武藤検事及び桜坂刑事の主導の捜査で、事実を突き止めたことにしたいらしい。真琴や珠希さんの手柄をとって済まない」

「構いませんよ。僕も、珠希と同じです。たった1つの事実が分かっただけで、満足です。」

「そうか、君たちは強いな。

代わりに何かわしにできることはあるか?

わしにできることなら、何でもする?

おじいちゃん、GT‐RでもGRスープラでも、フェアレディZでも、もう買っちゃぞ!」

「おじいちゃん、僕まだ免許持ってないから。それは、車好きのおじいちゃんの欲しいものでしょう」

「それはそうだな。うっかりしていた。

それで、何がいい?」

「私が言ってもいいかな?」

珠希がおずおずと手を挙げる。

「いいぞ、珠希ちゃんは何がいい?」

「私、やってみたいことができた。もっともっと刑事さんたちと、人助けがしたい。多くの人を犯罪から護りたい。

そして、私みたいな被害者を、少しでも救ってあげたい。

そしていずれは…

検事になりたい!

そして、パパみたいに、色々な人の力になりたい。」

「そうか、珠希らしいな」

「何他人事みたいに言っているの?

まこちゃんも一緒だよ?」

「え⁉」

「私の力になってくれるんでしょ?」

珠希が期待の目で、顔を近づける。

「ぐ…そんな可愛い顔を近づけるな。

分かった、分かったよ!

珠希の願いの力になれるなら、僕も協力しよう」

「やったぁ」

そう喜ぶ彼女は、もうあの絶望の世界にいたころとは、比べ物にならないほど魅力的だった。

君の力になれるなら、僕は女の子にでも、探偵にでもなる!

「よし分かった!

警察庁に声掛けをして、少年課や刑事課のS(協力者)という形で、捜査に協力できるようにしよう。

こちらからも、是非ご協力をお願いした次第だ。」

「ありがとうございます!!」

「検事正、記者会見の時間です。武藤も私もそろそろ準備せねば」

「分かった!すぐに準備する。

では、また会おう」

そういうと、3人の検事は部屋を出た。

3人を見送り、検察庁の外に出ると、もう夜が明けていた。

明けない夜はない。

太陽がまた昇っていく。

Rising sun 

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