第3幕 灰かぶりの白雪

灰かぶりの白雪(1)


               ※


 とおくとおく、うみのむこうのひがしのくにに、白いオオカミの王さまがすんでいました。


 王さまは仲間の白いオオカミたちといっしょに、森のおくでしずかにすごしていました。


 ずっとずっと、そうしていました。


 どこにもいかず、だれにもあわず、仲間たちだけで、ただ、じっと息をひそめていました。


 森にいる黒くて悪いオオカミを外にださないために、ずっとそうしていたのです。


 でも、ある時、王さまは思いました。

 これはしあわせなことではないのかもしれない。世界はひろくてキレイなのに、こうして森のおくにとじこもっているのは、悲しいことなのかもしれない。


 王さまは仲間たちに世界をみせてあげたかったのです。自由になってほしかったのです。


 けれど、白いお姫さまはいいました。


 ここでこうしていることが、白いオオカミのやくめなのだと、そうすることでしあわせなのだと、それだけでいいのだと、そういうのです。


 王さまは悲しくなりました。だって王さまは、そのお姫さまにこそ自由をあげたかったからです。そのお姫さまにこそ世界を見せてあげたかったのです。


 だから王さまはおもいました。

 もしも、みんなで人間になれるなら、いっしょに森をでていけるのに、と。


 だから王さまは、王さまは、王さまは、


               ※


 復讐は何も生み出さない──。


 月並みな言葉だが、その通りだと思う。


 そもそも、何かを生み出したくて復讐する者などいないのだろう。

 復讐は、そうせざるを得ないから、するだけだ。

 復讐を成し遂げたらどうなるのか? とか、どうするのか? とか、そんなことわかりはしない。

 それがわかるなら、最初から復讐になど走らない。

 相手が憎くて、赦せなくて、とにかく、その対象を世界から消し去らずにはいられない。


 暗くて黒い衝動──だから、やはり復讐は良くないことだと思う。


 あのユリシャという少女は、母親を探しているそうだ。

 それは幼い子供が母親を恋しがっている──ということではないのだろう。あの少女の瞳に宿る感情は、そういう優しい色彩ではなかった。


 あのドス黒い色彩は、良く知っていた感情。

 心の底で渦巻き淀むようにドロドロと煮え立つような、不快で暗黒な猛毒の感情。


 コウシロウも言っていた。〝そういうのは、良くない〟と。

 その通りだ。良くない。とても良くない。


 誰かを憎むとか、何かを恨むとか、そういう黒い感情は、消えて無くなった方が絶対に良いものなのだ。


 そんな黒い感情が存在しなければ、そもそも復讐なんてしなくて良いし、復讐するような事態にもならないのだから。


 憎しみを抱いて、母親を探しているユリシャ。

 彼女はコウシロウに言った。


〝同じ目をした貴方に言われたくありません〟


 つまりは──。


「クーちゃんは、誰かに復讐をするために、東方からやってきたのかな……?」


 金色孔雀が言うには、コウシロウは神様を殺すために東方からきたのだという。

 なら、その神様が復讐の相手ということか?

 誰かを憎んで、恨んで、復讐する──ファナティアにはわからない感情だった。

 理解できないわけではない。理屈では承知している。ただ、感覚としてわからない。

 けど、わからなくて良いと思う。

 憎悪とか、嫌悪とか、そういうドス黒くてドロドロしたものは要らない。

 明るく、楽しく、朗らかに。幸せを振りまいて、みんなと喜びを分かち合う、優しい日常。


 それこそが愛あふれる平和な世界。ラヴ&ピース……だったか?


 ともかく、復讐とかに突き動かされるよりも、愛を抱いて生きる方が絶対に平和だと、ファナティアは思う。


 見上げた満点の星空には、まばゆいばかりの満月が浮かんでいる。

 陸走型巨大蒸気船〝波鎮号ウェイブスィーパー〟。

 その劇場部分の屋上に仰向けに寝転んだファナティアは、あの東方からきた青年の名を呼んでみた。


「クーセロー……クースォルオ……クォーシロォ……」


 何度か繰り返してみるけれど、どうにもうまく発音できない。


「やっぱり、クーちゃんでいい」


 それが一番呼びやすい。

 黒い髪に黒い瞳、そして浅黒い肌をしたノッポの青年。穏やかな物腰だけど、とても強くて、いつもファナティアを助けて、守ってくれる。


 彼に初めて会った時から、何だか、心に強く響く感覚があった。

 胸がドキドキして、いても立ってもいられなくなるような、激しい昂揚のような感覚。


 物語に良くある〝運命の出会い〟とか、そういう感じかもしれない。


 彼の姿を見ると心が震えた。

 彼の声を聞くと胸が躍った。

 彼と一緒にいるだけで、ファナティアは楽しくて笑顔が込み上げた。


 これはいわゆる〝一目惚れ〟とかいうロマンなことなのかもしれない。


 その可能性はある。けれど、そうではない可能性だって等しくある。


 ファナティアは、コウシロウを好きなのかも知れない。愛しているのかも知れない。でも、真実そうなのかは、絶対にわからないのだ。

 だから──。


「わたしは、クーちゃんが大好きだよ」


 星空に祈るように、しみじみと唱える。

 ファナティアが彼に抱く感情。心が震え、熱くなるこれは、恋慕であり、愛情だ。

 その方が良い。

 だからそう思うことにする。

 その方が楽しいし、幸せだ。


 夜風が、ひときわ冷たく吹き抜ける。

 荒野の気候はハッキリと過酷だ。特に夜間の冷え込みは激しく、ファナティアも厚手のローブやコートを重ね着しているものの、風に当たると冷気が肌身に染みてくる。

 凍てつく感覚に思わず身を起こして肩を抱きながら、ファナティアは込み上げた喜悦に頬をほころばせた。


「……あれ?」


 見下ろした景色、月明かりに照らされた甲板に見慣れた人影が動いていた。長身をフード付きのコートで包んだ黒髪の青年、コウシロウ。

 ファナティアはいつものように明るく呼びかけようとして──。


(……こんな時間に、どうしたんだろう?)


 ふと、疑念に駆られて言葉を呑み込んだ。

 あと一時間もすれば日付が変わろうかという時刻。

 素早く手すりを飛び越えて下船するコウシロウ。乗降用のタラップを下ろさずに、体術に任せて飛び降りたところを見るに、人目を忍んでいるのだろうか。


 ファナティアは考えるよりも先に屋上から身を躍らせると、そのままコウシロウの後を追いかけた。

 ウカツに近づけばすぐに感づかれてしまうだろう。月明かりの下、後ろ姿の輪郭が見て取れるギリギリまで距離を開けて追う。


 コウシロウが向かっているのは昼間にも通った、ジャラワンの市街地へと続く道だった。

 夜中にこっそり街に繰り出して、何をするのだろう?

 酒場ではないと思う。コウシロウは酒を飲まないはずだ。少なくとも飲んでいるところを見たことはない。


(まさか、エッチなお店とかに向かってる?)


 だとしたら、ちょっと黙って見ていられないかもしれない──と、微笑むファナティアの心配をよそに、幸いにもコウシロウは繁華街の賑わいに背を向けて、郊外へと続く寂れた道を歩んで行く。


 そういえば、昼間のカフェで、コウシロウが店員と話していたのを思い出す。


〝郊外で、誰かが野犬に喰い殺された〟


 あの時、ファナティアは会話が聞こえていなかったわけではない。

 けれど、そんな不吉で不穏な事柄にはかかわりたくなかったので、聞こえない振りをして流していたのだが──。

 もしかして、その現場に向かっているのだろうか?


「……あ、あれ?」


 思考に気を取られたわずかの間に、コウシロウの姿を見失ってしまった。

 慌てて駆け出して近くの路地を覗き込んでみたものの、この辺りはずいぶんと入り組んでおり、もうどこにもコウシロウの姿は見当たらなかった。


 人気などまったく途絶えた町外れ。


 周囲の建物は廃屋かと思えるほど静かで、わずかの明かりももれていない。あるいは、実際に廃墟群なのだろうか?

 月明かりだけが照らす暗い路地。コウシロウを追いかけている間は気にしていなかったが、改めて見れば、女ひとりでうろつくには随分と危険で恐ろしそうな場所だった。


「帰った方が、いいかな……」


 そう独りごちた瞬間、ふと、風の中に血の臭いを感じた気がして、ファナティアはピタリと動きを止めた。


 背後に、何かがいる気配がする。


 何か、巨大で圧倒的なものが背後にいるような感覚。

 怖気に怯えるべき状況でありながら、それでもファナティアは楽しげに、軽やかな所作で振り向いた。


 建物の落とす影、月明かりの届かぬ真黒の暗がりの中に、何かがいる。


 低く荒げた獣の息づかい。

 野犬などではない。あんなに大きな犬はいない。


 モゾリと、闇の中から這い出してきた黒い獣。


 針金のように太い毛並みに覆われた筋肉質な体躯に、大きく耳元まで裂けたおぞましいアギト。それは狼を無理矢理に人型にねじ曲げたような、禍々しい異形の獣の姿。

 月明かりの下、爛々と輝く金色の双眸。その圧倒的な凶相が、あまりにも楽しくて、ファナティアは歓声を上げてその場にヘタり込んだ。

 人間などひと呑みにできそうな巨大なアギトを笑みに歪めて、黒い獣はしゃべった。


「……オマエ、獲物。綺麗……ナノニ……残念ダ」


 しゃがれて濁った声音。無理矢理にしぼり出したようなそれは、それでも確かに人間の言葉。


「……オマエ、マズソウ。黒イ心……ナイ。暗イ想イ……ナイ。……残念ダ」


 カチカチと牙を鳴らしての呟きは嘆きか怒りか、濁った声音から感情は読み取れない。


「マズソウナ魂……。デモ、爪デ裂イタラ、怯エテ、クレルカナ? 牙デ刺シタラ、泣キ叫ンデ、クレルカナ? 黒ク濁ッテ、クレルカナ? ソレカラ喰ッタラ、美味イカナ? タメシニ喰ッタラ……イケルカナ?」


 黒い獣はキシキシと軋むような呟きを吐きながら、前肢を差し伸ばす。太い鉤爪の生えた歪な手が、ファナティアをつかみ捕らえようと──。


 直後、黒い獣の横っ面を、別の黒影が横薙ぎに蹴り飛ばした。


 黒い獣はもんどり打って路脇の壁に激突する。が、いかほどのダメージもない様子で、すぐに身を起こして牙をむいた。

 低く唸りを上げるその巨体を前に、ファナティアをかばう形で割り込んできのは黒髪の青年。


「……どうして、あなたがここにいるのかは知りませんが……」


 彼は灰色のコートをひるがえして告げる。


「とにかく、ここから逃げてください」


 肩越しに投げられた警告に、けれど、ファナティアはニッコリと明るい声で笑い返す。


「ゴメン、腰抜けちゃったみたい♪」


 あはははー♪ ──と、愉快そうに身じろぐ彼女に、コウシロウはやれやれと溜め息を吐いて、前方の敵を睨みつけた。

 対する黒い獣は、警戒と驚愕に身をたわめて呻く。


「オマエ、ソノニオイ、知ッテル。オマエ……〝輝刃キバノ銀狼〟……!」


 吠え声とともに、黒い獣は飛びかかってきた。

 覆いかぶさるように襲いくる巨体に、コウシロウはわずかにも臆することなく、右の拳を力強く振り放つ。


 錆び色の甲殻に覆われた鉄拳が、獣の顎先にめり込んだ。


 けれど、獣の勢いはわずかにも止まることなく、振り放たれた前肢のひと薙ぎで、コウシロウはあっさり吹き飛ばされてしまった。

 今度はコウシロウが壁面に激突する。しかも、衝撃はそこで留まらず、石壁を砕いてその向こうへと突き抜けてしまった。

 くずれる瓦礫の轟音と粉塵。壁の奥は暗く沈んでわずかにも見て取れず、果たしてコウシロウは無事なのだろうか?


「クーちゃん!?」


 ファナティアが呼びかければ、応じたのは瓦礫を押し退ける音。

 暗闇の奥からのっそりと現れたコウシロウ。全身を包む鎧のおかげなのか、粉塵に噎せ返っているものの、特に傷を負った風はない。


「……オマエ、銀狼……オマエ、母者ヲ殺シニキタカ? オレ、オマエ、ユルサナイ!」


 黒い獣が、怒りの咆吼を上げた。

 そんな禍々しい異形の姿に、コウシロウは寂しげに苦笑う。

 それはまるで、死した友の墓前にでも立っているような、静かで、そして、悲しげな姿。


「久しぶり……なのでしょうね。ですが……すみません。こうして向き合っても、あなたが誰だったのか、誰の感情だったのか、僕にはもう、わかりません……」


 謝罪とともに、己の胸もとの飾りに触れる。そこに連なった銀色の牙、無数に並んだそれらの内の一本が、確かに輝いていた。

 眼前の黒い獣に反応するように、その闇と引き合うように、銀色の光輝を放っている。

 その輝く牙を、コウシロウはゆるりと握り締めた。


「こうして触れてみても、これが誰の力だったのか、僕にはもうわからない。けど、それでも、僕は──」


 コウシロウは鋭く双眸を細める。

 握り締めた輝く牙を、力強くもぎ取った。


「……さあ、森へ還ろう。世界ここは、僕らオオカミのいるべき場所じゃない」


 苦い後悔を噛み締めながら、手にした銀色の牙を己の首筋に突き立てた。

 瞬間、牙が銀色の光を放ち、吸い込まれるようにコウシロウの体内に消えていく。

 変異は明確に迅速に、あたかもその銀光の色彩が血肉に宿ったかのように、彼の浅黒い肌が白く変わり、夜風になびく黒髪は白銀に染まる。


 見開かれた黒瞳が、鮮やかな金色に輝いて、黒い獣を睨み上げた。


 金色の瞳──対峙する黒い獣と同じ色彩に双眸を輝かせながら、その身には正反対にまばゆい白銀の光輝をまとって、コウシロウは夜空に向かって吼えた。

 人では持ち得ぬ長く鋭利な牙をむいた咆吼。夜気を震わせる勢いのままに、コウシロウが右手を薙ぎ払うように振り放つ。

 それは先刻に黒い獣が為したのと同じ、目の前の敵を鉤爪で斬り裂くがごとき仕種。

 しかして、対する黒い獣は、現に巨大な爪に薙ぎ払われたかのように、五本の裂傷を刻まれながら血しぶきを上げて吹き飛んだ。

 響き渡る獣の悲鳴。

 返り血を浴びたコウシロウの左手が追い打つように再度空を薙げば、黒い獣はさらに巨体を引き裂かれて血を噴いた。

 銀色の輝きが、周囲を眩ませるほどにまばゆくコウシロウを包む。

 その光のシルエットが、徐々に大きく肥大し、人ならざる獣の姿を象っていく。

 夜闇をぬり潰して顕現するその威風を前に、黒い獣はまるで天敵を前にした小動物のごとく鳴き叫びながら、なおも牙をむいて銀光に襲いかかった。

 つかみかかり喰らいついてくる黒い獣を、光の獣は爪で迎え撃ち、牙を突き立て返す。


 その人ならざる異形の闘争。禍々しく恐ろしいはずのその光景を前に、けれど、ファナティアは呆然と見とれていた。


「ああ……何て綺麗な、銀色の……」


 こぼれた声音は、陶酔に震えて揺れる。

 黒い獣とぶつかり合い戦う、巨大な銀狼の威風。

 憎しみと怒りを込めて、互いの命を奪い合う。それは間違いなく殺し合いの光景。

 不吉で不穏で暗黒な行為であるはずのそれが、とても神々しく、とうとく、そして、身震いするほどに気高く美しい。

 白銀色の毛並みをなびかせ、金の瞳を輝かせて咆吼するその大狼の姿が、あまりに綺麗でまぶしくて、ファナティアは我を忘れて見入る。


 銀と黒の攻防は一方的だった。


 黒い獣の重い攻撃を、銀狼が軽やかに回避する。その動きは閃光のごとく闇を裂いてひるがえり、走った銀爪が黒い血をしぶかせる。

 銀光が闇を裂く様は、舞い踊るように美しく、響く咆吼は歌うように高らかに。


 それは夜の色彩に溶け込むような黒色を、月光のごとき銀色の色彩が照らし出し、ぬり潰していく勇壮なる武闘劇。


 やがて訪れた終演フィナーレ

 銀狼がひときわ大きく咆吼し、黒い獣に喰らいついた。

 銀牙が黒肉を引き裂き、あふれるドス黒い血流の奥から、光り輝く何かを喰いちぎる。銀狼のアギトに咥え取られたのは、鼓動に脈打つ光の結晶。

 あるいは〝魂〟というものが存在するのなら、このようなものなのかもしれないと、ファナティアがそんな感想を抱いた時、銀狼はその光をひと息に噛み砕いた。

 光がひしゃげ、飛び散ったのは黒い飛沫。

 銀狼に組み伏せられた黒い獣は、甲高くも悲痛な叫声を上げながら、そのドス黒い巨体は弾けるように霧散して消え果てた。


 直後、銀色の狼の姿もまた淡い光に包まれる。

 その光は渦巻くように一点に収縮し、吸い込まれ凝縮されていく。


 やがて光が完全に収縮し、周囲に再び夜影と静寂が満ちた時、


 降る月明かりの下でたたずんでいたのは、人の姿に戻ったコウシロウ。その右手には、今まさに収縮した光の結晶が握り締められている。


 銀色の牙。


 戦いの直前にコウシロウが自らに突き立てたそれは、今、彼の手の中でビキリと致命的な音を立ててヒビ割れた。


 そのまま、ボロリとくずれて溶けて、塵となって夜風に消える。


 深く、脱力した吐息をこぼして向き直ったコウシロウ。その髪は黒く、肌は浅黒く、ファナティアを見つめる双眸も黒色に戻っていた。


「クーちゃん……」


 ファナティアはヘタり込んだまま、興奮さめやらずにコウシロウを見上げる。


「今の綺麗な銀色が、クーちゃんの本当の姿なの?」


 問いかけても、コウシロウは苦笑うだけで答えてはくれなかった。

 答えたくないのか? でも、普通はそういうものか?


 そもそも、ファナティアはこうして感激している状況ではないのかも知れなかった。人喰いの怪物に遭遇し、その怪物を、同じく銀色の怪物に変身して喰い殺したコウシロウ。

 普通は、怯えるなり、慌てふためくなりするところなのだろう。


 けれど──。


「あの黒いワンちゃん、わたしのことマズそうだって……」


 ヒドいよねえ──と、ファナティアは笑う。

 だからといって、別に美味しそうだと言われたいわけではないし、喰われたいわけでもないけれど。


忌刃キバの黒狼は負の感情を喰らうんですよ。悲哀、恐怖、絶望、憎悪……そんな暗い想いを喰って糧とする、魂喰たまはみの怪物なんです」


 淡々としたコウシロウの説明に、ファナティアは納得してうなずいた。


「そっか、それじゃあ仕方ないね」


 そう。仕方ない。それなら仕方ない。

 笑いながら吐息をこぼす彼女を、コウシロウはひそめた表情で見つめて返す。


「……怖い思いを、させてしまいましたね」


 申し訳なさそうに呟いたコウシロウ。

 そんな彼の言動が可笑しくて、ファナティアは微笑を返した。


「どうして? 何か、怖いことが起きていたの? だとしても、わたしは怖くなんてなかったわ。だって、あんなに綺麗な銀色は、今まで見たことがなかったもの」


 素直に、心から素直に思った感想を告げながら、ファナティアは両手を差し伸べる。


「あんまり綺麗で、ステキなワンちゃんだったから……。わたし、感動してまた腰が抜けちゃったみたい」


 あざといまでに愛らしく小首をかしげるファナティアに、コウシロウは苦笑う。


「……いちおう、僕は狼なんですけどね」


 やれやれと呟きながら、微笑む彼女を両腕に抱え上げたのだった。


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