十四

 アナンがゼブリンから言われたことで、まだ悶々と思い悩んでいた頃、クサーヴァは面白いものを見せてあげる、といって彼の書斎にアナンを連れて行った。

「前も、ゴルトムント島の海岸の様子を見せただろう。あんな感じで、島の全体の地形作りをようやく終えたんだ。それでね、アナン、君を主人公にして映画を作ろうと思っている」

「僕を主人公に?」

 アナンはクサーヴァの家に来てから、何本かの映画をすでに見せてもらっていた。クサーヴァのもの以外は、いずれも難解かつシニカルで、ストーリー中、自殺者がたくさん現れるような映画ばかりだった。それらは、この街の陰の側面をフォーカスしたものが多く、アナンは度々画面から目を背けねばならないほど、気分が悪くなる映像が多かった。

 むしろアナンはクサーヴァが子供向けだと言っていたファンタジーものの作品のほうが好きだった。龍や翼を持った馬が出てきて、主人公と共に行動しながら、悪い奴らをやっつけるといったストーリーだ。単純だが見終わった後、気分がスカッとした。

 クサーヴァの映画はいずれも自然を題材に取っており、それらは例えば、何百年も前の自然破壊とそれに対抗する人々の物語や、南国の島での幻想的な恋愛の物語の映画だった。自然を舞台にしたファンタジーの中に、クサーヴァ自身の社会に対する問題意識をミックスしたような内容だった。

「それで、今度はどんな内容の映画を作るんですか?」アナンは尋ねた。

「君が風車を作りたいといっていただろう。私はあれでひらめいた。君は島で風車を作るという技術革新を成し遂げる、というフィクション作品だよ。ゴルトムント島を題材にした映画は、実はいくつか作られているんだが、君もちょっと見ただろうけど、考証とかがひどいだろう。中には、生け贄の儀式までやっているのもあるんだ」

 アナンは生け贄と聞いて、一瞬ドキッとした。もちろん、ゴルトムント島にそんな儀式があるわけはない。

「で、タイトルは何ていうんですか?」

「君の名前をそのまま使わせてもらうよ。『アナンは風車を廻す』どうだい、いいだろ」

「ワーオ、すごいな。僕の名前が映画になっちゃうなんて」

 アナンは素直に喜んだ。自分の経験や想いがそのまま映画に反映され、街の人々に紹介されると思うと少し誇らしく感じられた。

「君の話は最大限、参照させてもらうよ。ゴルトムント島の自治組織は我々が考えていたよりもはるかに高度なものだ。いや、人を治めるという点においては、ナルチスシティを超えているかもしれない。

 この映画はね、ピエールに対するお礼として、ゴルトムント島に関するレポート的役割も担っている。つまり、この映画を通して、この街の人々に島のことを知ってもらうきっかけにしようと思ってるんだ。もちろん、それだけじゃない。私なりの主張を込めようと思っている。それは労働ということだ。人は自分が生き抜くために労働しなくてはいけない。アナンの話を聞いて、それがようやく私にもわかってきたんだ。もう一度、労働することの意義をこの映画を通して皆に問いたいと思う」

「でも、風車を作る事は、その労働を軽減するという意味があるんです。少しでも楽をしようと僕は風車を作ろうと思ったんです。それが最近、僕には引っ掛かるのです」

「なるほどね。アナン、君の疑念はもっともだよ。残念だが、その指摘に私は答えを持っていない。今のナルチスシティは、アナンがやろうとしていた小さな技術革新の延長にあるのかもしれない。いったい、どこまでが許される技術革新なのか、その線引きをすることは私にもできない。

 実際のところ、人間が狩猟採集生活から、牧畜をしたり、食物を栽培しはじめた段階で技術革新があったと言ってもよいのだ。あるいは、人間以外の生物だって、自然を意図的に改変し、食料を調達する力を持っている。それを言い出したらきりがない。

 でもね、アナン。どこかでナルチスシティは発展の仕方を間違えたのかもしれないと私は思うんだ。もし、本当に間違えているのなら、その見返りは必ず起きる。このナルチスシティが滅びるという形でね」

「この街が滅びる……」

「そうだ。盛者必衰という奴だ。地球上を何億年も跋扈していた恐竜だって滅びた。人類がいつか滅びたっておかしくない。でも、私たちに備わった知性を持ってすれば、我々が滅びるのを少し先延ばしすることはできるかも知れない。しょせん、私ができるのはその程度のことなのだ。もし、この街、そしてモッドたちの発展の仕方が間違っているのなら、それを少しずつ正すしかないんだ」

「僕は、その両極端を見てしまったんです。だから余計、分からないのです。島では今でも皆が農業をしたり、魚を取ったりしています。自分たちが生きていくためです。

 しかし、この街では簡単に食べ物が手に入ります。病気だってそうかからないし、遺伝が原因だったら、次の世代では遺伝しないようにすればいいんでしょう。一度この世界の便利さを知ってしまったら、もうあの島の暮らしには戻れない。

 しかし、ナルチスシティは僕たちの島には無いような別の問題も持っている。この便利な暮らしの代償に生きていく目的を失う人がいるというのは恐ろしい皮肉です。それに、ナットの人たちは、モッドに利用されるだけされて、後は捨てられようとしている。ナルチス純化同盟がナットを排除しようとしているんでしょう」

「ア、アナン。誰がそんなことを?」

 クサーヴァの言葉に、アナンはゼブリンが秘密に話したことを思わず口走ってしまったことに気が付き、少し狼狽した。クサーヴァは続けた。

「どこで聞いたか知らないが、それは危険な発言だな。私も連中の活動には眉をひそめることもある。だが、思想を持つことは自由だ。私のように自然やゴルトムント島の暮らしを愛する人もいれば、文明や技術の発展に全幅の信頼を寄せて、人間をより高めていくことを良しとする連中もいる。それだけのことだ」

「でも、クサーヴァは彼らの考えとは相容れないわけですね」

「まあね。だが多くの人々は彼らの主張に同調してるよ。問題は彼らの活動のやり方だ。いつの時代でも急進的な活動には危うさが伴う」

 クサーヴァはそこまで言うと、この話は終りにしようという感じで、両手の手のひらをアナンに向けて差し出す仕草をした。彼自身にとっても、これ以上は危険な発言になりかねないと思ったのかもしれない。何しろこの街は、いつ誰がどこで監視しているかも分からないのだから。そう、クサーヴァの書斎でさえ。

「そうだ、アナン。また風景を見てくれないか。それから主要人物も作ってみた。人物は映像用の3Dライブラリの中から、それっぽい人物を見繕ってみたんだが、あまりにも実物と違うとアナンには悪いからね」

 クサーヴァによると現在の映像製作では、何十年にも渡って蓄積された風景の3Dライブラリ、人物の3Dライブラリなどを探すことから始めるらしい。それらのライブラリには、いずれも三次元の形状データが入っており、どの角度からの画像でも実物と違わない映像を得ることができる。人物や動物の場合、さらに動作データがそれに加わっており、映像製作者は画面の中で自由にそれらの人物を動かすことができる。風景と人物を重ね合わせた後に、晴れや雨、風などの天候フィルタ、及び二次元特殊エフェクト等を加えると、映画として鑑賞できる映像が出来上がるというわけだ。

 クサーヴァはまず、村の田んぼの風景、学校の風景などをアナンに見せた。

「へえ、これ本当に外の様子を録画してきたみたいですね。でも、全部コンピューターで合成したんですよね」

「ああ、そうだ」

「でも、正直言うとちょっと違和感は感じますね」

「ほぅ、なんだか気になる言い草だな。もちろん私の想像で作った部分もあるから完全なものじゃないけど、これだけはあり得ない、というのは言って欲しいな」

「これだけはあり得ない、ですね」

 アナンは少し得意げに言いながら、キーボードを触って画面を次から次へと見始めた。

「──うーん、だいたい、いいんだけど……、建物が少し粗末過ぎるんですよ。例えば、この家、この映像だと木と木の間が隙間だらけだけど、こんな下手な家を作るとみんなにバカにされちゃいます。僕でももっときっちり木を組めますよ」

「数千年前の木で組んだ建物を参考にしたんだがな。例えば、こんな建物はどうだい」

 クサーヴァは二千年ほど前の、校倉造りの日本のお寺の映像を見せた。

「屋根がこんなにとんがってないけど、木の組み方はこのぐらいの感じかなあ」

「ほう、たいしたもんだ。かなりの大工の腕だな、アナンは」

「もう一ついいですか」

「ああ何なりと言ってくれ」

 アナンは少し申し訳なさそうに、少し間を置いてから言い始めた。

「道路はもっと広いし、割と平らなんです。ていうのは、皆が台車で物を運ぶことが多くて、道路作るときは、必ず台車二台がすれ違える幅で作ることになってるんです。学校で教わりました」

「ほう、なるほどね。そんなことまで決まっているんだ。島の文化を少々見くびっていたな、私は。じゃあ、その台車も時々映画に出さなきゃいけないな。どんな感じだい?」

 アナンは、ペンで簡単にスケッチを書いてみた。その後で、クサーヴァはリニアネット上で検索してそれらしいものがあるか調べた。その昔リアカーと呼ばれていた車輪付きの荷台がどうもそれに近いようだ。クサーヴァはその写真をダウンロードし、それを3Dライブラリ化するスクリプトを動作させた。その後、アナンとクサーヴァは台車の細かいディテールについて話し合いながら、三十分ほどかけてようやくゴルトムント島の台車の3Dライブラリを完成させた。

「3Dライブラリ作るのって面白いなあ」

 アナンは端末に向かって行うこの作業を、本当に楽しく感じていた。

「そうか、じゃあちょっとアナンに使い方を教えてやるから、ゴルトムント島にあったいろいろなものを3Dライブラリ化してみないか」

「本当ですか。スクリプトの使い方教えてくれますか?」

「嬉しそうだな。だけど、この方法は私のオリジナルだからね。3Dライブラリ作成のためのプラグインを組み合わせて、何年もかけて編み出したものなんだ。ちょっとやそっとで理解は出来ないぞ」

「教えてください」

「わかった。わかった」

 クサーヴァはそう言って、アナンのエージェントに3D製作用のプログラムをコピーしてやり、とりあえず簡単な使い方を教えた。

 それ以来、アナンは暇な折、自分のエージェントを呼び出して、ゴルトムント島のいろいろなものを3Dデータ化するのに夢中になった。もちろん完全には使いこなせなかったが、クサーヴァにいろいろと聞くたびに新しいコマンドを教えてもらい、段々と作業効率も上がっていった。

 クサーヴァにとってみれば、二人で話し合いながら細かいディテールを仕上げるより、大まかにでもライブラリが作ってあったほうが効率的なので、アナンがデータ製作に興味を持ってくれたことに内心喜んだ。何しろ、アナンと会話をしなくてもアナンの記憶にあるゴルトムント島の生活の一端を彼自身が電子データ化してくれたのだから。

 そしてアナンも、ようやくこのナルチスシティにいて、自分が一人でできることを見つけたような気分になった。こういった貢献の仕方もあるのではないかとアナンはデータを作りながら思った。それ以来、ゼブリンと話したことも、あまり思い出さないようになっていた。

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