或るブタい、それと職業選択の自由。

日本国憲法第22条第1項

 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。


 わたし、アイドルになりたかったんです。だから、スカウトされた人の話に出てくるところ、行くようにしてたんです。でもぜんぜんダメでした。スカウトなんてどこにいるの。おとぎ話の王子様やまんがに出てくるイケメン転校生みたいにどこにもいないって、思い知らされました。渋谷とか原宿、うちから遠いんです。でもがんばってたんです。学校が終わってからバイトして、電車代をためて。ぎりぎりでなんとかして、買い物は月に一度くらいだったけど、ずっと通ってたんです。

 もう、就職活動が始まる。始まったら、やらないわけにいかない。だから今日が最後かなって思いながら、わたし、渋谷に来ました。いつも見るだけのマルキューに入ってみたけど、つらかったので、外に出たんです。

 男が声をかけてきてうざいけれど、相手にされないよりはいいかなって思います。特に、人違いでしたとか言われるのって、なんかイヤです。スマホでヒマをつぶしながら、場所を変えたりしていると、その人が来たんです。


「君かわいいね、芸能界に興味ない?」


 やっと夢がかなったんです。でもわたし、いやだけど一応話を聞くって感じで、喫茶店に着いて行ったんです。話を聞くと、まず登録して宣伝の写真とかを撮ったりして、最初のうちは小さい仕事なんかもやって、いずれ本格的にデビューするってことでした。今は大手にいるあの人やその人も、知らないだろうけどあんな人もこうしてデビューしたんだって言われて、ちょっとおどろきました。

 スカウトさんと話しながら事務所に行ったんです。社長さん以外誰もいませんでした。でも、日曜だから事務員がいないって言われて、それもそうだと思いました。スカウトさんが帰って、書類を書いて、生徒証をコピーしてもらったりしていると、カメラマンがきて、隣の部屋のスタジオに行きました。衣装がいろいろ用意されていて、どれも私服っぽい感じでした。何度も着替えて、いろいろ撮りました。カメラマンさんは、ずっとほめてくれました。スカートが短くって、ちょっとどうかなと思ったけど、次々ポーズを変えたりしていると気にしていられませんでした。最初の衣装以外にも、制服と浴衣も撮りました。浴衣はかんたんに着られるタイプだったけど、浴衣用のかつらをつけるのがけっこう大変でした。

 3時間くらい事務所にいたら、けっこういい時間でした。家が遠いので、帰ることにしました。これからは、仕事があれば、連絡があるそうです。


 2週間くらい待っても、仕事がありません。それで、電話してみました。そうしたら、ちょうどいいのが来週あると言われました。わたしの初めてのアイドルの仕事です。もちろん、やることにしました。

 その日に事務所に行くと、隣のスタジオで個人撮影をやるって言われました。事務所の更衣室で、お客さんが選んだ服を着て行くだけです。今回は着替えなしなので、時間になるまで言うことを聞いて戻ってくればいいって言われたんです。

 お客さんはもう待っていて、すぐ着替えて社長さんと一緒に行きました。お客さんは常連で、注意も形だけでした。見た目にはわりと普通だけど、オタクっぽい、三十歳か四十歳くらいのおっさんでした。社長さんがずっとそばで見ていました。あんまりすごいポーズとかは止めてくれました。撮影は30分コースで、すぐ終わりました。わたしは初めて芸能人としてのギャラをもらいました。少しだけでしたけど。


 次の週も、同じお客さんが予約してくれました。90分で着替えが2回のコースでした。最初は前と同じでした。ところが、社長さんは、用があると言っていなくなりました。お客さんは、そこから、好きなことを言うようになりました。ホテルに行こうとか、いやならここでやろう、とか。それだけでなく、値段まで言ってきました。3万でどうだとか。わたしは怖くなりました。社長さんが戻ってきたとき、つい抱きついてしまいました。涙が止まりませんでした。社長さんは、お客さんを叱ってくれました。撮影は時間を残して中止になりました。

 事務室で、社長さんと話をしました。ギャラはきちんと払うけれどと言いながら、困った顔をしていました。お客さんを怒らせてはいけないということでした。あまりこういうことがあると、契約を続けることができなくなると、怒られました。でも社長さんがわたしのために言ってくれているのがわかりました。社長さんは、君にはもっと売れてほしいと言ってくれました。わたしは、社長さんが大好きになっていて、自分から誘いました。社長さんは、彼氏に怒られると言いましたが、先週別れたばかりなのでいませんと正直に言ったらわかってくれました。


 秋までに何度か無難な撮影がありました。お客さんがチップをくれたり、交通費が別に出ることもあったので、けっこう服を買えました。就職も一応内定しました。しばらくは働きながらチャンスを探せばいいかなって、思っていました。でも社長さんにそれは違うって言われました。本気なら時間がいくらあっても足りない、寮に住んでどんどん仕事をする方がいいって言われました。

 お客さんは、平日にもいました。どんな仕事をしている人たちなのかわかりません。でもとにかく、いたんです。ときどき衣装を間違えるくらい、ものすごい勢いでお客さんがきました。

 秋になると、集団でのコスプレ撮影会にも出られるようになりました。ルールがうるさくて、お客さんや他のモデルとあまり話してはいけなかったのが、よかったです。わたしは田舎の方からきているので、方言が出るとばかにされるからです。でも、きれいな子をたくさん見たり、お客さんが悦ぶポーズがわかったりして、勉強になりました。

 わたしは、親に黙って内定を蹴りました。それがバレて、すごく怒られました。すぐ社長に電話したら、ちょうど寮が空いているからすぐ住めと言われました。すごくありがたかったです。それで、わたしは服をたくさん持って引っ越しました。年末くらいのことです。


 学校は、もう出席しなくても大丈夫でした。わたしも18歳で成人になっているので、やりたいことをやるって決めていました。そんなとき、社長から新しい仕事の話がありました。イメージビデオです。ヌードにならないといけないと聞いて、ちょっといやでした。でも、社長が悦んでくれるし、人気が出ればテレビに出るのもすぐだと聞いて、心が動きました。結局わたしは仕事を引き受けました。

 社長さんに連れられて、現場に行きました。大勢の人がいました。これが本物なんだなって、感動したのを覚えています。監督さんが説明してくれました。それは、AVを撮影するという話でした。男優の人も、挨拶にきました。わたしは泣きました。AVだなんて聞いていません。ひどいと思いました。社長は、すまなさそうな顔をして、やればチャンスにつながるんだがとか言っていました。わたしは社長に、後で抱いてって耳打ちして、撮影に入りました。


 撮影したものは、半年くらいしてから売り出されるそうです。大量に売られているAVに誰が出ているかなんてわからないとも言われました。メイクもいつもと違うので、たしかにそうです。わたしは、とりあえずめんどうなことを忘れたいので、社長に抱いてもらいました。その後も撮影が続いて、けっこう大変でした。

 試写の評判がよかったそうで、二本目の話もすぐ決まりました。いろいろ準備していると、すぐ撮影の日がきます。わたしは充実しているような気がしていました。


 そのうち、卒業式の日がきました。それくらいは一応行っておこうと思って、前の晩は元カレの家に泊まりました。クラスに入ると、男子がひそひそと話していました。コスプレをしたわたしの写真が、風俗屋さんのホームページに載っていたんです。わたしは、そこで働いていることにされていました。ぜんぜん違うのに。


 すぐ社長に電話しました。社長は、写真を勝手に使われたのは仕方ない、抗議は自分でやれと言いました。こういうことになるならビデオも止めてほしいと言いました。社長は、それはできないと言いました。わたしは初めて社長に本気で抵抗しました。真剣でした。でも、社長は聞いてくれません。それなら辞めるのかと言うだけです。それはいやだと言いました。社長も困っていて、後で落ち着いて話を聞くと言っていました。


 わたしはとりみだしていて、卒業式にも出られませんでした。元カレたちがどんどん電話してきて、でも出られなくて、困りました。でもそんなことはどうでもいいんです。社長とどうなるのかだけが気になったんです。でも、わたしは社長の家を知りません。だから、とにかく寮に帰って、社長に連絡してってことだけ考えてたんです。


 帰りの電車で落ち着いてきて、寮に着く前に社長に電話しました。社長は、わたしがどうしたいかだけ聞いてきました。わたしは、今は何も考えられないと言いました。そしてわたしは寮につきました。私の荷物が、全部外に置いてありました。鍵も開きませんでした。



「うーん。これが被害者の調書か。被害者。」

 「ああ…どこまで被害者だと思ってんのか、わからんけどな。」


 そこは警察署である。刑事二人が、事件の記録を検討していた。どうしたものかと悩んだ担当者が、担当外の刑事を呼んで意見を聞こうとしたのだ。


「社長は前科ニ犯のホスト崩れ、ねぇ…」

 「客も一部はグルで、うまいことAV送りにして荒稼ぎ。やり手だよな。」

「18になるまでは囲って、何本かまとめて撮って、元は取る、か。」

 「しかも自分もおいしい思いねえ。趣味と実益ってヤツだな。」

「いや、でもこの被害者はあんまり…」

 「それを言うな。」

「ところで、物証は?」

 「事務所のブツがいろいろある。売った証拠だけなら足りてるよ。」

「他に被害者は?」

 「これ以外にも五人食われてる。売られたのはもっといる。」

「それだと児童買春だけで実刑は堅いな。」

 「児福の線も考えてる。いけそうなのが一人いる。」


 児福とは、児童福祉法である。そこでは、児童に淫行をさせる罪が、特に重い罪として定められている。最高刑は、十年である。なお、児童買春は五年、条例違反の淫行は二年である。


「その件、何があった?」

 「ヘルスに売ってる。」

「いけるな。あと、有害業務はどうする?」

 「やる方向だ。だが、要らんかも知れん。」

「被害者の年齢はみんなこれくらいか?

 「いや、16から22。ちょっと幅がある。」

「面倒だな。処理を間違えたら一気に軽くなるぞ。」

 「そこは検事の仕事だ。俺らはそこまで深入りせんよ。」

「そうだな……突っ走るしかないか。」

 「ああ…そうするよ。ありがとう。」



 その後、この事件は、嫌疑不十分ということにされ、捜査も中断された。上層部からの曖昧な指示が、その直接の根拠である。具体的な理由は、現場には伝わっていない。被害者も、そんなことは知らない。

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