愛と激情の戦線

 これはどこか遠い国の出来事である。


 暴政に疲れ果てた人々は、このまま餓えたり殺されたりするよりはと、武器を取った。その軍勢は、自由革命軍と呼ばれていた。組織が確立して数年の後、自由革命軍は、外国の援助に頼ることもなく、国土の三割を制圧していた。しかし、政府軍の強烈な反攻を受け、国境に接する地域を削られつつあった。このままでは物資が届かなくなり、革命は頓挫する。さもなくば、どこか隣国の傀儡となるしかない。


 そんな国の熾烈な戦線の一つを、革命軍の歩兵部隊が守っていた。最早攻め返すだけの力はない。だから、あくまで守っているだけである。もっとも、常に戦火が上がっているというわけでもない。敵が大兵力を充ててくれば、力を集めて迎撃する。そうなると、近所は攻防とも手薄になる。無理をして攻め込むほど愚かな将もいない。そして、どちら側も、やることは変わらない。今日は、この地は、たまたま平穏だった。

 兵士ソドムは、銃の手入れをしていた。同じことをしようとしていて適当な場所を求め、兵士マリアが近くにやって来た。


「ソドム、調子はどう?」

「ああ、お陰で悪くないぜ。」

「そう、よかった。」

「ただな、あの邪悪な連中を片付けないことにはな。」

「そうね。早く皆殺しにしたいものね。」

「耐えるしかないな。」

「…ねえソドム、」

「ん?」

「次の戦闘で生き残れたら、セックスしよ。」

「いいね、そうしよう。」


 ソドムたちの部隊は、最初は二百人がこの地に置かれていた。戦闘ごとに約一割が死に、ついに半減した後に五十人が追加された。しかし今残っているのは七十人である。最早補充の余地もない。数少ない初期からの生き残りである二人の会話は、何よりもまず、そろそろ来る最期を予感してのものだった。

 かつてソドムは、マリアと同じ小隊で、敵陣への突撃に参加した。敵の露営地を攻撃し、物資と占有地を奪取する作戦であった。このときは、敵に情報が漏れていた。しかも、優れた将のいる政府軍はなかなか迎撃しなかった。引き寄せてから撃ち、革命軍を取り囲んだのである。絶体絶命の危機を見て、輸送部隊のヨハンがトラックで突っ込み、歩兵に散る隙を与えてくれた。この隙がなければ、小隊は全滅していた。その代償に、マリアの夫であるヨハンは車内で戦死した。まだ新婚だったというのに、運命は過酷である。それ以来、ソドムはマリアを気にかけている。食料が足りなければマリアに譲るくらいは、いつものことである。マリアも、そんなソドムの誠意を嫌ってはいなかった。


「しかしな…」

「どうしたの?」

「俺たちは結果を出していない。」

「気にすることはない。」

「ああ…」


 その夜、政府軍が、マリアたちの陣地に潜入した。何せ、内戦である。見た目も言葉も変わらない相手とあって、その気になれば互いに潜り放題である。自由革命軍は、そのようなことをしなかった。政府も、表立ってはそのような手を使っていなかった。卑怯なやり方が、正統性を疑わせるからである。だが政府は、支援してくれる大国との関係に気を使い、早期終戦を目指すことを決めていた。それ故、最早手段を選ばなくなっていた。


 潜入が明らかになったのは、ただ一発の銃声によってである。政府軍の隠密部隊は、爆薬を仕掛けて回っていた。装備や食料を奪わずとも足りるが故の余裕から、敵陣の殲滅を目指していたのだ。その途中、政府兵数人がマリアたち女性兵士のテントを発見した。政府兵は、漏れる声から感付いたようだ。彼らは潜入し、格闘術のみで女性兵士たちの自由を奪い、同宿中の三人を強姦した。その後、隙を見たマリアが敵兵の一人を撃った。この銃声がなければ、展開は異なっていただろう。こうなると、隠密行動は成り立たない。革命軍の兵士が起き出し、政府軍の兵士も、撤収の可能性を考えてそれまでと違う動きを見せた。犯された三人はすぐさま射殺され、犯した側のおそらく五人も全員撃たれた。捕縛された政府兵は数人にとどまり、他に十人がその場で処刑された。もっとも、その他は逃走したようだった。その数は不明だが、数十人に及ぶことが推定された。

 そんなことが詳らかになったのは、夜が明けてからである。現場でわかることなど限られている。しかも、同士討ちや敵の暴発を避けるために、そして陽動に目を向けさせての奇襲に警戒して、部隊は厳しい判断を迫られ続けていた。幸か不幸か、革命軍の死者は両手で足りた。爆薬も、点火には至らなかった。残存する敵兵も発見されなかった。戦果だけを見れば勝ちかも知れない。しかし、侵入を許したことは、特に経験が浅い兵を浮き足立たせた。

 何より、大切な戦友を失ったソドムの怒りは凄まじいものだった。その慟哭は、夜明けと共に響き渡った。誰にも声をかけることができない状態でソドムが震えている間にも、士官たちは報復の算段を進めた。そして、敵の小規模な基地を破壊する計画が立った。泣き疲れたソドムは、その話を聞いて、最も危険な任務を得たいと願い出た。

 指揮官は尋ねざるを得ない。

「ソドム、正気か?」

「俺は本気だ。行ける所まで行く。」

 答えるソドムの威武に、士官たちは気圧されていた。


 作戦は、こうだ。日の出の二時間前に、基地への送電線や電話線を複数切断する。同時に、内部に潜伏した兵が破壊工作を実施する。他の戦線も呼応し、大きく分けて三箇所で同時に作戦を展開する。日の出を待って、以上のうち一箇所と無関係な一箇所に歩兵隊が進軍し、敵の撹乱を続けながら支配地域の拡大を図る。中世のような戦争をする限り、それは完璧な策にも見えた。

 ソドムたちは、破壊工作の準備を始めた。重い装備を動かすだけでも重労働である。その重さを、深く残る足跡が可視化する。それは、おそらく二度と踏めないであろう大地を身体に覚えこませるかのような動きであった。


 その頃、情報は、革命軍の本部にも届いていた。最高司令官たちは、空調の効いた部屋で笑い合っている。

「ハハハ、そろそろ潮時だろうかね。」

「そうだ。だが、問題がある。」

「やられっ放しで講和はできんよな。」

「条件が悪くなるのは間違いない。」

「例の作戦が成功すればよし。しくじっても、うまく反撃させればよし。」

「国際社会を味方にってヤツか、うまくいくのかね?」

「やってみるしかないさ。」

「大丈夫。死ぬのは兵隊だ。我々じゃない。」

「それもそうだ。アハハハハ…」


 作戦は遂行され、成功した。そして政府軍は、戦況の安定を待って、近距離ミサイルを革命軍の後方に撃った。革命軍が占領した地域は、短期的な補給力を絶たれた。そして補給路を奪うべく地上軍が展開し、拡張した革命軍の領土は三日と保たなかった。前方にいた兵は、殆ど死んだ。講和ではなく一方的敗戦の運命が、革命軍を待っていた。

 ソドムの夫にも、死亡の報せが届いていた。夫は、既にソドムの命を諦めていた。しかし、万一の希望を喪わず、ソドムが帰る家を守っていた。いつでも脱出できるよう、荷物をまとめてはいたけれど。ラジオは、その町にも危険が迫っていると伝えていた。


 そしてそれでも、自由革命軍が現れるはるか以前から戦っていた別の反政府ゲリラも、なおまだ希望のない戦いを続けている。自由革命軍が遺した傷も、ゲリラにとってはかなり厄介な敵である。

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