【終章】


                     1913年 ペルー



 ダンは机に向かっていた。

 五線紙を前にして、ランプの小さな炎を見つめている。


 窓の外で風の音がする。

 立ち上がってアルパカのポンチョを下した。高地の夜は寒い。

 窓ガラスにランプの光に照らされた無精髭の伸びた顔が映る。


 窓から見える夜空には一面に降るような星。

 アンデスの山影が星空の縁を黒く覆っている。


 遠い、遠い空の果て、星々の海が果てしなく続く空。


 歌はどこへ行ったのか。


 ダンは思いを馳せた。


 銀河のはるか彼方、人の思いはそこにあるのだろうか。

 人の思いがそこまで届くことはあるのだろうか。


 アンデスの頂を越えていくコンドルのように。


 たとえ思いが届くことかなわずとも、コンドルは飛んでいくのだ。遥かな、彼方へ向かって。


 ダン――ダニエル・アロミーアス・ロブレスは再び机に向かった。

 ペンを執る。


 思い出しながら、譜面を綴り始めた。







 その曲は同じ年、歌劇サルスーエラの為の曲として発表された。

 1960年代、ホルヘ・ミルチベルグらの演奏により、次第に世間に広まって行った。


 1970年、ポール・サイモンが独自の歌詞をつけて発表したその曲は、世界に影響を与えるまでになった。


 今もどこかで、その曲は演奏され続けている。







 ひとの思いがどこから来て、どこへ行くのか。


 誰も知らない。














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時の果てのレイジ 北浦寒山 @kitaura_kanzan

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