34.特異な者たち

 浴室へ女性陣を連れて行ったケイと別れる形で、光陽はシロウに客間に案内されていた。


「こちらが寝室です。滞在の間は自由にお使いください」


 畳に背の低いテーブルと座布団が置かれ、布団を敷くスペースも確保されているほどに部屋は広い。

 極東人には馴染みの深い“和”の部屋模様だが、石畳の寺院と木造のエルフの村を見慣れている光陽にとっては慣れない仕様である。ちなみに室内に上がるのに靴を脱ぐと言うのも違和感があった。


「ありがとう」

「いえ。当主の身内となれば当然の配慮です。ご質問はありますか? なんなりと対応をさせていただきます」


 その言葉に甘えて、唯一気がかりだった事柄を尋ねることにした。


「……少し個人的な事になるんだが、桜ヤエを知っているか?」


 光陽はケイとシロウの会話でヤエの名前が出た事を聞き逃さなかった。


「今はギルドの職員として本部での勤務していらっしゃいます。ここに寄る事は殆どありませんが」

「元気そうか?」

「はい。そもそも、ヤエさんが元気でない様は見た事がありません」

「そうか」


 元気でやっているのか。

 母は妹が産まれ、その数か月後にこの世を去った事もあり常に近くに居たのは光陽だった。ジパングを離れる時、最後の別れを言う事さえも出来なかったため、その後どうなったのか心配だったが、ちゃんと自分の足で歩いているらしい。

 少しだけ肩の荷が下りた。


「……こちらも一つ質問をよろしいでしょうか?」

「なんだ?」


 シロウはケイの言葉だけでは光陽に気を許せるほど容認できない。更にギルドからの通達である、“魔力を持たない極東人”と“桜色の髪を持つ少女”の容姿とも一致する。


「貴方のご母堂様はどなたでしょうか?」


 本当に守るべき価値のある人であるのかを見定める事。『本家』において『灰木』が割り振られている役割でもあった。


桜陽華さくらようか。おそらく、桜エトの前妻に当たると思うが――」


 それはシロウやサナエが産まれる前に死去した人物の名前であり、今では名前を口に出す者は殆どいない。当事者で思い入れのある者でない限りは。


「光陽さん。今、この時に、この場所を訪れた意図は自分にはわかりません。ですが、どれほどの事情があろうとも血の繋がった家族を他に差し出すような真似を桜当主は決して選びません」

「まぁ、本当にそうだと良いんだけどな」


 その意図は始末をつけるのも肉親意外にあり得ないとも捉えられる。それ故に心から気を許せる存在はこの世には残されていないと思って生きていた。


「……アイツは例外」


 ただし、ルーの悪戯な笑みが浮かんだことは、への字顔で否定しておくことにする。


「――どうやら桜当主が戻られたようです」


 シロウは敷地に入ったゲンサイの魔力を感じ取った。






「おっと。モテる女はつらいぜ」


 謎の感知能力で光陽が自分の事を考えたのだと察したルーは広い入浴場の湯船に浸かりながら悪戯な笑みを浮かべていた。


「エスリンさんってたまにわけわからない事を言うよね」


 サナエは三つ編みをほどいて湯に浸からないように編み上げて同じように湯につかる。


「ふふん。女として愛する者が己の事を考えてくれることは何よりも嬉しい事なのだよ。貴様も少しは共感できる年頃だろう?」

「年頃って……エスリンさんもボクと殆ど変わらないでしょ?」


 前に躱された質問をサナエは再び投げかける。


「それと……改めて聞きたいんだけど、エスリンさんって本当に何者なの?」


 光陽の身元はケイの言葉から信用に当たる者であることは分かった。しかし、ルーに関しては全く情報が無いのだ。


「アスルに出現した氷塊を消したのも君でしょ? 一体、どんな魔法をつかったのさ」

「そう詰め寄るな。せっかくの広い浴場が台無しだぞ?」

「あ、ごめん……」

「我もアイツと一緒にここまで来たんだ。今更、偽るつもりはない。質問には全て答えてやろう」

「それは、私も質問して良いかしら~?」


 すると、遅れてケイが入ってくる。着物越しでも解るほどの凹凸のあるボディは一糸まとわぬ姿では欲情しない異性など考えられぬほどに妖艶であった。


「凶器だな。なぁ、娘。貴様は本当に血がつながっているのか?」

「成長期なんだよ! うっさいな!」


 女として強調できる部分が比べて小さい事を気にしているサナエは心の底から叫んだ。


「これから大きくなるわよ~。サナエは私とあの人の子供だもの」

「説得力はあるな。だが、17歳までがピークだぞ」

「この話題やめない? 本当にさ」


 本気でサナエが怒りだしたので、からかうのは止めにして本題に移る。


「とりあえず無駄な問答は避けたい。貴様たちが我に対して何の情報を求めているか聞こうじゃないか」

「それじゃ、何者なのか教えて」

「『ドラゴン』だ」

「…………ちょっと、ふざけないでよ」

「ふざけているものかよ。娘よ、貴様は目で見た上で真実を告げられて何故信用できない?」


 当然の如く、夢と現実の区別はサナエでもついている。だが、彼女の口から放たれた言葉を真実と捉えるにはあまりにも――


「できるわけないでしょ。だって生きた『ドラゴン』はこの世界で一体しかいないんだよ」


 『ドラゴン』とは生物的に、この世界の理に当てはまっていたとしても一体しか存在しないため“種族”ではない。

 現れれば街を国をヒトを滅ぼす神話生物として人々には記録され、唯一倒すことのできる『英雄』とは言えど易々と討伐する事は出来ないのだ。


「ルールの中に居る奴ら・・はそうなのだよ。我はそんな脳死した奴らの創った規則ルールなどに縛られない」

「じゃあさ、仮に君が『ドラゴン』だとすれば、ヒトを滅ぼしたいって思ったりするの?」

「ふふん。娘よ、物事は貴様たちが考えているほど複雑じゃないよ。我の意志は我のモノだ。決められた輪の中をぐるぐる回るなどつまらないだろう?」


 大人びた笑みを浮かべるルーの表情は、光陽と要る時とは別の雰囲気を纏っている。

 まるで、世界の全てを鳥瞰しているかのような言葉は地に足をつけなければ生きられないヒトとは一線を画する存在であるかのようだ。


「それなら、ルールを決めた人たちに今も見られてるという事かしら~?」


 身体を洗い終えたケイが同じ湯船に入ってくる。彼女はルーの口にしたことを全て事実であることを前提に話を続けた。


「見ると言うよりも起こった事実を観測していると言った方が良い。だから、特異な者たちは特に注意深く動向を観測している」

「例えば?」

「我のような英雄の居ない『ドラゴン』や理を変えようとする『革命者』に、魔力を一切持たない存在である『無色の器』と言った存在だ。内、二つはここにいるしな」

「どういうこと?」

「…………」


 ルーはケイの様子を察しつつも、特に躊躇うことなくソレを口にする。


「光陽の事だよ。アイツはこの世界で唯一魔力を持たない。そうだろ? ご母堂殿」

「お母さん?」

「……あの子の事はお義父さんが一任しているの」

「だろうな。積み上げたモノは凄まじかったぞ。実の肉親から与えられたモノが、それしかなかったのだから」


 その生い立ちと戦いぶりを見れば桜光陽を愛する事は出来るだろう。だが、桜光陽が他を愛することはできない。


「アイツは産まれてから否定され続けてきたらしい。狂ったように己が生まれた意味を探し続けている」


 光陽の取る行動の最終的な着地点は“己の生まれた意味”を知る事にある。その為に生命活動を維持し、その為に『桜の技』を極め、その為に歩を進める。


 しかし彼にとってすれば、それはまだ出発点でしかないのだ。誰もが持っている、己が己であると言う深層心理の認識を手放している状態なのである。


「光陽の隣には誰もいない。そして誰よりも不自由であり、誰も彼を解放することはできない。そんな存在を無理やりに作り出した奴らを我は心の底から滅ぶべきだと思っている」


 ルーの本心だった。自ら口にしながも心の奥底から怒りが湧き上がるのを感じる。


「それは何かの間違いだよ」


 サナエはルーの言葉を否定するように立ちあがった。


「お祖父ちゃんは誰よりも家族の事を想ってるんだ。そりゃ、厳しいところもあるけど、きっと何か理由があるハズだよ!」

「ソレもあるだろうな。だが……ヒトの本心は確認することはできない。だから、お前は家族を信じると良いさ。我は光陽の隣に居る。アイツが死ぬ時まで」


 今は否定も肯定も出来る。なら彼女に出来る事は、彼の旅が終わるその時に、隣に居てあげる事だと思っていた。

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