28.殺害者

 イライラする。

 言葉では表現のしようがない程に別の事を考えられない。そもそも、奴らは自己中心的もいいところだ。この世界は奴らのおもちゃではない。


 この世界に居るのは感情を持つヒトなのだ。


 無数の感情が混ざり合い、素晴らしい人間模様を垣間見ることが出来る、とても美しいと感じる世界。

 まだ世界の片隅しか見ていないというのに、そう感じるのは必死になって生きようとする意志が数多のヒトから感じられるからなのだろう。


「……まぁ、この世界を創った事だけは誉めてやろう」


 静かな夜だ。嫌な事など忘れて、光陽と戯れよう。


「列車での移動か。ふふん、いつも以上に警戒の必要はないからな♪」


 二人旅とはいえ、夜はどちらかが起きて警戒の必要があったので、一緒に寝るなんてことは未だにしたことが無い。

 エルフの村でも何かと理由をつけて避けていたが、狭い列車内では逃げ場など何処にもないぞ。ふふん。


「今戻ったぞ、光陽。列車に乗ろうぜ!」


 と、角を曲がっているハズの光陽とサナエの姿がなかった。






 『鉄砂』は破れた。その代わりのように闇の中から現れたのは一人の老人である。

 戦いの最中、全く気配を感じなかった所を見ると相当な――


「やっと出てきたね」


 魔法による強化が解けない状態のサナエが仕掛ける。

 【朱雀】『天脚』。

 跳び回し蹴りが向けられ、老人の頭を刈り取った。


「無邪気な女子おなごだのぅ」


 老人は旋回してくるサナエの足を掴んだ。そのまま勢いを利用し近くの鉄骨へ投げつける。


「嘘。お祖父ちゃんしか見切られたことが無いのに――」


 風を操り、宙で態勢を整えると壁に足の裏をつけて衝撃を吸収する。再度、壁を足場に跳び上がり、老人へ『天脚』を――


「ほう」


 放とうとしたところで、サナエは身体が硬直し地面に落ちた。


「あ……あれ?」


 サナエは全身が震えて上手く動かない。暗器……? 魔法……? 身体が動かない……一体何をされた?


「意識があるか。流石はヤツの血族なだけはある」


 老人はサナエへと歩み寄る。そこへ光陽が割り込んだ。

 死角からの踵落としを老人は難なく躱す。光陽は流れるような動作で【白虎】『流牙』へ移行し無規則の連打を見舞う。

 初見では見切れるものではない。ないのだが――


「――――」

「カカカ」


 老人は笑いながら全てを受け、防ぎ、流していく。まるで台本を合わせたような無駄のない迎撃に光陽は驚愕しかない。


 そして、見飽きたと言わんばかりに『流牙』の攻撃の間を突いた肘打ちが光陽の左胸に叩き込まれる。


「ぐは!?」


 なんだ……? コイツは……?!

 後ろに怯みながらも光陽は老人から目を放さない。一瞬でもその姿を見失う事は危険であると僅かな攻防で理解したからだ。


 こいつは……師匠やサウラさんと同等か、それ以上に強い――


「死なんか。頑丈じゃのぉ、わっぱ


 嬉々として老人は間合いを詰めてくる。

 左胸への一撃は心臓を狙った強烈なモノであり、常人ならその一撃で絶命するだろう。

 光陽が耐えられたのは【玄武】による肉体の硬直を咄嗟に応用し、ダメージを抑えたからである。


 師の課した過酷な鍛錬に感謝する間はない。

 光陽は老人を迎え撃つ様に重心を低く中腰に【玄武】の構えを取る。刹那、心臓を貫かれる――


「――!?」


 咄嗟に後方に跳び離れ、左胸を触るが何もされていない。

 今のはただの殺意を向けられただけ……か?


「おい、今更ビビるな」


 落胆するように老人は光陽を見る。嫌な汗が止まらない。


「お前は嵐に挑んだことはあるか? 巻き込まれればもう遅い」


 老人は首を鳴らしながら余裕の表情で語る。


「ワシと相対する、それすなわち手遅れよ!」


 正面から対峙し、ようやくわかった。サナエがやられたのは暗器でも魔法でもない。

 この尋常でなく鋭く、洗練された殺意に当てられたのだ。






 『殺害者シャハイジャ』。


 その名前は裏社会において【二大凶手】の一角として知られ、相対することはタブーとされている。

 人々は魔法を使う事で、あらゆる魔物に対応し戦い続けてきた。それは人がこの世界で生きていくための戦いの歴史であり、後世に継がれている軌跡である。


 その中で『殺害者』は魔物との戦いを視野に置いていない。


 あらゆる手段をもってして“ヒトを殺す”事だけを研鑽し続けたその技量は裏社会においても災害としてあらゆる組織が危険視している。


 『殺害者』――それは古くより裏社会に存在する古強者ふるつわもの

 あらゆる殺し屋は決してその災害とは相対しない。の殺し屋の標的となる事は死と同義であるからだ。

 その殺害の確実性から、過去には『五柱』の一つにも数えられたことがある程に危険な存在である。






「カハハ!」


 嬉々として『殺害者』が向かってくる。

 光陽の眼に映る『殺害者』の姿は人ではなく、黒く塗りつぶされた“殺意の塊”だった。


「――――」


 光陽は冷静に『殺害者』を見る。どのように受けても、次の瞬間には殺される未来しか見えない。ならば――


「前へ」


 逆に光陽は前に出る。『殺害者』の持つ殺意の穴を見つけ、そこを狙って躊躇いなく踏み込む。

 次の瞬間、光陽は嵐に呑み込まれた。


わっぱであろうと油断できんのが“桜の技”よ。過去にヤツを仕留めそこなっただけにな」


 光陽は顔面に打を受け、怯んだ刹那の間に左胸に強烈な衝撃を感じた。

 二度目の心臓狙いは確実に標的を始末する一撃。大きく響く衝撃に空気を吐き出すことしか出来ず、身体が硬直する。


「逝けい」


 頸椎を破壊する為に放たれた手刀は光陽へ確実な死がもたらされた。


「どーん!」


 光陽が死を迎える刹那、上空からドラゴンが降って来る。

 それは上空から光陽とサナエを捜していたルーであった。






 着地の衝撃で土埃が舞う。穴をあけるように差し込む月の光にルーは照らされていた。


「ようやく見つけたぞ、光陽。まったく、貴様は感知できないんだから我の視界から外れてくれるなよ!」

「……悪かったな」


 左胸を抑えながら光陽は止まりそうになる鼓動を何とか押さえつけるので必死だった。

 意識を心臓に回さなくては、止まってしまいそうなほどに『殺害者』の攻撃は完璧な死技であったのだ。


「ん? 小娘もそんなところでいつまでも座って――」

「エリスンさん! 後ろ!」


 土煙の向こう側から『殺害者』の一撃がルーの背中を襲う。心臓を破壊する攻撃は、警戒される正面よりも背中からの方が狙いやすいのだ。

 特に女は胸の脂肪が男よりも多いので背後からの方が安定して殺傷できる。


「静かにしておれ。竜人の娘」


 横槍を入れられることが『殺害者』にとっては何よりも面倒な行為だった。

 だが、その僅かな感情はルーの死の定義を違えている。


「――――なんだ? お前」


 ルーは何事もなかったかのように振り向きながら鱗を形成。『殺害者』を殴りつける。

 『殺害者』は手の平と腕を重ねて直撃は受け止めるが、威力は殺すことが出来ず壁を破壊して外へ叩き出された。


「んー、あれにやられたのか?」

「ルー。気をつけろ。奴は――」


 すると、空から無数の氷柱が降り注ぐ。何もない夜闇に突如として現れた先端の尖った氷柱は『殺害者』の魔法である。


「冷て」


 ルーは鱗で氷柱を弾き、光陽は動けないサナエを抱えてその場から放れる。


「立てるか? サナエ」

「まだ、ちょっとうまく動かない……」


 『殺害者』の殺意は並みの殺し屋とは比べ物にならないらしい。よほどの実力者でなければ身体が本能から動きを停止させるほどに強力なモノだった。


「あ、いいなぁ」


 光陽に抱えられたサナエをルーは羨ましく思っていると、建物を全て押しつぶすほどの巨大な氷塊が現れていた。


「上を見ろ! 上を!」

「エリスンさん! 上上!」

「はいはい」


 ルーが視線を送ると氷塊は一瞬で消え去り、水の一滴も残さずに蒸発していた。


 『太陽光サンシャイン』。

 無動作による発動は事情を知る者以外は理解の追い付く現象ではないだろう。

 ルーは千里眼で『殺害者』を捜す。色々と面倒な事になる前に始末しようと考えたのだ。


「んー? どこ行った?」


 その時、闇の中から『殺害者』が襲撃し、ルーの首を掴む。


「跳躍」


 ルーと『殺害者』の姿が消え去った。






「お?」


 転送された先はアスルの街が点に見えるほどの高所――何もない遥か上空であった。桜色の髪が大きく上へ向く。


「カカカ。さて、どうする? 竜人の娘」


 ルーは首を掴んでいる『殺害者』の腕を掴み、逃げられないように拘束すると残った腕に鱗を展開する。


「耐久レースでもいいぞ、殺意の老害。ちなみに我は空を飛べるがな」


 ルーは残った腕で手刀を構えると、掴んでいる『殺害者』の腕を切断しようと振り上げた。


「飛んでもええぞ? コイツを無視したら街は終わりだがな」


 『殺害者』の背後には先ほどの十倍以上の巨大な氷塊が共に落下していた。ルーから見れば視界に収まりきらないほどの大きさ。一瞬だけ優先順位を考える。

 この老害を始末するか、巨大氷塊を蒸発させるのが先か――


「ついでだ。貴様も焼き尽くしてやろう」


 考えるまでもなかったと、ルーは不敵に笑った。






 この夜、突如として現れた巨大氷塊を見たのは深夜に偶然外に出ていた者たちと、遠方から空を眺めていた旅人や冒険者たちだった。

 そして誰もが状況を理解する間もなく巨大氷塊は街に落ちたのである。

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