18.夜の住人

「お、居た居た」


 ルーは陣を展開し、その中で座っているホーキンスを発見した。

 護衛についているスペルペディアとニーナ、他数名の隊員達はルーの姿を確認する。


「ルーさん? 空飛べるんですか!?」

「容易いよ。今度、一緒に飛ぶ?」

「わーい」


 ニーナとの問答を適当に済ませると、ホーキンスに歩み寄る。


「ルー殿」

「魔道師。貴様ほどの腕なら、妖精娘と一緒にゾーンダイバーを探しに行けるだろう?」


 その方が成功率は高い。スペルほどの熟練者ならば、足を引っ張ることもないハズだ。


「最低限の備えは必要であると命令を受けています」

「良い責任感だ」


 スペルは最悪の事態に備えているのだ。ホーキンスがナイトウォーカーに取り込まれる可能性を考えた隊全体のリスクを減らす為の行動である。


「最初は自分が行くつもりでしたが、ホーキンス副隊長が、隊長の命令だから、と」


 そして、ホーキンスがスペルに降した命令はナイトウォーカーになった時に自分を始末せよ、と言うものだった。


 その時、ホーキンスの影から蠢くような気配を感じ取る。影の向こう側に何かが居ると確信できる気配はナイトウォーカーが出てくる影と同じ気配だ。

 スペルは他の隊員に離れる様に告げると、ホーキンスに向けて魔法を放つ準備を始めた。状況は失敗。ホーキンスはナイトウォーカーに取り込まれた。

 すると、ルーは手をかざして前に出る。

「まぁ、楽にはいかんよな。相手は満たされる事のない飢えだ。三大欲求の一つに一個人が立ち向かえるモノではない」


 ルーはホーキンスの陣に手を触れ、自らも入れるように一部を書き換える。


「もう少し待て。妖精娘を連れ戻す。ついでにゾーンダイバーも仕留めてこよう」


 彼女と同じようにナイトウォーカーの深淵へ入り込んだ。






 勝負は長くかからない。

 光陽は槍持のナイトウォーカーを見て悟った。双方には一撃必殺の技があるのなら勝敗は数手で決する。

 さらに武器と無手の双方には大きな戦力差があるのだ。特に槍と言う武器は――


「近接の武器の中では最強」

「今宵に感謝する!」


 槍持は構えを取ると光陽に向かって、歩を進める。


「『者の型』」


 背に槍を回すことで挙動を悟られない変則の動き。だが、光陽は臆せず前に出る。


「迂闊!」


 半身に翻しながら突き出した槍は風魔法により加速し、瞬きの間に光陽の頭部を貫く。


「槍の弱点はさっき見せたんだがな」


 貫いた頭部は残像のように消えていた。

 槍持は目測を外されたことに驚愕していたが、間合いの内側に入ってきた光陽に対応しなければならない。


 槍の特徴は剣のように流れるような動きはではなく、どのような防御も貫く貫通力である。

 その為、槍術において奥義に分類されるものは刺突である場合が多い。

 故に槍術は、わかっていても避けられない、技量を研鑽する。ヒトの反応を越えた速度で撃ち込むことで正面からの戦闘に勝利するのだ。

 だが、その対策を光陽は叩き込まれていた。


 槍の弱点。どんなに速くとも、突き出せば力がゼロになる瞬間があると言うことだ。

 後は読み合いと見切り。その瞬間を捉えれば間合いの内側に入るのも難しくない。


「容易く虚をつくか!」


 光陽の近接での接近技量に槍持は改めて歓喜する。後ろに下がりながら光陽からの一撃を受けてでも再度槍の間合いへ――


「【白虎】『穿牙』」


 一点を打ち抜く衝撃が身体を通り抜ける。まるで反応できず、防ぐことも間に合わなかった。槍持のナイトウォーカーの胸部が大きく陥没し、意識を削られ身体が硬直する。


「【玄武】『一門』」


 頭部に放たれた『一門』は重力の増した空間に置いてその威力を増大させる。


「見事……」


 槍持のナイトウォーカーは自身の頭蓋が仮面と共に砕け散る音を聞いた。






 光陽の戦いは終わるべくして終わった。

 相手が全力を出す前に終わらせる戦い方は、光陽が意識している立ち回りの一つである。


「……」


 しかし、光陽の懸念はもう一体の大柄のナイトウォーカーにあった。

 明らかに奴の方が槍持のナイトウォーカーよりも強い。

 重力の操作を主体にする魔法はルーに放った時のように強力な攻撃にも転用できる。

 当たれば即死。槍持のナイトウォーカーよりも、圧倒的な手数の『黒玉』を形成出来るのであれば、ガロンでは――


「……やっぱり、こうなったか」


 飛び散る血肉。抉れたような消滅跡が辺りに出来上がっていた。


「くっ……」

「……」


 暗闇の中、身体中に拳の跡をつけた大柄のナイトウォーカーはガロンに見下ろされていた。


「ふふ……おかしいねぇ。ガロン・バロン。君は今、四倍の重さを感じているハズだ」


 ガロンと大柄のナイトウォーカーの辺りにだけが、更に極端な過重へと引き上がっている。


「ああ、結構重いぜ。その分、こいつの威力も上がるがね」

「嘘だろ? なんなんだ、あの人」


 平然としているガロンを見て光陽は唖然とする。

 援護に近づこうとしたが、感じた重さに『黒玉』をかわせないと判断し四倍範囲外から様子を伺っていたのだ。


「確かにいつもの半分も動けねぇが、だからと言ってお前よりも遅いわけじゃない」

「……はっ」


 その瞬間、無数の『黒玉』がガロンを囲む。


「だから、遅せーよ」


 溜めた電位が身体を駆け巡り、一瞬で加速する。大柄のナイトウォーカーが次の動作に移るよりも速くガロンは動いた。


「『雷爪』」


 振り抜かれたガロンの戦爪は大柄のナイトウォーカーの身体を三つに切り裂くだけに留まらず、その背後にある壁まで切り裂いていた。

 その攻撃が振り抜かれてから遅れて音と衝撃が発生する。速度と威力をあわせ持つ、魔法を戦闘に使った極みの一つだ。


「強い……」


 師に匹敵する実力者であるガロンには素直な感想しかでない。

 『重量超過グラビティ』の効果が消える。大柄のナイトウォーカーが『重量超過グラビティを維持できない程のダメージを受けた為である。発生した『黒玉』も消えていた。


「タイマンならこうなる」


 結果的にはガロンは無傷。『上位個体』との戦闘は負傷者は出たものの戦死者はゼロと言う結果に落ち着いたのは彼の圧倒的な戦闘力によるところも大きいだろう。


「そっちも勝ったか」


 何事もなかったかのようにガロンは笑っていた。大雑把な性格でありながらも、その実力は偽りなき強者である。


「魔法も使わずに大したもんだ。うちの部隊来る?」

「それは考えさせてください」

「ガハハ。気が向いたら連絡をくれ。お前とルーちゃんはいつでもウェルカムだからよ」


 事情のある自分はもとより、自由気ままなルーもガロンの誘いにはのらないだろう。


「ふふ……君たちは勝ったと本気で思っているのかな?」


 上半身だけになった大柄のナイトウォーカーが絶命間近で口を開く。


「状況は……何も変わらないよ? 我々ナイトウォーカーの中からたった二体消えただけだ。戦争を再開しようか?」

「なに?」


 その時、周囲の影が石壁に囲まれた空間を満たすように濃度を強める。

 ガロンは光陽を抱えると影に飲み込まれるよりも速くルーの開けた穴から脱出する。


「こりゃ、ヤバイな」


 正面の先程までいた石壁の空間を満たす闇。奥から聞こえる声は10、20ではない。

 そこからガロンの判断は早かった。


「エキドナ、全部隊に通達しろ! 総員、結界まで退却! 結界を三層に重ね、最奥に民間人を避難! 一層、二層で迎え討つ!」

 光陽を抱えたまま走るガロン。満たされた闇の空間から数千のナイトウォーカーが洪水のように吐き出された。






 ガロンの命令をエキドナは部隊とエルフたちに伝えていた。

 能力を最大にし、誰一人欠けることがないように確実な統制を行う。

 夜明けまで後五時間弱。何としても全員で生き延びなくては。


『ヘイ。聞こえマスカ?』


 その時、別の魔力による通信が割り込んできた。


『ワタシデス、エキドナ。忙しい所、すみまセン』


 エキドナは数秒だけその通信に思考を割く。


「現在、ナイトウォーカーの襲撃を受けています。手を貸してください」

『既に『聖歌』を発動していマス。程なくして効果が出るでショウ』


 その言葉にエキドナは安堵の息を吐く。彼の到着はまだかかると思っていたので戦力には考えていなかったが、戦いは終わりだ。


「では、何の通信でしょうか?」

『ドラゴンの情報を報告しなサイ。ワタシはその為にここに来たのデス』


 アスルの森を撃ち抜いている咆哮ブレスの跡を見つけたサウラは既にルーの存在を認識していた。


『かなり消耗しているようデス。ここで確実に始末しマース』






「ヒトが何かを食べと言うことは、何かの命を奪っていると言う事よ」

「…………」

「ヒトは何かの命を奪って生きているわ。変わらないでしょ? 私たちも、あなたたちも」


 ホーキンスはゾーンダイバーと正面からの向き合っていた。


 ゾーンダイバー。

 ナイトウォーカーの中では特に異質とされており、奴らが出現する影を作り出す存在であった。

 しかし、その方法は不明。魔法の一種とも推測さられているが、ナイトウォーカーの深淵にいるゾーンダイバーを捉えることは困難を極めていた。

 現在、ホーキンスの目の前にいるゾーンダイバーはドレスを着た若い女である。


「立ってるのも疲れるでしょう?」


 いつの間にか現れていた椅子にゾーンダイバーは座る。ホーキンスにも椅子が現れていた。


「座らんのか? 嬢ちゃん」


 次にゾーンダイバーは髭を生やした老人に変わっていた。袖の長い服を着た老練の魔道師である。

 ナイトウォーカーの世界。その支配者に捕まった時点でホーキンスは詰んでいる。


「一体、君たちは何者なのかな?」


 それでも、一縷の望みと情報を集める機会だと思い、ホーキンスは地雷だらけの夜道を歩くが如く会話を試みる。


「夜ですわ」


 再び姿が変わる。格式の高い服装に身を包んだ貴族の女子が座っている。


「夜?」

「夜の町を歩いていて、ふと近くの路地に眼を向けるとそこは深い闇で覆われている。貴女は意味もなく、そこには近寄らないのではなくて?」

「そーだねー」

「意識の境界ですわ。ヒトの深層心理に根付いた光と闇の境。貴女達は光の元で産まれ、光の中で生き、光の中では死ぬ存在。この世界を正当に歩く者たち。それ故に、夜からは眼をそらすしかない」


 何もかも満たされる世界にいる者たちは自分から堕ちようとは思わない。


「闇に蠢く何かを君たちが恐れる様に、僕たちも光輝く君たちを恐れている」


 眼鏡をかけた学者風の男が椅子から立ち上がる。


「だから僕たちは夜を歩く。光の世界は恐ろしいからね」

「なら、なぜ私たちに襲いかかる?」

「それを知るためには君達も僕らの一部にならなければならない」


 闇が蠢く。周囲から感じる気配は10や20ではない。空間を埋め尽す程の気配がホーキンスを見ている。


「彼は妖精族に借りがあるそうだからね、君は見逃す様に指示を受けてる」

「彼?」

「僕たちの原点だ」


 ナイトウォーカーの正体についてはギルドでいくつか仮説がある。その内の一つが当たっているようだ。


「……外の皆はどーなる?」

「喰われるのう。誰一人生き残らん」


 再び老人の姿でホーキンスに応える。


「いやはや、それは早計と言うものじゃないか?」

「!?」


 ゾーンダイバーは不意に聞こえた声に驚くように視線を向ける。

 敵が来ている時点で後続が来ない様に入り口は完全に閉じた。


 この場所に入って来れるのは俺たち以外は不可能――


「色々と考えているようだが、そのような常識に当てはまるものじゃないだろう? 貴様らが『五柱』と認識している存在は」


 ルー・マク・エスリンは人の姿のまま『ドラゴン』として、ゾーンダイバーの前に現れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る