17.援軍

 刃が宙に浮く。

 リーネが舞う度に、それらは意思をもって槍持のナイトウォーカーに襲いかかった。


「ほほう?」


 向かい来る刃に合わせて槍が旋回する。槍先で弾き、柄で受けて全て迎撃する。


「歩の型」


 間合いを掴んだ槍持のナイトウォーカーは刃を弾きつつ、散歩でもするかのようにリーネに接近する。


「俺を忘れんなよ」


 低い位置から滑るようにアンティスが槍持の間合いの内側に入っていた。

 抜かれたままの刀と剣が斜め下から斬り上がる。


「なるほど熟達している」


 槍持は更に槍を旋回させ柄で刀を防ぎつつ、剣を飛び下がって回避する。


「嫌な……動き」


 その跳び下がりはリーネの攻撃が出来ない絶妙な間合い。アンティスも追撃に行くには、槍の方が優位な間合いでもある。


「マジで達人級だな」


 戦場で技術を磨いたアンティスとリーネは多数の敵に対する戦い型が染み付いている。

 一方、槍持の戦いは洗練された槍術。一対一の戦闘に特化し、攻撃に回れば一撃必殺が絶えず襲ってくる。


 アンティスとリーネは戦場での連携を使って打倒を試みているが、槍持はそれをかわしつつ、僅かでも一対一の状況を作ろうと動いていた。

 もし、槍持と戦場の乱戦で出会ったのなら、あらゆる搦め手を使って倒すことは出来ただろう。しかし、向かい合っている現状では二体一でも手が足りない。『重量超過』の効果でこちらだけ速度に制限がかかっている事も不利な要素だ。


「向かえば引き、待てば来ぬか」

「串刺しは御免なんでね」

「……」


 それに、ゾーンダイバーの援護もある。ヤツは隊長が位置に気づかない程に深いところに居る。ホーがゾーンダイバーを仕留めてくれれば『重量超過』は奴らにも作用する筈だが。


「待ち、だな」

「賛……成」


 時間を稼ぐ。それが、今出来る最善の行動であると判断。新たな上位個体が現れる可能性はあるが、大柄のナイトウォーカーか、ゾーンダイバーのどちらかを処理出来れば戦局はこちらに傾くだろう。


「それは我らの望むところではない」


 槍持のナイトウォーカーは柄で一度地を突く。


「『戦壁』」


 音を立てて、自分達を囲うように土壁が発生する。それは、行動を制限するようなモノはではなく、広範囲を囲うように現れ、更に高さを伸ばし続ける。


「アンティス! リーネ! 止めろ!」


 類を見ない規模に動揺していたアンティスとリーネはガロンの言葉に良くない状況になると行動する。


「ぬ!?」


 リーネの刃で槍持のナイトウォーカーが動く。土壁の発生は停止した。


「決める」


 アンティスは千載一遇の隙を逃さず、槍持に接近。六刃が抜き放たれる。


「六の居合い」

「者の型」


 槍が消えていた。槍持は自らの背に槍を回す事で初動を隠している。

 背に消えたのなら防御にも回せない。抜刀の方が速く、敵の身体を切り裂ける。


 だが、アンティスは経験則から直前で身体を傾けて抜刀の姿勢を自らの崩す。すると、頭のあった箇所を音速の槍が抜けて行った。


 あっぶねぇ!?


「良い勘を持っているな。それとも経験則か?」


 槍はいつの間にか引かれていた。次の突がアンティスに襲いかかる。


「筋流し」


 アンティスは剣の側面に滑らせるように槍の軌道を逸らす。だが、次の間には三度引かれており、三刺目が襲い掛かる。


「『者の型』舞続き」


 止まらない連突。質の高い刺突は何度も受け流せるものではない。

 六本の腕を全てを防御に回すが、対応する出来たのは数回のみ。一瞬で四本の腕を砕かれ足も貫かれる。


「ぐぉ!?」


 頭部へ向かう槍がリーネの飛刃によって軌道が変わった。


「私……の番」


 アンティスを庇うようにリーネが前に出る。目に見えない糸によって繋がれた刃は彼女の意のままに槍持に襲い掛かった。


「その意気や良し! だが!」


 刃が全て弾かれ、次の瞬間にリーネは肩を貫かれていた。


「くっ……」

「この間合いで我が槍に勝つことは不可能!!」


 勝負はほんの僅かな一対一で決した。


「いいのかい? 行かなくて」

「…………」


 ガロンは大柄のナイトウォーカーから目を離さなかった。部下二人は戦闘不能。戦う事は出来ず、発生した土壁によって逃げることも出来ない。

 ガロンは自らの役目を全うする為に大柄から目を離さないのだ。


「隊長。仇、頼みます」

「……ニーナをお願い……します」


 槍持のナイトウォーカーがアンティスとリーネに向かって槍を放つ――

 その時、光が辺りを照らす。






「ぬ?」

「むむ」


 光は上空からのもの。目くらましのように土壁に囲まれた闇の中を強く照らす。

 ナイトウォーカーたちは思わず怯んだ。その光の中を一対の影が侵入する。


「ふふん。少しだけ重い空間だな」

「ガロン隊長。どういう状況ですか?」


 寺院へ飛行していた光陽とルーはクロウより前線の状況を聞き、状況の分からない土壁の中へ入り込んだのだ。

 重力の増えた空間。上空から行ったクロウの閃光も、その効果は半減したものの、敵の攻撃を受けることなく二人は着地を完了する。


「旨そうなのが来たね」


 大柄はルーを見て、強大なエネルギーを隠し持っている様を見抜いた。


「おお、大変だ。大変だぞ、光陽。我の肢体を狙ういやらしい視線だ」

「……知るか」

「いやはや、モテる女はつらい。しかし、貴様意外にあのような眼は向けられたくはないものだな」

「…………」

「反応しろよ。照れてるのか?」

「ほんとウザいな、お前――」

「む! そこの貴殿! 相当な武人と見たぁ! いざ尋常に勝負!」


 槍持のナイトウォーカーが光陽に向かって槍を放つ。


「ガロン隊長。これはオレの担当でいいんですね?」


 光陽は槍を躱しつつ掴むと、引くまでの動作を停止させる。突き出した槍が完全に静止する瞬間を捉えたのは偶然ではない。


「頼む。ルーちゃんの方はホーを助けられないか?」


 ゾーンダイバーの存在はこの戦の勝敗を強く左右する。一人でも多くそちらの援護に回したいところだった。


「いいよ」

「行かせないよ?」


 重力の中に更に黒い球体が現れる。より密度を集めた重力球が作られていた。


「『黒玉ハーベスト』」


 黒い尾を引きながら大柄のナイトウォーカーはルーに向かって『黒玉』を放つ。


「おいおい。雑だな」


 しかし、ルーは腕に鱗を展開し『黒玉』を受け止める。何事もなく掌に収めていた。


「簡単に受け止められるぞ。もっと質を上げた方が良い」


 手に持つ『黒玉』を土壁にぶつけると、凝縮するように一定の質量がえぐれて穴が開く。


「負傷者はこっちが勝手口。光陽、また後でな」


 ルーは空いた穴から外に出ると翼を開き、ホーの元へ飛んで行った。


「隊長……不甲斐なくて済みませんでした」

「もっと強くなれ。お前ら」


 ガロンはただ笑う。リーネは動けないアンティスに糸をつけて引き寄せると肩を貸して穴より脱した。


「さて……」


 ガロンは大柄のナイトウォーカーに向き直す。


「さてぇ」


 大柄のナイトウォーカーは周囲に『黒玉』を複数形成する。


「さて!」


 槍持のナイトウォーカーは未だに槍を掴んでいる光陽に歓喜する。


「【玄武】『震撃』」


 光陽が放つ衝撃が空間に走る。






 闇の空間。

 上に向かっているのか下に向かっているのか。基準になるモノすらないその空間は夜の中に居るようだった。

 ただ分かるのは聞こえてくる声だけだ。


 何かを喰らう事だけを考える声。

 何も食べられないと苦悶する声。

 食べなければならないと悲しむ声。


 ホーキンスはナイトウォーカーの深淵に入り続けていた。感染するよりも危険な行為は、一歩間違えばナイトウォーカーに染められる。

 数えきれないほどの声の中でその起点となる根源を探す。この場に声を繋ぎとめている存在の場所を冷静にバレることなく見つけ出さなければならない。

 すると、一つだけ違う声が聞こえた。

 ソレは飢えを訴える声ではなく、“会話”である。


 もう良いんだよ。君は飢える心配はないの。おいで、お腹一杯食べさせてあげる――


 これは……


「お前、じゃないな?」


 ゾーンダイバーがホーキンスを補足した。

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