光を浴びても良いですか

【お世話になりました】そうま

「芸名は……かぐやにしよう」


 なんでこんな気持ちで旅行をしなきゃいけないんだろう。飛行機に乗る前も降りた今も、ずっと強い揺れの中に居るような気分。人の流れに流されて、空港から出たけど、家族のように浮かれた気分にはなれない。


 友だちの彼氏に「誕生日プレゼント選ぶの手伝って」言われて一緒に買い物をしたら、誰かが写真を撮っていて、それがSNSでまわって、いつの間にか私は悪者になっていた。友だちには縁を切られるし、クラスの人にも変な物を見る目をされるし、一緒に出かけた男の子は何も言い返さない。唯一の居場所は一瞬でなくなってしまった。



「これだな」

「そうね、みんなちゃんと着いてきてね」

「お姉ちゃん早く!」

 家族全員ソワソワしながら、リムジンバスという大きなバスに乗り込む。私も4つ下の弟も東京は初めて。数ヶ月前にあった修学旅行は東京だったけど、作物の収穫時期だったから断った。高校の修学旅行も私の住む辺りの高校はどこも秋だから無理。……まあ、私は高校に行かないけど。



「冬?」

「12月だから冬だよ、お姉ちゃん何言ってるの?」

 降りたのは大きな駅の前。全く雪がない。なのにみんな寒い寒いと言って上着を着ている。歩いてる人はマフラーや手袋もしている。私には暑いくらいなのに。上着を着ないで持っている私を何人かが驚いた顔で見てくる。私は変なのか、私はここにも居場所がないらしい。


 チェックインまで時間があるからと、目的もなく駅周辺を家族でフラフラする。スーパーのガラポンで当てなければ来ることなどなかった場所は、上手く言えないけど怖い。欲が溢れている世界で怖い。空気は汚いが何でもある、だから怖い。……駄目だ、落ち着くためにトイレ行こう。



「突然ごめんね、芸能界に興味ない?」

 トイレを出た瞬間に背の高い男の人に声をかけられた。慌てて父親を探すが少し遠くに居る。

「もう既にどこかに所属してたら悪い」

「い、いえ、一般人です」

「高校生?」

「中学3年生です。高校は行かないで家の手伝いをしようかと思ってます。小5の弟が頭良くて、先生に中学受験を勧められてるから、お金弟にまわしたいなって」

なんて言ったらこの人は離れてくれるの? そう思っていたら父親が気がついてくれた。

「すいません、うちの娘に何か用ですか?」

「突然申し訳ありません。私、こういうものです」

 名刺みたいな紙を父親に渡す。ちらっと見えた会社名は、流行がよくわからない私でも名前を聞いたことがある会社だった。

「芸能事務所ですか」

「高校卒業まで生活費は当社で負担します。上手くいけば弟さんの学費を稼げます。突然ですが、娘さんをうちに預けてもらえませんか?」


 トイレ前でする会話か、という疑問を持ちつつ父親は色々(特に金銭面のことを)質問し、私を見る。

「お前は、どうしたい?」

「私は……」

 ──どうしたい? 私は何をしたい? 私は、何をしたい?

「お前はいつも家のことを優先してばかりだから、やりたいと思うならやってもいい。スマホは買ってやれてないし、家のパソコンも古いから、申し訳ないと思ってる」

「別に、スマホも新しいパソコンも私は必要ないよ。家のことも、好きでしてるだけ」

「すぐにとは言いません、もしもよろしければ名刺の番号に電話をください。私の名前を言えば、繋がるようになってます」

 そう言うと男の人は深々とお辞儀をして去っていった。入れ替わるように母親と弟が来て「遅い!」と怒られる。父は今の人のことを無かったかのように笑いながら謝って歩み始める。私も少し離れて歩き始める。


 好きにしろと言いながら、結局父は嫌だったんじゃないか。じゃあなんで、一瞬期待させるようなことを言ったんだ。私は断ると思っていたのか。父の手にあった名刺が床に落ちる。母も弟も何も気がついていない。──拾うべき? 無視するべき? 私は、わたしは?

「落としましたよ」

「あ、すいません」

 知らない人に拾ってもらった。なんで少し優しくしてもらっただけで泣きそうになってるんだ。感情がこの街に居る人たちのように忙しい。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ごめんね、ちょっと落し物しちゃって。もう拾ったんだけど」

「もー、気を付けてよね」

「うん」

 弟が笑いながら両親の元へ戻る。そんな弟を両親は私には向けない満面の笑みで受け入れる。……私が居たら邪魔だ。



「本当に良かったのかお前」

 旅行最終日。両親と弟は空港へ向かった。2時間後には飛行機は離陸する。私はあの男の人とカウンター席しかない小さな喫茶店に居る。私はアイスコーヒー、男の人は生クリームが上に乗った甘そうなカフェオレだ。

「大丈夫です」

「大丈夫じゃないのに大丈夫っていう癖やめような」

 何も言い返せない。ホテルを出る時に初めて弟に「大嫌い」と言われたのがかなりショックだった。これからもう会うことはないな。

「お前本当に高校行かなくて良いのか」

「学校嫌いなんで。あの、電話で話した件なんですが」

「分かってるよ、本名も出身地も個人情報は全力で隠す」


 少しくらい夢見ても良いだろうか。光を浴びてみたい。自分のために生きてみたい。欲にまみれた何でもあるこの街で、自分のやりたいことを探してみたい。

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