時空を越えろ

 六月十八日晴れ、いぬの刻(午後八時)に執権義時の葬送が執り行われた。

 親職が辞退したので、安倍知輔朝臣が取り計らった。

 初七日、二七日、三七日と、順次滞りなく仏事が行われたが、何時もの事ながら、義時の死について鎌倉中に噂が舞った。誰もが声潜め、喜色を隠しながらも、囁き合うのは「執権どのの暗殺計画」だ。

 伊賀殿と呼ばれる三人目の正妻が、義時を殺したと云う。

 伊賀氏の一族が謀議して、次期執権となる長子の北条泰時を退けて、伊賀殿が生んだ北条政村を執権にと画策したお家騒動だ。悪事は露見し、それぞれ配流となった。伊賀殿も尼将軍政子の得意の命令により伊豆に流された。

 政子は、息子である二代将軍源頼家も、父親北条時政とその妻も故郷伊豆に押し込めた。伊豆は、親族に死に別れた幼い源頼朝の配流地であった。


 鎌倉野鳥会の会長カー助が、鶴岡八幡宮の上空に飛び出した。弓矢のような鋭さで上昇していく。鎌倉中の野鳥がその後を追い、怪異の騒動となった。

 後鳥羽上皇を隠岐島へ、佐渡院を佐渡島へ送り届けた兎丸が鎌倉へ戻って来たのだ。

 兎丸も佐渡島で飛び降りようとしたが、降りられなかった。

 自分たちを包み込み、あちこち運んでくれた白い光の環に、兎丸は、聞いてみた。

「あなたは、誰ですか」

 小さい光の環は応えた。

「わたしは、あなたです。あなたは、わたしです」

 うっと詰まった兎丸は、「わたしの父上???」

 やっぱり分からない兎丸だが、その間にも小さい白虹は、鎌倉へ向かい、今は八幡宮の上空だ。

 驚くほどの野鳥が、白虹目差して飛んで来る。

 先頭を飛ぶ懐かし白いカラスに、両手を差し出し白虹の中に取り込んだ。カー助に従っていた大きなトンビの背から小さな忠吉が転げ込んだ。そして、何と何と忠吉より小さな雌ネズミと更に小さい子ネズミが二匹、次々と後に続いたのだ。

 兎丸は笑み転げた。

「すごいぞ、すごいぞ。式神が三匹増えたぞ」

 ここに居ないのは、猫神の宋子だ。

「宋子は、どうした?」

「見失ったままなのですが、北の方に宋子の気配を感じます」

「よし、行くぞ。宋子を探しに行くぞ」

 兎丸の耳に小さな小さな式神が縋りついた。

「こら、この悪戯者が」

 忠吉の声が父親だ。

 白虹の中が俄かに賑やかになった。ゆりかごの様にちょっと揺れながら白虹が鎌倉中を飛び出して北へ北へと移動する。

 宋子は呼ばれた。「宋子、そうこ、ソウコ」と賑やかな混声合唱だ。

 女主人の傍で、惰眠を貪っていた宋子は、肥えた身を揺すって馬小屋の屋根によっこいしょ。

 少しでも近づこうと必死で身を伸ばす。兎丸が迎えに来たのだ。

 愛猫を追った女主人は見た。

 小さな白い光が肥満した猫を「どっこらしょ」と取り込んで、上昇を始めるのを。

「ああ、お帰りですか宋子さま。楽しい時を頂きありがとうございました。どうぞ、ご無事で」

 思わず合わせた両手が小さく震えた。


 安倍親職がぼんやりと見つめる庭の上空が白い光に溢れた。それが、円形を形づくると「さよなら」と云う様に二度三度揺れ、稲村ケ崎の上空目指して飛び、消えた。


 兎丸は、自覚した。己を包む白い光は己の一部だと云うことを。

 この白虹を乗り物にして、何処へでも行けるのだ。取り敢えず、忠吉一家を故郷ふるさとへ送ろう。

「さあ、みんな江ノ電に乗りに行くぞ」

「へぇ」、「ほぉ」、「はぁ」

「どっちだ? 忠吉」

「うーん? こっ、こっちだ。ガッタン、ゴットンって江ノ電の音がすらぁ」

「父ちゃん、江ノ電って何だ?」「なんだ?」

 小さな白虹が、稲村ケ崎の上空に消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る