十六夜に会いましょう/4
ふたつのペンダントヘッドとウォレットチェーンをチャラチャラさせながら、先の尖った革靴で、貴増参とドアの間にある埃だらけのソファーへ近づいてくる。
いつも通りの歩数で止まり、背もたれの後ろからジャンプで飛び上がって、着地と同時に横に寝転がって、ミニシガリロの青白い煙を上げる。それがこの男の行動である。
貴増参はじっと待ち構えていたが、腹の奥底でくすぶっていた怒りという炎がメラメラと燃え上がり始めた。
「先日のドアの修理代をまだもらってません」
今回は踏み倒されないようにしないといけない。また研究費が友人の強行突破のせいで無駄に消えてゆくだけだ。
いつまで待っても、明引呼はソファーを飛び越えず、背もたれに両手をついて、言葉の軽いジャブを放ってきた。
「いつまでもこだわりやがって」
執念深さという点で言えば、貴増参の方がずっと上だ。だが、瞬発力は明引呼の方が優れている。矢継ぎ早に、要件を告げるしゃがれた声が両脇に並ぶ本のページに吸い込まれていった。
「助手連れてきだぜ」
「そうですか」
座らなかったのは、後ろに人がいるからなのだと、貴増参は合点がいった。明引呼は一歩も動いていないが、落ち着きのない靴音が聞こえてきた。
「前から迷ってたんだよな」
「何を迷ってたんですか?」
ソファの向こうに立っているガタイのいい明引呼にしては珍しく歯切れがよくなかった。いつもなら助手候補の経歴を軽く話して、あっという間に帰ってゆくのに、少々おかしかった。
「紹介するかどうかよ」
長いジーパンの足を持つ男が、一人で歩いているところなど一度も見たことがない。必ずそばに女がいるのである。貴増参は予測をつけて、
「君の女性ですか?」
「ある意味そうだな」
前髪を落ち着きなく触りながら、明引呼は答えを返してきた。
珍しい言動を取ることもあるのだと、貴増参は思った。だが、仕事は仕事だ。プライベートは関係ない。恋愛する気などサラサラない。
考古学者は広げたままの本を閉じて、机の上でトントンとそろえた。
「仕事をきちんとしてくれるなら、僕は構いません」
「てめえみてえに、ハニワさんに興味があってよ」
貴増参は今日ももれずに訂正した。
「土器です」
だが、もうひとつ声がかすかに響き渡った。それは本当に小さなもので、途切れ途切れだったが、ひどく怒っているようだった。
「……ど……ない……ば!」
明引呼が息をつまらせ、貴増参を放置して後ろへ振り返った。
「っ! 何、蹴ってやがんだよ?」
ドアを蹴り破る男が連れてくる女は、似た者同士らしく人を蹴るようだった。そんな跳ね返りのある女に、貴増参は今まで会ったことはなかった。
あの白の巫女も頑として引かないところがあったが、明引呼に今のようにハニワと言われたら、きっと同じようにする姿が容易に想像できて、貴増参は久しぶりに微笑んだ。
しばらく、ソファのところでもめていた明引呼と未だ姿を現さない女だったが、筋肉質な腕で無理やり引っ張られ、
「いいから、前出ろや」
すすけたワインレッドの革ジャンの横から、小さな女が姿を表した。どこかずれているクルミ色の瞳。ブラウンの長い髪。彼女は戸惑い気味に挨拶をしようとしたが、
「あの、初めまして――」
深緑のミニスカートに白のブラウス。胸元には大きめのブローチ。黒の膝までのロングブーツ。飛び蹴りしたり、蹴りを入れたりしていたわりには、エレガントな服装だった。
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