死にゆくならば/1

 ツーツーツー。


 虫の音だけが響き渡っていた。シルレの消えた入り口をずっと見つめていたが、やがてリョウカは額に手を当て、頭痛いみたいな顔をした。


「結局、話終わったまま、行ってしまったわね」


 残り少なくなったお膳へと振り返り、姫は侍女によって巻かれてしまった話を、山菜の煮物をつまみながら再開させた。


「どんな土器が好きなんですか?」


 こんなことを聞いても、適当な答えか、戸惑い顔をされる日々。だったが、この男は違った。


「底が丸く質素なものも好きであれば、装飾を施したものも好きです」


 今ここにどうして一緒にいるのかはわからない。だが、共通の話題がある。しかもそれは、自分の一番好きなことだ。どんな宝物よりも素敵で貴重なめぐり合わせだった。


 リョウカは珍しく笑顔になり、雑穀米をつかもうとした手をそのままに、話に夢中になり始めた。


「装飾がついたものなんてあるんですね?」


 こんな生徒ばかりだったら、どれだけ有意義な毎日なのだろうと、貴増参は思いながら大きくうなずく。


「えぇ、あるんです。それまでは使いやすさという点で作られたものでしたが、芸術性をそこに見出したという点では、僕は大きな文化の発展だったと思うんです」

「そういう見方もあるんですね」


 巫女という立場と、研究者の見ている方向性はまったく違っていて、リョウカの世界は広がってゆく。


 この国からほどんと出ることのない、視野の狭い生活を送り続けていたら、出会わなかっただろう。


「君はどのように思いますか?」


 ふたりとも食事のことなど、もう忘れてしまって、土器談義に花を咲かせる。


 昔の割れた器のことを聞いても、答えてくる女は今までいなかった。だが、リョウカは意気揚々と熱く語った。


「同じものはひとつとしてないじゃないですか? だから、そこに今がある気がします」

「えぇ、手作りですからね」


 窓から入り込む湿った風が、光るリボンのようにふたりをひとつに結んでは、優しく吹き抜けてゆく。


「土の中から出てきますけど、どんな生活がそこにあったのかな? と思い浮かべると、組み立てたくなるんです」

「僕もです」


 知らない人など、ただの瓦礫がれきだと思って、踏み潰してゆくこともある。それなのに、この女は自分と同じで興味を持ち、立ち止まるのだ。


「そこに土があるから、掘りたくなるんですよね?」


 登山好きが、山があるから登るみたいな言い方をしてきた、リョウカ。だったが、貴増参も大いに賛成した。


「えぇ、あるから掘るんです。君とは話が合いますね」

「ふふふっ」


 リョウカが珍しく笑い声をもらすと、松明が祝福の光のシャワーにように、ふたりに降り注いだような気がした。


 木の柵を挟んで、貴増参とリョウカは肩を並べ、時代も何もかも超えて、普通に出会ったみたいに話し続ける。


「君の仕事はどんな内容ですか?」


 リョウカは着物の袖口を合わせて、落ち着きなく触りながら、貴増参が生きてきた世界にはない話がすらすらと出てきた。


「神に祈りを捧げたり、舞を奉納したりです」


 部屋の隅に置いてある朱色の飾り紐をつけた鈴を鳴らし踊る。頭の中に全て記憶されている祈祷文きとうぶんが鮮明に蘇った。


「他には何かありますか?」

「はい。凶事を占ったり、神託などもします」


 相談役。国の行く末を問われ、その答えを直感で導き出し、人々をまとめてゆく。


 だが、そこは決していい地位ではなく、人の心の闇が隠れているものだ。都合のよくない者は、再度やり直しを求めてくる。誰かを呪い殺してほしいなど、よくあることだ。なだめるのも、この国の巫女の役目だ。


 貴増参はあごに手を当てたまま、ふむとうなずいて、専門書から言葉を見つけてきた。


「シャーマンでしょうか?」

「しゃーまん?」


 その渦中にいる姫にとっては、巫女は巫女であり、聞いたことのない名前で、ただただ繰り返した。


 ほんの些細なことかもしれないが、考古学者として、新しいものは持ち込みたくない、貴増参だった。彼は何気ないふりで首を横に振る。


「いいえ、こちらの話です」


 リョウカは落ち着きなく服を触っていたのをやめ、急に高貴な雰囲気を身にまとい、どこかずれている瞳はしっかりしたものに変わった。


「人の上に立つ人間は、みんなを守るためにいるんです。だから、何かあった時には、自分はみんなを守るために何でもするんです」


 歴史はいつも、起きた出来事が名を残している人を中心に書き記されている。


 だが、そこにはもっとたくさんの人が生きて、様々な感情を抱いて、間違った指導者のために、下の人たちも一緒に悲惨な運命に巻き込まれているのが常である。 

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