美醜

紗斗

第1話

 なぜ美しいものは生より死を連想させるのか。この疑問を抱いたのは小学六年生の春、病で亡くなった祖母の葬式で遺体と対面した時だ。あまり接する機会が少なかったからか、惜別の情は湧かなかったのだが、心胆を寒からしめるような美しさに衝撃を受けた。その不思議な感情に魅入られた帰り道、桜が散り始めていたのを妙に覚えている。


 あの日から丁度六年経った今、その不思議な感情が思い起こされようとしていた。焼け爛れた夕日の空を背に、屋上階のフェンス越しに佇む彼女は薄黒く染められている。はっきりと表情は見えないが、どこか冷淡で、しかし微笑んだように思えた。


「何をしているの?」


 問いかけに彼女は返答することなく、半歩引いた。その行動が僕を震わせたと同時に、口を出すのがどれほど恐ろしいことか理解した。彼女の辿り着いた美の果てを、僕は静観しなければならない。

 しばらくして、生暖かい風が彼女を押した。刹那的に消えた姿に、僕の心臓は大きく脈を打った。全身に巡る動悸を抑え、フェンスに駆け寄り、彼女の消えた先を見る。


「あぁ、そうか」


 鮮血を散らばせる彼女と、散り始めた桜。その双方を見て、ようやく抱き続けた疑問の答えを得た。

 なぜ美しいものは生より死を連想させるのだろうか。もし桜が散ることなく永遠に咲き続けていたら、僕達はそれを美しいと思えるだろうか。もし世界一美しいと謳われる絵画が道行く度に置かれていたら、僕達はそれを美しいと思えるだろうか。いいや、思えるはずがない。やがて僕達は桜に見向きもせず、絵画を踏んでも気にせずに歩くようになる。美しさとは喪失する過程にある人の情動パトスから生まれるもので、生とは獲得で死とはまさに喪失そのものだったんだ。


「醜いな」


発した言葉が風に消された後、彼女が冷淡に感じた理由を理解した。そして、死を選んだ理由でさえも。

 これから先、これを美と感受した人間が誰かに伝えることはないだろう。伝えるには言葉は浅はかで、それ以上にある衝動に駆られる。それは、僕も例外ではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美醜 紗斗 @ichiru_s_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ