第二十七話「幻影島へ飛べ」

目を覚ました時、男の視界に見えたのは、気味の悪い植物の群れだった。


今まで見てきた物とは似ても似つかない………

いや、強いて言うなら北欧の森林に似るものに近いが、そもそも植物かどうかすら解らないような。

 

振り向けば、自分達が乗ってきた飛行機から炎が上がっている。

 

同乗していた仲間達は、ある者は必死に飛行機の火を消そうとし、ある者は機材に火が回る前になんとか持ち出そうと試み、ある者は自身に引火した火を消そうとのたうち回っている。

 

さらに見れば、飛行機に大きな棒のような物が突き刺さっていた。

部品がひしゃげて出てきたのか?と思ったが、部位的にも大きさ的にも、あんなパーツは飛行機にはない。

 

どうも、外部からあれが突き刺さり、飛行機が「落とされた」ようだ。

 

そう思うと、男は恐怖で震え上がった。


この島には、無人と推測していたこの島には、“飛行機を撃墜できるほどの力を持った何者か”がいる。

 

もし、その何者かに見つかった時、自分達はどうなるのか。

 

「………に、逃げ………」

 

逃げなければ。

生存本能に突き動かされた男は、立ち上がり、駆け出そうとする。

だが。

 

「痛ッ………!」

 

瞬間、足に痛みが走った。

見れば、自身の足は通常ではあり得ない方向を向いている。

折れていた。

 

その時、男の眼前にある茂みが、ガサガサッと動いた。

そこに何かがいる。

おそらく、茂みの向こうにいるのは飛行機を落とした“何者か”だ。

根拠はないが、男はそう考えた。

 

「(終わった………!)」

 

男が全てを諦め、歯を食い縛り死を覚悟する。

そして、茂みを掻き分け姿を現したのは………。

 

 

 

………………

 

 

 

数日前。

太平洋沖に謎の島が出現した。

 

地殻変動等の予兆もなく、その島は気象観測衛星のカメラに、突如としてその姿を映したのだ。

 

出現直後に全体を覆った濃い雲と、発生した近海の磁場の乱れにより以降の詳細は解らなかったが、それは間違いなく島であった。

 

科学万能の時代に突如として起きたこの事件に、世間は大きく沸き立った。

 

太平洋に現れた謎の島の正体は。

現代に甦る世界の七不思議。 

連日、そんな島に関するニュースが流れ、島は「幻影島(アイランドファントム)」と名付けられた。

 

島の出現より5日後。

 

幻影島の調査の為に、日本の地質学者「宮藤彰(くどう・あきら)」教授を中心とする、調査団が結成された。

 

彼らは島の謎を解くべく、彼らは謎の幻影島へと旅立った。

 

だが………。

 

 

 

「島に近付いた途端、調査団を乗せた飛行機の反応が消滅、それ以来報告も通信も何もなし、それがバレたら自身の立場が危うくなるから、我々に泣きついたと………」

『お恥ずかしながら………』

 

五月雨研究所のモニターで五月雨博士と話している一人の男。

 

彼は、幻影島に調査団を送り出した日本科学省の省長「辻徹平(つじ・てっぺい)」。

かつて五月雨の元でゼリンツ線の研究をしていた男で、今では王慢党の動きを可能な限り報告してくれる影の支援者の一人。

 

そして………今、王慢党の事業仕分けによって、解体の危機に瀕している哀れな科学省の長。

 

日本のエネルギー問題や医療においてどんな発見や功績を残そうと、データだけでは王慢党は納得しなかった。

解体を免れるには、目に見える実績を立てなければならなかった。

 

そこに現れた幻影島。

藁をも掴む想いで、宮藤教授を中心に急遽結成した調査団を、幻影島の調査に送った。

 

が、五月雨に相談した通り、島に近付いた途端、調査団を乗せた飛行機の反応が消失。

通信も途絶し、調査団の安否が解らなくなってしまった。

 

この事は、まだ世間には公表していない。

もしこの事が王慢党に知られたら、今度こそ科学省は解体されてしまうだろう。

 

目先の事にしか興味が無く、少し前に沖縄で広がった感染症よりもアイドルが未成年と交際していた事を問題にしたような政党だ。

科学の発展など、彼女達にとってはたぶん「予算のムダ」なのだろう。

 

………それ以前に、王慢党の背後にいるスティンクホーからすれば、侵略予定の惑星の住人にこれ以上知性や武器を持たれたら困るというのもあるのだろうが。

 

にっちもさっちもいかなくなり、辻はかつての恩師であり、裏取引相手の五月雨に泣きついた、というわけだ。

 

「………つまり君は、事態が明るみに出る前に、セクサーロボに調査団を救出させ、なおかつ調査結果も持ち帰って欲しいと」

『………はい』

「セクサーロボは我が研究所の最高機密な上に、今現在この世に一機しかいない………送迎料は安くないぞ?」

『………承知の上です』

 

縮こまっている辻を前に、五月雨は流石にやりすぎたと思ったのか、少し息をつく。

そして、間を置いて少し考え、その重い口を開いた。

 

「………仕方がない、今回だけだぞ」

『博士!』

 

五月雨からの返答に、曇っていた 辻の顔が、ぱああと明るくなった。

 

「昔のよしみだからな、それに、密偵役に居なくなられても困る」

「あ………ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

辻は何度も頭を下げて五月雨に感謝した。

こんなに頭を下げたのは、大学時代期限をギリギリ過ぎてしまったレポートを受け取って貰えた時以来かと。

 

「だが報酬はきっちり頂くぞ、そうだな、安く見積もっても………」

 

しかし取るべき所はきっちりと取る。

五月雨慶とは、そういう男なのだ。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

更衣室。

 

戦闘要員の為の更衣室は、今まで戦闘要員がラッキースター小隊しかいなかった為か、女子用しかない。

男子用は物置状態でとても使えない。

 

ので、光の希望により、更衣室はカーテンで二分されて、応急処置的に男女に別れている。

 

だが………。

 

「………うう」

 

カーテン一枚を挟んだ先に、涼子達がいると思うと、光はやはりか意識してしまう。

 

布地一つが動く音さえもが光の感情を刺激し、無視しようという光の意思を無視して、注意を向けさせる。

 

 

「おいおい冗談じゃねーぞ?アタシ等は救助隊じゃないんだぜ?」

「仕方がないでしょ、五月雨研究所(ここ)はただでさえ表立った支援が受けられないレジスタンスなんだから、貴重な 支援者(スポンサー)を失う訳にはいかないのよ」

 

カーテンの向こう。

 

博士から下されたミッション内容………遭難した調査団の救出、及び調査結果の持ち帰りに対して、不満を言う涼子。

準もそんな涼子を諭してはいるが、やはりどこか不満そう。

 

「ま、こんなスーツまでくれるってぇ事は、アタシ達の事は考えてくれてるらしいけどさ………」

 

そう言って、いつも着ているヒョウ柄の下着姿になった涼子が、試着する洋服を吟味するように一着のスーツを見ている。

 

「アタックスーツ」と呼ばれるそれは、レオタードの上からアーマーを付けたような姿をしている。

一見すると一昔前のSF物のエロコスチュームにしか見えないが、これ実はセクサーロボのパイロットスーツとして試作された物。

 

ゼリンツ線による脳や臓器への負荷を軽減する機能があり、さらにこんなデザインだが銃弾を受けても傷一つ付かないというスグレモノ。

 

おまけに応急処置用のキットや非常食、安易型の武器も付いており、ちょっとした 強化服(パワードスーツ)ともいえる。

 

「………さて、と」

 

下着姿のまま、涼子は更衣室を二分化しているカーテンに手をかけた。

そして。

 

「手伝ってやろうかー?」

「ひいいっ!?」

 

一気に引っ張った。

あろう事か、涼子は光が自身の中の紳士的な部分から築くよう頼んだ理性の壁を、自分の手で突き破ったのだ。

 

「ちょ?!何やってんのよ涼子?!」

「いーじゃんいーじゃん!ちょっとしたスキンシップだよ!」

 

準の突っ込みを軽く交わし、着替える途中の涼子が同じく着替える途中の光に迫る。

 

「ななな何するんですか涼子さん?!」

「いやー光の事だからスーツの着替えに手間取ってると思ってなー?女子用しか用意できなかったからさー?」

「自分で着られますって!てか棒読みで言われても説得力も親切も感じられないですからァァァ!!」

 

必死に目を覆う光だが、やはり気になる。

というか、目を瞑っているほど、香水と汗の混ざった彼女達の「女」の香りに、光の肉体的欲求は理性の枷を押し退け初めたのか。

 

「あ」

 

事故がおきた。

壁際に追い詰められた時、ふとした拍子に、瞼が開いてしまった。

 

………そこに飛び込んできたのは、恐るべき世界であった。

 

先頭に立ち、光を壁ドンのように追い詰めた涼子は、いつもシャツから覗くヒョウ柄のブラジャーが露になっていた。

それに包まれて眩しく輝く、上等な肉のように柔らかく、餓えた肉食獣の牙のように貪欲な褐色の双柔塊。

時折スカートから覗いていたショッキングピンクの紐パンティも、今は遮るものがない。

一見すると単なる派手で下品な下着なのだが、

それが光には「今からお前を貪り喰らうぞ」と睨みをきかせる狂暴なハンターのようにも感じられた。

 

 

続いて準。

涼子とは対照的に、その肌は白磁のように白く、準のメイクもあって狐を思わせる妖艶さを醸し出している。

胸も尻も涼子ほど大きくないものの、程よく肉がつき、また程よく引き締まった身体は、ギリシャの彫刻のように美しい。

何より、それを覆うのがボンテージを思わせる黒いブラジャーと、ガーターベルト付きのパンティ。

大人の女の魅力を最大限に引き出す、黒下着。

妥協せず、焦らず、寂しさにも負けず磨きあげた、目上の男を仕留める為のオンナの魅力が自分に向けられている。

その事実に、虎がリスを狙っているような状態に、光は震え上がる。

 

 

最後に、朋恵。

その巨体に比例するように、その胸も尻も、爆発したように大きい。

プルンプルンなんて物ではない、どぷんだぷんのレベルだ。

涼子や準と違い、サイズが原因でお洒落な下着が選べない為か、ベージュの地味なブラジャーとパンティをしている。

一般からすれば、腹も尻も出ただらしない身体とファッション誌で糾弾されるだろう。

しかし、乳肉も尻肉も下着に収まらないほど溢れて強調されており、それをなんとか覆っている地味なブラジャーとパンティが、逆にいやらしさを強調してしまっている。

きょとんとした、童顔の無垢な朋恵の顔と、性を貪る事に特化した身体のアンバランスさが、逆に男の情欲を最大限に煽る。

上等な料理にはちみつをかけるがごとき愚行が、カレーライスにトンカツを併せるベストマッチを産み出した。

 

「あ………あああ………!」

 

三人とは無論「した」し、の裸は見たことはある光だったが、下着姿をはっきり見るのは今回が初めて。

大事な部分は隠されているが、故に裸よりもいやらしく見えてしまっている。

 

「お♡」

 

そして、そんな刺激物の群れを見て、光の方にも、ある整理現象が起きていた。

 

男なら、誰もが起きるアレである。

ナニとは言わぬが、アレである。

 

「み………みないでぇ………っ」

 

顔を真っ赤にして、半泣きになりながら訴える光。

しかし、それは逆に涼子の加虐心に火をつけてしまった。

 

「へへ………今さらなんだよ、散々見てきたくせに♡」

「あうう………」

 

じゅるりと、わざとらしく舌なめずりをして、迫る涼子。

 

「ちょ、ちょっと涼子、そんな………っ♡」

 

年長者として、止めなければと二人の間に入ろうとする準。

しかし、ほぼ裸にされて目を潤わせている光を前に、準の理性は音を立てて崩れた。

 

「み、光くん………♡」

 

すっかり目をハートにし、息を荒くして光に迫る。

当の光は最後に残ったセクサーチームの良心・朋恵に助けを求めようとするが。

 

「みーくん………かぁわいい………♡」

 

ダメだった。

朋恵も、この状況の光にオンナと母性の本能を刺激され、はあはあと息を荒げて光に迫っていた。

 

「光もそのままじゃ絞まりが効かねぇだろ?だから、さ♡」

「で、でも………」

「いいじゃないの………私ももう我慢できないの♡」

「うう………」

「みーくん………私熱いよぉ♡♡」

 

三方を雌狼に囲まれ、追い詰められた小さな兎状態の光。

退路は無く、じりじりと三匹の肉食獣が、股間に生えた極上の美味を求めて、下の涎を垂らす。

 

「光♡」

「光くん♡」

「みーくん♡」

 

視覚を柔肉と唇が埋めつくす。

嗅覚をむせかえるような雌の匂いが塗り潰す。

聴覚を四方からの囁きが犯す。

 

最早、光に逃げ場は無かった。

 

「「「いただきまぁ~す♡」」」

 

 

………………この時、何があったかは光は語ろうとしない。

三人も何をしていたかは教えてくれない。

 

ただ、更衣室の近くを通りかかった所員の「苦しんでいるような声とむせるように甘い臭いがした」という発言から、何があったかを想像するしかないのが現状である。

 

 

 

 

………………

 

 

 

研究所を覆うカモフラージュ・シールドが解除され、その姿が露となる。

研究所の中央タワーの一角が開き、カタパルトが展開。

そこに設置される、三機のヒロイジェッターとCコマンダー。

 

「所で、更衣室で二時間も何をしていた?着替えという訳ではなかろう」

『さあ?アタシも知らん』

 

指令室からの五月雨博士の追求を、笑いながらひらりと交わす涼子。

 

心なしか、ヘルメットのバイザーの向こうに見える三人の顔は、どこかツヤツヤと健康的に見える。

だが反対に光だけは異常にげっそりとしており、任務がこなせるか少し心配だ。

 

Cコマンダーの背中に、コンテナのような物が連結される。

光がこんな状態ではあるが、彼にはある重大な任務が課せられている。

 

「そのコンテナに調査団を乗せて撤退させる、ちょっとした基地としても機能する代物だからな、くれぐれも慎重に扱うように」

『はい!』

 

Cコマンダーに連結したコンテナは、国連軍が即席の全線基地のために試作した、言わば「キャンピングポッド」。

島から帰る際にはこれに調査団を乗せるのだが、逆に言うとこれが破壊されると調査団の救出の難易度がかなり上がる。

ヒロイジェッターやCコマンダーに乗せるとしても、とても乗りきれない。

 

今回の作戦の、命綱を握っていると言ってもいい。

 

「サーバル号、いつでも行けるぜ!」

「オウル号、準備完了よ」

「アター号、こっちも~」

 

そうこうしている内に、三機のヒロイジェッターのエンジンに火が入る。

 

「Cコマンダー、行けます!」

 

Cコマンダーもコンテナの接続が完了。

ゴゴゴゴと、カタパルトが回転し、その方向を太平洋………幻影島に向ける。

出撃準備、完了。

 

「「「「セクサーロボ、発進ッッ!!」」」」

 

カタパルトに内蔵された電磁加速機により、三機のヒロイジェッターとCコマンダーが空中に打ち出された。

 

ズオオ!

 

轟音を立て、幻影島に向けて飛翔するセクサーチーム。

四つの機影は空の彼方向けて飛び、やがて見えなくなり、研究所の索敵センサーからもその姿を消した。

 

「………頼むぞ、セクサーチーム」

 

それを見送った後、再び研究所をカモフラージュ・シールドが覆う。

そこには再び、最初から何もなかったかのような、変わらぬ風景が広がっていた。

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