第7話 魔法が使えない悪役令嬢、以下甲が、不可抗力によってエルフの森、以下乙の住人たちの居住区を、紅蓮の炎でもって炎上せしめ、乙の住人たちに多大な損害を被らせる(放火編)

リリーがいつも目印にしている、岩の割れ目に生えるササモチヅキの花の木がなかった。

「だァ〜っはっはッ! きっと何かの間違いよ! きっと、この前の大雨で折れちゃったかなんかしたんだわ」

リリーはちょっとだらしない風に大声で笑った。

正直ちょっとだけ不安になったが、道端に東屋があるということはそうそう変なところにきているはずがない。

「さっ、行きましょ! こんなところで休んでると本当に日が暮れちゃうわ」

「ねえリリー、歩いていくより、ドラゴンさん呼んでハデスのところまで連れてってもらう方がよくない?」

「うーんそれもたしかに……ハッ!? ダメダメそれは絶対にダメっ!」

「ん? なんで?」

「ドラゴンに頼っちゃったらせっかくの迷子作s……コホン、あるき甲斐がなくなっちゃうわよ。それに、1キロあるくと100キロカロリーくらい消費して痩せれるわよ」

「うそっホント!?」

いや知らん。

「あーでもでもでもっ! こっからハデスのところって、まだいっぱいあるんだよね。だいたいどれくらいあるの?」

「んーそうねえ。私の格闘技『す〜ぱ〜咆牙掌』の素振り500回分、くらいかな」

「それって近いのか遠いのかよくわからないよー」

「あー。もしもし?」

二人がならんで歩いていると、木の陰からとつぜん子供の声が聞こえてきた。

「この道をこのまま行っても、ハデスの地下神殿には行けないよ!」

「あれれ? キミも迷子なのかな?」

人の話を聞いていないアタリが子どもの前にかがんでみせる。

リリーはハッとすると、かがんだアタリの両脇を掴んで引き離した。

「でぃ、ディナマッハ!! なんでここに!?」

「なんでここにって、ここはボクの森だよ! ボクのおじいちゃんも、ひいおじいちゃんもひいひいおじいちゃんもひいひいひいひいひいおじいちゃんも、ずーっとこの森に住んでるんだぞ!」

ディナマッハと呼ばれる、どう見ても子どものような格好をした耳の尖ったハイエルフの少年はぴょいと木陰からリリーたちの前にとびだした。

「ハデス様の神殿がある方向はあっちだ。けど、このまま道を進ませるわけにはいかないよ。わるいけど、しんにゅーしゃは倒さなきゃいけないってハデス様にもじいちゃんにも言われてるから、相手がリリーでも容赦しないよ! くらえっ」

ハイエルフの少年はズボンのポケットからお手製のスリンガーとキラキラ光る弾丸のようなものを取り出し、リリーたちに向かって勢いよく撃ち出したっ

撃たれた弾丸を、アタリが対抗魔法と両手を使ってはしっと受け止めた。

「エッ! これ、くれるの!?」

「え゛、え゛え゛え゛〜なんで!?」

「きれーな石〜ッ! ありがとねっ!」

リリーに羽交い締めにされた状態でアタリが石を持ってにっこり笑うと、ディナマッハ少年は地団駄を踏んで悔しがった。

「ちっくしょーなんで当たんないんだよ! さてはリリー、この子をかばったな!?」

「いや、まあ、よくわかんないけどこの子はこのまま押さえておくから、なんでも好きなようにやってみてちょうだいよ」

リリーはアタリを抑えつかながら、半ば未来が見えるようだとあきらめ顔でつぶやいた。

「んんんー!!! よくわかんないけど、じゃあこれでもくらえーッ!」

パシパシパシッ! 光るイシツブテ三連射!

「わぁーいこんなにいっぱい!」

アタリは難なく全弾を受け止めた。

「ぬーうーうーーーーーー! じゃあ、これはどうだあー!!!」

ディナマッハがスリンガーを捨て、ポケットの中から一本の笛を取り出した。

息を大きく吸って、笛にとりつく。

「お?」

「あー」

ぼえええええええええええええええ!!!!!!!!


ディナマッハの家に伝わる伝家の宝刀、魔笛。

その笛の音は木々を踊らせ、滝を止め、皿もテーブルも老いた男女や揺かごの赤子までも踊らせて止めさせないという究極の、魔法のような物理攻撃(音波)を発する武器だった。

ディナマッハの名前は人間たちが付けた名前だ。とうぜんこの少年の名前ではなく、本来はこの迷いの森を守るすべての魔物を指す俗称だ。特に、この魔笛を最もよく使いこなす笛の名手に畏敬の念をしてディナマッハと呼ぶ習慣がある。

とうぜんこのディナマッハの少年も、ディナマッハと呼ばれるからには笛の名手としての素質があるはずなのだが。

残念ながら、今のディナマッハは魔笛を上手に吹けない。彼はかぎりなく音痴なのであった。


「吹き飛べ! ボエエエエエェェェェェエエエエエェェェェェエエエ!!!!!!」

だが彼の持つ恐ろしいほどの肺活量が、森羅万象を踊らせる聖なる魔笛を、本物の音波兵器に変えてしまった!

木々は折れ、ひしゃげ、木の葉は狂うように吹き飛び、石は乱れ森の動物たちは飛び上がるようにして逃げていく。

とうぜんリリーたちも吹き飛んでいくはずだったが、ふたりともケロリとした顔でその場に立っていた。

「あー。よくわかんないけど、いい音だねっ」

アタリとリリーは、当然のように防御魔法陣に守られていた。

「げえ!! なんで飛んでいかないんだよう!」

「魔法勝負だねっ! ボクも負けないぞ!!」

「ま、まった! この森は神聖な森で魔法を使うことができないように細工をッ……」

「ふぁいやぁ〜ぼると〜ッ!!!!!」

アタリが木の抜けたような可愛らしい声を発して魔法を唱えると、その手のひらにのろのろと魔力が集まり出した。

「んんんーもうちょいっ!」

アタリの一声に魔力が球を帯び始め、次第に赤く渦を巻くように大きくなっていく。

それがだんだん人の頭ほどの大きさになってアタリの手から離れたので、ああ魔法が発動したんだなとリリーも理解した。

だが、今回の魔球はなんだか様子が違った。赤く回転しながら進みはするが、その速度はいつもの百倍近く遅く、まるで大きな抵抗に抗っているかのようにゆっくりと進んでいた。

しかも、魔球はなぜか前に進むたびに周りの木々を巻き込んで燃え広がり、燃え広がった炎を魔球が吸収して目に見えて大きくなっていく。

「アッ、アアア! 森が、森が……!」

ディナマッハが唖然とした様子で火球を見上げているうちに、火球の大きさはついに森の高さの二倍程度にまで達した。


もちろんこの森の木々はみんな古代樹である。高さは軒並み30メートル超え。


で。

火球がついに木々の高さの三倍近くまで膨れ上がったかと思うと、森の対魔力抵抗値を振り切ったか何かして、強烈な音と衝撃波を残して、地平線の彼方に向かって勢いよくぶっ飛んでいった。

「ア゛〜!!!!!!!」

ディナマッハは火球の衝撃波に吹き飛ばされどこか遠くにいってしまったが、とうぜんリリーとアタリは魔力防御陣の内側だったから平気なのであった。


「やったねリリー! ハデスの地下神殿までの道ができたよ!」

「ああディナマッハ……あの子も、アタリと関わらなければこんな目に遭わなかったのに……」

はしゃぐアタリを羽交い締めしたまま、リリーは黙って涙を流した。

だが、どこかで火が燃えるような臭いとパチパチと何かが爆ぜる音が聞こえてきて、リリーたちはハッと後ろを振り向いた。


「森が、燃えている……!?」


先ほどアタリが放った火球ファイヤーボルトが勢いよく飛んでいった際、衝撃波が森全体に火の粉と燃えやすい軽いコケや種火の元を一面に散らしそれらが次々と着火しているようだった。

「この辺一帯は火の海になるわ! はやく、逃げないと!」

「リリー、このままハデスのところに行っちゃおうよ!」

「そうするしかないわね!」

「いけいけーっ!」

リリーは覚悟を決めると、このちびっこ魔導師をひょいと担ぎ上げ肩車し、怒涛の勢いで荒地と折れた木々の根元を駆け出した。


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