十六 門前

「ダメだよ。一郎さんはお城に入ったら」


 友達の門番は一郎の腕を引っ張って、城壁の陰に連れて行きます。侍従長も一緒です。


「一体、どうしたんだね。何故、この者を城に入れてはいけない」

「侍従長様。恐れながら申し上げますが、こちらの一郎さんは、お城の料理長の雇ったならず者に襲われたんです。幸い小人達の持っていたガラスの棺のおかげで生き返りましたが、お城に出入りしていたら、また狙われるかも知れないじゃないですか!」


 侍従長は右手を顎にあてて言いました。


「料理長が首謀者だという証拠は?」


 門番はうなだれました。証拠はありません。門番仲間が料理長とならず者がこっそり話していたのを偶然見聞きしただけなのです。


「いえ、証拠は、、。ですが、トムが、あの俺らの仲間なんですが、夜中に水車小屋の近くで二人が話しているのを聞いたんです。あいつは、嘘やでまかせを言うような奴じゃありません」

「ふむ、そのトムとやらは、何故、夜中に水車小屋にいたのかね?」

「あいつは水車小屋に住んでるんでさ。親がいなくて天涯孤独な奴で、粉屋の旦那が気の毒に思って住まわせてやってるんです。兵士がいたら、浮浪者が入り込むこともありませんからね。その日は夜勤がなくて屋根裏で寝ていたら、風に乗って話し声が聞こえて来たんだそうです。ラーメンって聞こえたので聞き耳を立てていたら、料理長が乱暴者に『屋台は粉々にしたんだろうな』って言ってたんだそうです。窓を薄く開けて覗いたら雪灯りに男が何か袋を受け取っているのが見えたんだそうです。あれは金の入った袋だったんじゃないかって、トムが言ってました」

「その話を誰かに言ったかね?」

「いえいえ、とんでもありません。滅多なことは言えません。トムにも固く口止めしておきました。絶対話すなって。言ったらヤバイぞって」

「ふーむ、しかし、門番なら料理長と毎日会うだろうに。よく顔に出さずに会えましたね?」

「俺たちは門番です。仕事している時はいくらでも仏頂面出来ますんで。それに、料理長は一郎さんに乱暴したかったんじゃなくて、ラーメンを作れないようにする為に屋台を壊したかったんじゃないかって思うんですよ。ところが、ならず者が暴走して一郎さんを殴ってしまったんじゃないかって」

「ふむ、確かに。料理長は気に入らないからと言って簡単に人殺しをするうよな人ではありませんね」

「でしょ、あの人はラーメンに嫉妬しただけだと思うんです。誰かが料理長の作る料理より美味いって言ってましたから。ですが、一郎さんが城に出入りしているのを見たら、嫉妬の矛先がラーメンじゃなくて一郎さんに向かうかも知れないじゃないですか? 今度こそ殺されるかもしれない。ですから、一郎さんは城に来ちゃいけないんです」


 侍従長はしばらく考えていました。

 ラーメンという特殊な料理を作る一郎を知っている人は少なくないでしょう。城の召使いや従僕の誰かが城の中で一郎を見たと噂するかもしれません。携帯やスマホが無い世界でも噂だけは光よりも早く人々の間を駆け巡るのです。

 一郎を襲撃した実行犯のならず者は既に逃げているでしょうし、証拠が無い以上、料理長をトムの証言だけで罰する訳には行きません。料理長を遠ざけられない以上、一郎が城に入った事は誰にも知られてはならないのです。

 かといってお妃様と城の外で会えるように段取りするというのも、お妃様の体調を考えれば論外でした。

 誰にも知られないように一郎を城の中に入れるにはどうしたらいいでしょう?

 お城の門の前をたくさんの人が通って行きます。貴族の馬車、お付きの騎士達、侍女、僧侶……。侍従長は僧侶をみてポンと膝を打ちました。


「いい事を思いつきました。門番、あなたは持ち場に戻りなさい。一郎さんはここでしばらく隠れているように」


 一郎は城壁の陰に身を隠してじっと待っていました。日が傾いて行きます。一郎はどれくらいここで待てばいいのだろう、もう諦めて店に戻ろうかと思った矢先、侍従長の声が聞こえました。


「さ、これを身につけて」


 侍従長が一枚のマントを差し出しました。ジェダイが使うような粗末なマントです。一郎は大急ぎでマントを纏いました。侍従長がマントに付いていたフードを一郎に被せます。マントは一郎の体をすっぽり隠してしまいました。


「私の連れという事でお城に入りましょう。下を向いているのですよ」


 一郎はフードの間から地面を見ながら、侍従長のブーツを目当てについて行きました。門番の声が聞こえても下を向いていました。誰が見ているかわからないのです。ちょっとでもボロが出たら、どんな結果になるかわかりません。

 こうして一郎は細心の注意を払ってお城に入ったのでした。

 侍従長に連れて行かれた先は謁見の間ではありませんでした。

 マントをとって一郎は驚きました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る