十五 待望のお客

「また、このラーメンが食べられるとは!」


 お城の侍従長でした。

 相変わらずプリプリと太り、金髪巻き毛をフルフルと揺らしています。

 一郎は懐かしくてたまりません。


「侍従長様、お妃様はお元気でいらっしゃいますか? 具合が悪くてご政務をべレンテル候に任せきりだとお聞きしたのですが」


 一郎は一番知りたかったお妃様の様子を訊きました。

 侍従長は顔を曇らせました。


「申し訳ないが私の口からは何も言えないのです。それがお役目ですから」

「これは失礼しました。あの、私は棺で眠っていた所をお妃様に起こして頂きました。お妃様のおかげで元どおりの生活が出来るようになったのです。ぜひ、お妃様にお礼がしたいのですが」

「うーん、それは難しいな。お妃様は多忙でいらっしゃるからな」

「そこをなんとか、侍従長様のお力で」

「無理無理、お妃様の大切な時間を私如きがどうこうは出来ません」

「何をおっしゃいます。お妃様の多忙なスケジュールを調整しているのは侍従長様ともっぱらの噂ですよ。とても有能な方だと」


 侍従長様は嬉しそうにニコニコと上機嫌です。


「おお、そうですか、そのような噂になっているとは。よろしい、特別に」

「特別に!」

「お妃様にあんたが礼を言っていたと伝えておきましょう」


 一郎はがっかりしました。もしかしたら、侍従長のツテでお妃様に会えるかもしれないと思ったのです。

 うなだれる一郎を気の毒に思ったのか、侍従長は「このラーメン、相変わらず美味しいですよ」と一郎を励ますように言ったのでした。

 一郎は侍従長に自分は元鏡だと話したいと思いました。ですが、他の客の手前、込み入った話をするわけには行きません。迷っているうちに侍従長はラーメンを食べ終えて行ってしまいました。侍従長がいなくなって初めて、一郎はどんなに侍従長と話しをしたいと思っていたか、思い知ったのです。


「今、今話さないときっと後悔する」


 一郎は店を放り出して侍従長の後を追いかけていました。


「あの、あの、侍従長様、待ってください」

「なんだね」侍従長が振り返ります。


 一郎は、ハアハアと大きく息をしながら、侍従長に言いました。


「お話が、お話があるんです」


 侍従長が怪訝そうに一郎を見ています。


「私は、絶対信じて貰えないと思いますが、鏡なんです」

「鏡?」

「ほら、お妃様が作った。銀の匙が鏡の真ん中から突き出ていたあの鏡ですよ。泉の女神に転生させてもらった。向こうでの人生が終わってこちらに戻してもらったのです」

「は? 何の話だね? 転生?」

「泉の女神様ですよ。侍従長様もお妃様と一緒にいらしたではありませんか? お妃様が私の為に白バラのとげをご自身で抜いてくださって。傷だらけの手を泉の女神様に見せて真心を示して下さった」


 侍従長はハッとしました。お妃様がご自身でバラの棘を抜いた事を知っているのは、鏡と女神とお妃様と自分以外いなかったのです。


「あの時の! あの鏡かね? ラーメンお宅の? うん? いやいやそんな筈はない。鏡ができる前からあんたはこの国に居たじゃないか! あんたのラーメンをお妃様が食べた夜に鏡が出来たんだ。今でもはっきり覚えているよ。え、違うかね?」

「確かにそうですが、でも、私は鏡なんです。こちらの世界に転生した時、自分が生まれる前に転生していたんです」

「ええ! なんだって! そんなことがあるのか? うーん、奇天烈な話だ。これは是非ともお妃様に報告しなければ」

「本当ですか! お妃様に会わせて貰えますか?」

「おお、もちろんだとも。そうだ、早い方がいい。これから一緒に来なさい」


 一郎は大急ぎで店を閉め、侍従長と一緒にお城に向かいました。

 しかし、お城にはすんなりと入れなかったのです。

 お城の門の前で一郎は止められてしまったのでした。



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