33歳派遣社員(女)だけど、11歳の幼女vtuberやってます

あかさや

第1話 仕事終わりの楽しいひと時

 今日もしっかり仕事を定時で終え、居酒屋にもバーにも立ち寄らずに真っ直ぐ家に帰る。できることなら外食で済ませたいところだが、薄給の派遣社員である私には毎晩外食、というわけにもいかないのだ。できたとしても牛丼か安売り弁当くらい。だからといって毎日牛丼か安売り弁当はきつい。最近、ちょっとお腹まわりが気になってきているし、そんな食生活ではすぐに身体を悪くするだろう。私はもう33歳。身体が急激に衰え始める頃だ。


 電車に乗り、一本乗り換え、また電車に揺られること40分。最寄り駅に着く。

 今日の飯はどうしようか。駅を出て、はじめに思ったのはそれだった。


「牛丼は昼食べたし……今日は疲れたしスーパーでなにか安売り弁当でも買っていくか」


 仕事はしないくせにあれこれ文句言ってくる正社員様のおかげで自炊をする気もなくなってしまった。出勤途中に電車のホームに落ちて轢かれて死んだりしねえかな、あいつ。


 クソ正社員様の不幸を祈りながらスーパーに入る。行き先は当然弁当のある総菜コーナー。それ以外、目もくれずただまっしぐらに向かっていく。


 少しでも健康によさそうなものはないだろうか? と総菜コーナーにある弁当を物色。目についたのは、30パーセントオフの肉野菜炒め弁当。


「これにしよう」


 私はそう言って、弁当を手に取った。作られてから時間が経っているせいか、弁当は完全に冷え切っている。午後九時近くになれば、温かい弁当など、どこにも残っていないだろう。


 冷えた弁当を手に取った私は、レジに向かおうとする。そのとき――


「そうだ。ティッシュが切れてたんだ。あとのど飴も買わないと」


 そう言ってから、自分がやたら大きな独り言を言ってしまったことに気づく。そして、なんだか恥ずかしくなった。私が大きな独り言を言っても、気にしている人なんて皆無なのに。


 副業を始めてから、独り言が増えてしまった。気をつけようとは思っているのだが、今日のように疲れて気を抜いていると、どうもやってしまいがちだ。


 そんなことを思いながらティッシュと、のど飴を手に取り、購入する。全部で718円なり。


 ティッシュの箱と弁当とのど飴の入った袋を両手で持って家路につく。帰ってから、風呂に入ってご飯を食べたら、ささやかな楽しい時間が待っている。そう思うと、一日ヒールを履いて痛んだ足も軽くなった。


 家に辿り着いた。鍵を開け、扉を開き、中に入り、扉を閉め、鍵をかけ、チェーンロックもしっかりとかけておく。


 それから荷物を置いて、PCの電源を入れ、メイクを落とし、ゆっくりと風呂に入って汗を流す。風呂から出たあとは買ってきた弁当をレンジで温めながら、動画サイトでなにか面白そうな動画を探していく。推しの切り抜き動画がバズりかけていたので、それをチェックしながら飯を胃の中に入れていく。さっさと済ませたいところだが、そこはこらえてしっかりとよく噛んでから。30過ぎともなれば、いくら健康に気を遣ってもいいくらいなのだ。


 弁当をすべて食べきり、箱を一度水で軽く流してからゴミ箱へ捨てる。これで、いまの私がやることは終わった。これからは――


 私は早速PCの前に座る。少し前だったら考えられないくらいのハイスペックPCが机の横に置かれていた。長時間座ることも多いから、椅子もあの高名なアーロンチェアである。副業ではじめて入ったお金を使って、奮発した甲斐はあった。結構な値段をしたけれど、まったく後悔はない。というか、買ってよかった。買わないままでいたら、腰か尻をいわしていたかもしれないし。


 動画サイトを開き、それからいくつかのソフトを起動する。それらが全部立ち上がり、準備を終えたところで、私は気合いを入れるために深く深呼吸をし――


「……よし」


 そう力強く言って、動画サイトにある配信開始をクリックする。


 開始を押すと、数秒も経過しないうちにチャットが書き込まれた。その数はどんどんと増えていく。その数が充分に増えてきたことを見計らって――


「はーい、こんばんは。マリーだよ。今日もお仕事学校お疲れ様」


 それを言った瞬間、私は私ではなくなる。

 わたしは、vtuber中禅寺マリーになるのだ。

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33歳派遣社員(女)だけど、11歳の幼女vtuberやってます あかさや @aksyaksy8870

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