36.束の間の休息2



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「先輩?寝てたんですか?」


ひんやりとした感触に目が覚める。全然眠くないと思っていたはずなのに、考えているうちにいつの間にか寝てしまっていたみたいだ。


「ご飯できましたけど、起きてこれます?それともここで食べますか?」


俺が体を起こすのを気遣って腕で支えてくれる。何日かずっと寝たきりだったせいだろう。体がひどく凝り固まって全身がギシギシと痛む。さっき起きていた時はそんなに感じなかったのに。


「起きるよ。さすがにもう学校にも行けるようにならないといけないしな。リハビリも兼ねて」


塚本くんに半ば寄りかかりながら部屋を移動する。そうして目に飛び込んで来たのはリビングに備え付けられたキッチン。俺はその光景を前に歩みが止まった。


「…お前さ、料理すんの初めて?」


「…そんなことないですけど」


「嘘ついてんじゃねぇよ!」


そっと目をそらすポーカーフェイスな男に、散々な有様のキッチンを指差す。あんなにスマートな態度見せといてなんて残念なやつなんだ。

何を作ったのか知らないが山のように積み重なった洗い物と水やら何やらが飛び散った床。料理をしたというよりも何かしらの大惨事が発生したという方が正しく思える。


「飯ちゃんと食えるんだよな?」


「ちゃんと作り方は見て作りました。大丈夫ですよ」


このさまを背景に平然とした顔をしている彼が信じられない。これ絶対掃除大変だろ。そもそも掃除も自分でまともにできるのか怪しいっていうのに。


「ほんとに?」


「………たぶん」


しばらく沈黙して見つめ合い、我慢できずに吹き出してしまった。

かっこよく頑張ろうとしてるのに、全然うまくいかないみたいなそんな感じがおかしくてたまらない。しかもそれをごまかそうとしているところがまた面白い。そういうところが塚本くんらしくて、すげー好きなんだよな。


爆笑する俺を横目に若干口を尖らせながら、俺を無理やり食卓の席に座らせた。確かに並べられた料理は見た目こそいいとは言えないが、香りは食欲をそそられる。とは言え、俺の体のことを気にして用意された雑炊はどう作ったってまずくなることは基本的にあり得ないと思うが。


湯気の立つ温かい料理は思ってみればとても久々で、人と挟んでその料理を食べるという状況にじんわりと胸が熱くなる。


「ありがとう」


自然とそんな言葉が出た。いろんな意味がこもってた。こんな状況で笑えるなんて塚本くんのおかげだ。もうほんとに感謝しかなくて。とにかく嬉しくて嬉しくて。この感動をくれた彼に何かを返したくなった。でも今の何もできない俺ができることなんて、精一杯のお礼を言うくらい。

それがまた申し訳ないのに、塚本くんはそれだけでひどく嬉しそうに笑ってくれた。



それから他愛ない会話をしながらご飯を食べた。雑炊はするりと喉を通って普通に美味しく食べられた。キッチンの様子を見たときは、食えたもんじゃないだろうと内心不安だったが。正直言って味は普通。市販の一般的な、誰でも食べたことがあるようなやつ。この身近な味ってやつがまた、ほっとして余計に美味しく感じる。


それからキッチンの掃除を手伝ってやって、風呂に入って、あっという間に穏やかな時間がすぎていく。つい先日味わった地獄のような出来事が嘘だったみたいに。ずっと寝ていた身体は万全とは言えないが、あの重だるい感じはなく、気分はとてもいい。もちろん怪我は完治してはいないから痛みがなくなることはないが、それでも友達の家にお泊まりしているみたいなこの状況が楽しくて俺は終始笑っていた。



とりあえず今日は嫌なことは忘れておこう。どうせまた学校には行かなくてはならない。そうしたら嫌でも向き合わなくてはいけないのだから。


逃げて来た自らの弟に。

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