35.束の間の休息



そんな現実と夢の間をさまよって、しっかりと覚醒した時には3日ほど経っていた。



久しぶりに頭がスッキリしていた。

びっしょりとかいていた汗で首元が気持ち悪いが、視界ははっきりしていて窓から入ってくる少しの風がとても気持ちがいい。ゆっくりと体を起こし、しばしの間ぼうっとする。現状把握のための頭の整理も兼ねてだ。


確か塚本くんの家で治療をしてもらって、それでそのあとどうしたんだっけ。そのまま寝てしまったんだっけ。

今は何時だろう。家に連絡もしてないし。そう言えば学校は…。


考え始めると様々な疑問が途端に一気に襲ってきた。目覚めたばかりの頭はうまく働かず、混乱してしまって思考がうまくまとまらない。。


そうこうしていると、ガチャリと部屋のドアが開いた。


「…あ」


Tシャツ姿のラフな格好に、こいつもこんな格好するんだなぁなんて眺めていたら突然俺の方に駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか!?」


肩を掴んで急激に揺さぶられ呆然とする。なんだこいつ、何をそんなに慌ててんだよ。


「え、えと…大丈夫だけど…なに」


俺の顔をじっくり観察した塚本くんは、はあっと息を吐き出した。


「もう全然良くならないからどうしようかと…。先輩3日間もずっと熱にうなされてたんですよ」


「んなまさか」


どうせ大げさに言っているだろうと笑いながら背中をバシバシ叩くとうらめしい目つきで睨まれた。いかにも信じ難い話だが、どうやら本当らしい。よくよく考えてみれば彼はそんな大げさに話を盛るようなやつではない。


「病院に連れて行くことも考えたんですけど…。でも先輩絶対怒るし、それに家に連絡がいったらあの家に帰されるだろうし」


俺のせいでとんだ迷惑をかけてしまったようだった。どっと疲れたような顔をしている。俺も流石にここまで迷惑をかけるつもりはなかったために、彼の落とした肩を見て非常に申し訳ない気持ちになってきた。一向に目を覚まさない病人の看病を数日間続けるなんて相当な心労だったはず。それに彼自身は学校を休むわけにもいかないだろうから、いつも通り学校に行って、それで疲れて家に帰って来ても俺のせいで落ち着いて休むこともできなかったのだろう。彼の性格上面倒だからって俺のことを放り出すこともできないだろうし。

考えれば考えるほど、どれだけの苦労をかけたのかが分かってきて凄まじい罪悪感が押し寄せてくる。

それもこれも、俺のわがままのせい。そもそも俺が変な意地を張って病院には行きたくないなんて言っていなければ、塚本君の負担も大分軽くなっていたはずだ。というかそもそもあの日、塚本君に無理して会いに行ったりしなければ、…。


「先輩?」


ぼうっと悪い方向へと思考を巡らせていると、傍らに腰掛けた塚本君が心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。


「どうかしました?まだ具合が悪いんじゃないです?」


またしても心配をかけてしまっているという事実に情けなくなる。

本当に、俺は年上だというのになんて情けないんだ。


「いや、大丈夫だ。もう元気だから」


せめて安心させてやらないとと無理やり作った笑顔に、彼は大層疑わしげな視線を送り、一つため息をついた。そうして俺を無理やりベッドの中に押し戻す。


「夜ご飯作ってきます。先輩はとにかく大人しくしていてください」


「つか…」


「俺に心配かけたくないって思うなら安静にして一刻も早く元気になってください。…そんな引きつった笑顔向けられて俺が騙されるわけないでしょ」


真剣な表情で俺を見据え、その言葉と共に部屋を後にした。目の前でぱたりと静かにドアが閉まる。

起き上がりかけた俺の身体は途中で静止し、閉まったドアをしばらく見つめた。が、すぐにドサリとベッドの中に再度身を沈める。彼の言うことはもっともだ。


見慣れない天井を見上げながら、すっかり目が覚めてしまったので何をするでもなくぼうっとしていた。ドア越しにカチャカチャと何やら物音がする。俺なんかのために晩御飯を用意してくれているのだろう。お坊ちゃんの彼は手際よく料理ができたのだろうか。毎日持ってきていた豪華な弁当は作ってもらっていると言っていた。普段の食事や掃除も使用人がやってくれると。だけど今料理をしているのは紛れもなく彼で。やはり多大な迷惑をかけていると思ってしまう。


ひどく焦っている自分がいる。

塚本くんに寄りかかっている今の現状が怖い。

彼のことは信頼している。でもだからこそ、彼に見放されてしまうその瞬間を想像して恐ろしくなるのだ。こんな気持ちになりたくないから、安易に人と関わり合うことをやめたんじゃなかったか。どんなにさみしいと思っても、傷つくよりはマシだとそう心していたはずなのに。


学習しないな、俺は。








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