第11話

「……へえ、体験部員は想定外だったなあ」

 部長の雰囲気が、急に変わった。

「なるほどねえ。でもなぜはわからなかった訳か」

「……ええ」

 僕は頷く。

「でも、君は気づいているんだろ?」

 そこでも僕は頷いた。

「ありふれた名字ですから、そんなことは無いと思っていましたが」

 佐々木、その名字は、かつて笹谷有紀が解決した事件の犯人、それと同じだった。

「恨みですか?」

「ん……まあ、そんなところだ」

 部長は上を向く。

「うちの兄貴、いいやつだったんだよ。格好良くて夢想家。みんなを引っ張ってくオーラがあった。それだけだったならいいんだけど、夢想家が長じちゃってな、オカ研なんて始めやがった。そこまでならセーフ。でも、周りを巻き込んじまった。あんなミステリーサークルなんて作っちゃってさ。笑っちゃうよな」

 部長はははと笑う。僕は全く笑えなかった。

「その点では感謝してる。バカ兄貴の目を覚まさせてくれて……でもなあ、その後が無い」

「どういうことですか?」

 嘘だ。少なくとも僕は知っている。

「うちの兄貴はあの後針のむしろさ。形の上で、陸上部を敵に回したようなものだからな。どうしようも無い。きっとおまえらは、最低限の人間にしか伝えなかったんだろうよ。人の口には戸は立てられぬって言うし。でも、だからこそ、俺は二度とこんなこと起こしたくないんだよ」

「だから、間違った推理をさせようとした」

 彼は頷いた。

「そうすれば、俺みたいな事故は起きないだろ?」

 なにも、言えない。何を言う資格も無い。間違っていても、正しくても、僕らは加害者で、彼が被害者という厳然たる事実は、そこに転がっている。そんな僕を見てか。また彼は笑った。

「今度は上手く処理してくれよ」

 そう言って、彼は僕に背を向けた。


「バカだね、君は」

 すべてが終わった後、笹谷有紀は僕にそう言った。

「それは復讐の正当化だ。たちが悪いなんてもんじゃ無い」

「ええ、そうなんでしょうね」

「ならなぜ指摘しなかった」

 僕は首を横に振った。

「世の中は、勧善懲悪じゃ済まないんですよ」

 そこで二人とも黙ってしまった。

「……私は、面白い小説が書きたい。だから面白い真相を求める」

「はい」

「君は、どうして事件を私に持ってくるんだ?」

「少しでも、早く事件が解決すればいいなと思って」

「そうか……」

 笹谷有紀は僕の前に立って、急に額と額を合わせてきた。彼女の方が小さいので、僕がかがむ形になる。

「なら君は、良心であってくれ。面白いことを求めて、傷つけてしまうしまう私の、ストッパーになってくれ」

 できるか? そう彼女は聞いた。答えは一つしか無い。

「はい。もちろん」

 僕は額を離して、手を差し伸べた。

「これからもよろしくお願いします」

「__ああ。よろしく」

 僕らは、固い、固い握手を交わした。



.fin

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笹谷有紀は今日も小説が書けない 大臣 @Ministar

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