俺の姉ちゃんは、俺の姉ちゃんではない。3

宇部 松清

第1話 何だかいつもと違う弟

 背、伸びたなぁ。


 飲み終えた牛乳のカップを洗う後ろ姿を見て思う。

 1つ年下のお隣さん、青柳あおやぎよう。中学までは同じ学校だったけど、高校はバラバラになった。だって、ウチ女子高だからね。


 梧桐ごとう先輩がね、言うんだ、


「ゆーちゃんの、ちょっと恰好良いじゃん。連れて歩きたいなぁ、あたし」って。だから、きっぱり言ってやったの。


 ダメです、先輩。

 陽は私の大事な弟ですから、って。

 結構自分でもびっくりするくらい、きっぱりとね。

 だって梧桐先輩は一緒にいると面白いけど、恋愛に関してはいい加減すぎるんだもん。

 陽はもっと、清楚な? うーん、清楚、清楚かなぁ、いや、少なくとも梧桐先輩より恋愛に真面目な子が良いと思う。彼女とかまだいたことないみたいだし。意外だったけど。絶対いると思ってたのになー。


 姉ちゃん、姉ちゃん、って子犬みたいだったのに、いつの間にこんな大型犬みたいになったんだろう。レトリーバー系じゃないのよね、何だろう、シェパードみたいな? いや、昔はね? そりゃあもうトイプーみたいだったのよ? 髪もちょっと茶色くてくるんってしてたし。あーもー可愛かったなぁ。


 それがいまや! 小学校の学童野球で坊主にしたら、髪質が変わったみたいで、直毛になっちゃったし、真っ黒になっちゃったし。まぁ、良いけど。


 あ、ちなみに、ここは私の家。白瀬しらせ家。

 それなのになぜお隣さんの陽がカップを洗ってるかって? 

 いや、そもそもお隣さんなのに『弟君』って何? って?


 いやいや、良いの良いの。私と陽はそういう感じなの。

 お隣さんなんて他人行儀なこと言いっこなし。もう限りなく肉親に近い感じなわけ、うん。


 実は陽って案外人気あるのよ、私の周りでは。梧桐先輩も含めて、まぁ皆そこまで本気じゃないと思うけど。


 クールで恰好良い! (違う違う、ちょっと人見知りなだけ!)

 背も高いしさー! (まぁ、それは認めるけど?)

 結構がっしりしてて、頼りがいあるっていうの? (がっしりはしてるけど、頼りがい……?)

 

 でも、私にとっては、いつまでも可愛い可愛い弟なんだよね。

 おねしょ布団の隠蔽を手伝ったこともあるし、夏休みの宿題を助けたり……まぁ、自由研究は逆に助けてもらったこともあるけど。


「ねぇ、陽?」

「何? まだ洗うものあんの?」

「ううん、違うけど」

「じゃ、何」


 ちら、とこちらを見る。


 そういう校則らしく、陽は、艶のある黒髪をさっぱりと刈り上げている。ウチの校則はそこまで厳しくはないから、結構明るい色に染めている子が多いけど、陽の方はその辺厳しいのだ。そんな友達の彼氏とか男友達っていうのは、やっぱりちょっと派手めな人が多いというか、陽みたいなタイプはあまりいないらしい。そういうところも新鮮なんだとか。


「陽はさ、彼女とか作らないの?」

「彼女? 別に興味ねぇし」

「興味ないのかぁ。私のね、友達が、陽のこと恰好良いって言ってたよ」

「だろうな。知ってる」

「知ってたんだ」

「まぁな」


 正直、恰好良いのかって言われるとちょっとよくわかんない。毎日見てるからかな。でも、何て言ったっけ、こないだ始まった子ども向けのヒーロー番組の主役の子にちょっと似てる。変身! って恰好良いポーズするやつね。昔よくヒーローごっこして遊んだっけなぁ。陽が主役のレッドで、私がピンク。


「姉ちゃんはよ」

「私? 私が何?」

「彼氏」

「あ、彼氏? いないいない。ウチ女子高だし、出会いもないし」


 それに、こないだ失恋したばかりだしね、エビやくのお兄さんに。


「欲しいとか思わねぇの?」

「うーん、どうだろ。欲しい、かなぁー? あ、でも、一緒に買い食いしたりとか、映画見に行ったりはしたいかもね?」


 梧桐先輩がよく自慢してくるんだ、彼とどこそこのパフェを食べたとか、彼と何とかって映画見てきたとか。まぁ、その『彼』は全部違う人なんだけど。


 きゅ、と蛇口を締めて、タオルで手を拭くと、陽は、「じゃあさ」と言いながらくるりとこちらを向いた。流しに寄りかかり、腕を組んで、ちょっと偉そうに首を傾げている。そして、大袈裟なくらいに大きなため息をついてから、


「俺で良いじゃん」


 と言った。


「何が?」


 何が陽で良いの?


 そう聞こうとした瞬間。

 本当に一瞬のうちに。

 瞬間移動でもしたのかなってくらいのスピードで。


 あっという間に。


 陽の顔が、吐息がかかるくらいの距離に迫ってた。


 近いよ、って指摘するのも何かおかしいような気がして何も言わなかった。陽が、見たことがないくらい、真剣な顔をしてたから。


「俺、姉ちゃんの『弟』じゃねぇし」

「そう、だねぇ」


 何か、おかしい。


「もう高校生だし」

「うん、知ってる」


 今日の陽は何か変だ。


「俺だって男なんだからな」

「わかってるよ?」


 小さい頃、一緒にお風呂入って見たもん。

 うん、陽はちゃんと男の子だよ。


「そうじゃなくて」


 と。


 陽の鼻と私の鼻がちょこん、とぶつかって。


 それから――、

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