#怖い

喜多ばぐじ ⇒ 逆境を笑いに変える道楽家

#怖い

令和5年、若者はSNSの投稿によって、評価される時代になっていた。


突如として現れたIT企業「ハッシュイーグル」は、各SNSでのインプレッション、フォロワー数、いいねされた数が自動的に集計し、独自の基準で点数化するサービスを提供し始めた。


インフルエンサー力診断、直球そのままのサービス名は、「イン力」という略称で呼ばれた。


「インカ」は、若者を中心に流行り始め、日本社会に一大ムーブメントを巻き起こし、今や若者の大半がそのサービスを利用している。


集計されたインカの点数は、ランキング形式で掲載され、そこでの順位は大学受験や、就職活動にも活用されることになっていた。


今や若者の優劣を決めるのは、内申点や筆記試験、学校での成績だけでない。


インカ指数の高さ、つまりSNSを使って社会に与える影響力の大きさも重要視される時代になったのだ。


老若男女全てが、自らの意見を発信し、共鳴者やファンを獲得していく、1億総メディア時代の本格到来だ。


SNSが単なる承認欲求のツールを越えて、進路を左右する判断基準となっていたこの頃、とある高校の休み時間ではいつもの光景が広がっていた。



「なあ、昨日の俺の投稿にいいね押してくれた?!」


「ああ。」


「俺はまだや。」


「なんでなん!?

押してや!よろしくな!

あ、君は押してくれたよな、ありかと!

君はまだ、押してくれてないよな?押してな!頼むで!」


元気よく楽屋で挨拶回りをする鈴木奈々のように、クラスメイトに声をかける一人の少年がいた。


そんな彼をよく思わない女の子たちは、

「あいつ、なんか気に入らないよね。」


「そうね。自己承認欲の塊よ。」


と、陰口を叩きながらも、彼の投稿にいいねを押している。

彼はいいねを押した人の投稿にも必ずいいねを押してくれるので、彼女たちは見返りを求めて、気にくわない彼の投稿にいいねをした。


誰もがいいね、に囚われている、そんな異様な時代になっていたのかもしれない。


SNSサービスの全盛期の世の中。

おっさんたちは、フェイスブック。ツイッターは全世代、若い女の子たちはInstagram、TikTok。

あらゆる世代がSNSに熱中していた。


目の前にいる生身の人間からのありがとうよりも、画面中のいいね、を求める風潮すらあった。


高校二年生の青島は、そんな時代の空気に乗り切れていなかったのかもしれない。


彼は一切SNSのアカウントを持っておらず、インフルエンサー力診断にも参加していないことで校内では有名だった。


そんな彼にクラスメイトの柳葉が話しかける。


「青島。お前さ、どうしてSNSやってねえの?」


「やりたくねえからだよ。」青島はぶっきらぼうに答える。


「ツイッターは?」


「やってない。」


「フェイスブックは?」


「やってねぇよ。」


「noteは?」


「やってねぇよ。」


「ならInstagramは?」


Instagramという言葉が耳に入ると、青島はブルっと体を震わせた。


「Instagramは1番あかんわ。

あれは、蕁麻疹出てまうで。」


青島の発言が信じらない柳葉は、真顔で彼を問い詰める。

「蕁麻疹?お前何を言いよんねん。」


「ほんまなんや。Instagramは見るだけで蕁麻疹がでる...」


まるで真冬の雪山で遭難したかのように青ざめて震える青島を見て、柳葉は心底おかしな気分になった。

しかし柳葉は、この異端児・青島に興味を持ち、質問を続けた。



「けど、お前さ。LINEは使ってるやん?あれはなんでや?」


「LINEはセーフや。」


「セーフ?」


柳葉は、青島の基準が理解出来なかった。


「けどLINEは、インカで点数化されるSNSに含まれてないんやで?


他のSNSを使って点数稼いだほうが、受験にも就活にも有利やのになんでSNS使わへんねん?」


「そんなこと言っても、事情があるんや。」


「事情?なんやそれ?」


「それは言われへん。」


「言えよ。誰にも言わへんから。」


誰にも言わないから言えよ。と言われたときほど、本当に言わないかどうかは、言葉を発したものの目をみればわかる。

青島は、柳葉の好奇で卑しい目を見て彼の本意を見抜いたが、観念したように彼が恐れるものを話し始めた。


「ハッシュタグ…が、怖い。」


「は!?」


柳葉は耳を疑う。


「ハッシュタグって、#のマークのことか!?」


「ああ、やめてくれ!その名前を聞くだけでも、気分が悪くなってくる…」


意地悪な柳葉は、まだ青島の発言が理解できない。

彼は自身のインスタグラムを起動し、とびきり「#」の多いクラスメートの女子の投稿を青島に見せつけた。


「うわぁ!!やめてけれぇ~~!」


青島は、体をガタガタと震わせて、頭を抱えて俯いた。


「はっはっは~!」狼狽している青島の様子に、柳葉は笑い転げた。


クラスメイトも、「なんだなんだ」と集まってきて、事情を聞いては訝しがり、実際にハッシュタグに怯えている青島をあざ笑った。


クラスメイトたちは、自分のSNSの#がついてある部分を青島に代わる代わる見せつけた。


「うわ!ひえぇぇぇっ!」


青島のリアクションが特徴的だったので、クラスメイトたちはますますおもしろがる。

彼の様子を撮影して、「#怖い」というタイトルをつけて、ライブ配信するものもいた。


クラスメイトからの、#攻撃に憔悴しきった青島は、白目を剥いて意識を失いかけていた。


そんなとき、クラスで一番の秀才は、声を張り上げた。


「みんな!!このような低俗な行為はやめよう!!!」


クラスでも一目置かれている彼の発言に、クラスは静まり返る。

白目を剥いていた青島は、口元を歪ませる。


「正直に言ってぼくは、青島くんのこの告発はフェイクだと思っている。

つまり、演技だ。本当に青島くんは、#が怖いのだろうか?」


「たしかにそうだな。自虐ネタで笑いをとっているのかもしれないし…」


クラス内には、青島の#恐怖論に異論を唱える意見が、飛び交い始めた。


ここで青島が声を張り上げた。


「みんな、聞いてくれ!

俺は本当に「#」ハッシュタグが怖い。その理由を話そう。」


クラスメイトたちの目には好奇な目が戻っていた。誰もが青島の言葉に耳を傾ける。


「俺は昔から、RPGゲームのドラゴンクエストが好きやった。

ドラクエをプレイして、井戸の中に入って、小さなメダルを手に入れるのがたまらなく好きだったんだ。


そんな俺は幼いころ、田舎に帰省していたときに、ドラクエの世界でみるような井戸を見つけた。

まるでドラクエの主人公になった気分になって、井戸の中を覗き込んだら、誤って井戸の中に落ちてしまったんだ。」


青島の表情は真剣そのものだった。過去のトラウマを、カサブタをはがすように、丁寧に言葉を紡いでいった。


「井戸に落ちた俺は、恐怖に震えた。約5mの井戸の底は、太陽光も殆ど差し込まない。

ドラクエの世界のように、井戸の上から垂らされたはしごも、ロープもなかった。

叫んでも、叫んでも、誰も助けにきてくれない。

脱出を諦めた俺は、じっと体育座りで座って体力を温存し、地面にたまった雨水を飲んで飢えをしのいだ。


救出されたのは3日後だ。

行方をくらました俺を心配した両親が警察に通報し、決死の捜索が行われた末だった。」


クラスメイトは、神妙な面持ちで青島を見つめていた。

女子の中には、彼の過去の艱難辛苦に思いを馳せて、涙を浮かべるものもいた。


青島はさらに、言葉を続ける。

「それ以来、俺は井戸アレルギーになった。井戸を見ただけで、体の震えが止まらないんだ。

井戸だけでなく、「井」という文字をみるだけで、あの忌まわしい井戸のことを想像して、気分が悪くなってしまうのだ。


俺は阪神ファンだったが、かつて井川慶が大活躍したときは大変だった。

井川を応援したいのだが、井の字がどうしてもダメなんだ…


みんなは、けったいな話だと、思うかもしれない。だが、これは本当のことなんだ。」


青島はそう言って、チョークを手に取った。

手をわなわなと震わせながら、黒板に、「#」マークを書き込む。


黒板に描かれた「井」の文字…


そして、「うわっあ!」と、叫び、黒板消しを手に取り、自らその文字を消し去った。


―――――――――――――――――


もう誰も、青島のことを表立ってバカにするものはいなくなった。


しかしクラスメイトたちは、自身のSNSで青島のことを話題にした。


「青島という男は、ハッシュタグが怖い。」


「青島くんは、こんな過去があって、ハッシュタグが怖い」


各々が思い思いに発信し、奇妙なこのネタは、次々と拡散されて、#怖い、と青島は有名になった。


インフルエンサー力診断こと、「イン力」で、トップランカーだった赤井に、青島のことをDMで送りつける者もいた。


「赤井さん、聞いてください!青島というやつは…」


―――――――――――――――――


青島は、「#怖い」が拡散されていることをほくそ笑んだ。

全て、彼の策略通りだった。


なぜなら、「ぜんぶ嘘」だからだ。



SNSをやっていないことも、#が怖いことも、井戸に閉じ込められた話も、すべてが嘘だ。


本当の彼は、SNS界隈では非常に有名だった。


青島ではなく、赤井というアカウント名を使っていた彼は、あらゆるSNSを駆使し、フォロワー数は、総計で100万をゆうにこえていた。


そのSNS上での影響力を駆使して、ビジネスにも取り組み、高校生では考えられないほどの額を稼いでいた。


「イン力」で、トップランカーだった赤井は、現実世界では#が怖い青島を演じていたのだ。


赤井のSNS上での影響力は、大学や大企業からも注目され、有名大学への進学と、巨大IT企業への内々定ももらっていた。


では彼が、#怖い、という嘘をついたのはなぜだったのだろうか。


それは、半年後の大学進学後に明かされることになる。


―――――――――――――――――


半年後、彼は、赤井名義で、#怖いに関わる一部始終をエッセイにまとめた。


#怖いは、SNS上で大きなムーブメントを起こしていたこともあり、本は飛ぶようにうれた。

彼は、SNSとリアルを駆使して、自らを大々的に売り出したのだ。


アンチも信者も、誰もが#怖い、を話題にし、ワイドショーでも賛否両論が飛び交った。



その本のタイトルは、その年の流行語タイトルに選ばれることになり、赤井は、多額の印税も手に入れ、時の人となった。


「# 怖い」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

#怖い 喜多ばぐじ ⇒ 逆境を笑いに変える道楽家 @kitabagugi777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る