第3話 感じる心

 秋は、今まで緑色だった葉を黄色や赤に変えていく。人間で言うなら、老化、なのかな。


 力尽きて、木から手を離した枯れた葉が、風に乗って飛ばされていく。

 山に囲まれた、カーブの多い道を通りながら、そんな光景を車の中から見ていて思った。


『とうちゃん、何で人は、赤くなった葉っぱを、わざわざ見に出掛けたりするの?』

『何だ、紅葉狩りの事か?だって、綺麗だろ?』


 とうちゃんは、一瞬窓の外に目を向けると満足そうな顔で僕に答える。

 でもそれは、僕が欲しかった質問の答えじゃない。


『だから、何でわざわざ遠くまで見に行ったりする人がいるのかって、話だよ』 

『そりゃーお前、見たいからだろ』

『見て、どーすんの?』

『どーすんのって?どーもしないよ。見て、綺麗だなーって、感じたいんじゃないのか?』

『ふーん』


 僕はまだ、あまり良く分からない。


『お前だって、見に行くだろ。今度。爬虫類展。何で見に行きたいと思ったんだ?』

『そんなの、興味があるからに決まってるじゃん。生で見たいじゃん!』

『そーゆうのと、一緒じゃないか?お前は、蛇とかトカゲとか見て、スゲーとか、かわいいとか言うじゃんね。それと、一緒』

『は?どこが?』

『感じるって事が、だよ。お前はね、感じる前に考えすぎ。誰に似たんだよ。ったく』

『かあちゃん』

『ですよね。ははっ。とうちゃんとしては、もっと感じる心を大事にして欲しいな』

『感じる心?』

『そう!感じる心。嬉しいとか、悲しいとか、悔しいってのは、感じた事あるだろ?』

『あるよ。すっげー悔しい。今日、アイツに負けたの』


今日は、空手の大会で、準々決勝で負けた。残り1秒で裏回しをくらった。4-1だった3点差はあっさり同点で、先取していた相手の勝ち。で、負けた。また悔しさが込み上げて来る。


『ほら、見ろよ。まぁ、まだそんなに赤くはなってないけどな。色んな色があって、綺麗だなー』


山の木々の葉は、少しずつ色を変えていってる。

ただの老化現象じゃないの?


『俺はな、綺麗だと思うけど、お前は、お前の感じたままでいいんだ。皆と同じように感じる必要はない。ただ、感じた事は、自分の胸の中で大事にしとけ。感じる違いが、個性だ。と、とうちゃんは、思う。うん』


自分で言って自分で納得するあたり、とうちゃんらしいが、もっともらしい事を言うとうちゃんは、らしくない。調子が狂う。

僕は、少しだけ赤みを残した、夕方の黒くなりかけた空と、木々の老化現象を見ながらまた考えてしまう。


この景色を見て僕は、何を感じられるんだろう。








 

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僕と父ちゃん アノマロカリス・m・カナデンシス @msw

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