飼ってた頃

正方形

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○緑の月 二日

 日記を始めた。

 ついでにウィル・オ・ウィスプを拾ってきた。

 路地裏で野良犬に散らされそうになってるところをたまたま見かけて、なんか気が向いたんで連れて帰ってきた。

 いまは部屋の隅でフワフワしてる。

 俺の目ン玉くらいの大きさの、ちんまい光のカタマリ。

 どうせ飼うなら犬の方が良かった気もする。

 まあやっちまったもんはしょうがない。

 後悔だけはしない主義なんだ、俺は。

 ところでこいつらって何食うんだ?

 そもそも食うって概念あんのか?

 たまに街で連れ歩いてる奴を見かけた覚えがあるから、飼えるとは思うんだけどな。

 あとで調べよ。

 参ったな、さっそく面倒臭くなってきたぞ。



○緑の月 三日

 いちいちウィル・オ・ウィスプって書くのは面倒臭いから名前を決めた。

 ロート

 理由はよく見るとうっすら赤いから。以上。

 それと、このちんまい光の飼い方を適当に調べた。

 どうもこいつら光のくせに光を食うらしい。

 共喰いじゃねえかと思ったが、意思のない光とウィル・オ・ウィスプは全然違うんだと。

 俺はバカなんで、その辺の詳しい解説は終わりまで読むことすら不可能だったが。

 で、どうもどんな光が好きかには好みがあるらしい。

 日光が一番好きっつう安上がりな奴もいれば、なんと白金を燃焼させたときに出る光しか摂取しないなんていう贅沢極まりない奴もいるんだと。

 ウチは白金を一欠片用意するだけの金で人間様が三月は暮らしていけるって有様なんで、ロートがそんな偏食家だった時は残念だが野良犬にお返しするしかねえわな。



○緑の月 四日

 ロートの食性がちょっとわかった。

 どうも日光は食わないらしいが、ランプの明かりは食うっぽい。助かった。

 しかし、ウィル・オ・ウィスプの食事って初めて見たけど面白いもんだな。

 ロートの周りだけうっすら暗くなって、反対にロート自身はわずかに輝きを増すんだ。

 光ってんのはわかるのに周りが暗く見えるって、かなり珍妙で面白い光景。

 でも確かにこりゃ食事だわ。

 周りの光を摂取してるって表現がピッタリ。

 で、さらに面白いのが、へーと思ってずっと見てたら隠れるのな。

 光でも飯食ってるところ凝視されるのは恥ずかしいのかね?




○青の月 十日

 今日またロートについて面白いことがわかったからメモも兼ねて書く。

 どうやらウィル・オ・ウィスプは人間になつくらしい。

 しかも人間の言葉を理解してる節がある。

 ロートの奴、名前呼んだら寄ってくるようになりやがった。

 いや、かなり大げさに書いた。

 ちょっと反応して握り拳一つ分くらい近付くだけだ。

 最初はたまたま呼んだタイミングで動いただけかと思ったが、今日一日観察して確信した。

 連続で呼ぶとウザいのか近寄ってくれなくなるが、少し時間を空けてから呼ぶとまたフワッと近寄ってくれる。

 それだけなんだが、これがなんつうか、存外嬉しい。

 親もいないし恋人も友人もいない俺みたいな人間にとっては、呼ぶとちょっと近付いてくれるっていうただそれだけのことが、無性に   やめだ、なんか恥ずかしい。

 とにかく、今日はせっかくの休みだってのに一日ロートを眺めるだけで終わっちまったが、そんなに悪くない気分だってこと。




○紫の月 十八日

 今日は人生で一番慌てたかもしれない。

 ロートが体調を崩した。

 朝起きたらいきなり光量が落ちてて、震えるように明暗を繰り返してた。

 食事も受け付けない。

 病院に行こうにも生き物どころか物体ですらない(たぶん)から、どこに行けば治してもらえるのかもわからないし。

 藁にも縋る思いで近所の動物病院に行ったら普通に診てもらえた上、処方されたやたら臭い木を燃やして一日ロートにかざしてたら治ったんだけど。

 風邪みたいなもんなんだと。

 医者ってすげえ。




○赤の月 七日

 ロートはだいぶなついてきた。

 光であるロートに触れることはできないが、ロートは自分の周りを指でくるくるされるのがお気に入りらしい。

 なんでわかるかっていうと、とそれはもう嬉しそうに光るから。

 適切な表現がないんで上手く書けないが、人間よりよほどわかりやすい。

 食の好みもだいぶ把握した。

 人生で初めてペットショップに入ったら、ウィル・オ・ウィスプ用の燃料ならぬ光料がすごい量売られててビビった。

 あいつは一回で俺の三食分くらいかかる妙な色の樹脂を燃やした光が一番好みらしく、たまに用意してやると一日ご機嫌でしながら俺の周りを飛び回ってかわいい。

 正直まだまだわからないことだらけだが、こいつと暮らすのは結構、楽しい。













 クソったれ



[グシャグシャに書き潰した跡]












○黄の月 三十日

 何から書けばいいかわからない。

 わからないが、とにかく書かなくちゃいけない。

 ロートが死んだ。

 この一行を書くだけで三日かかった。

 何があったかを書かなくちゃ。

 俺は今月の初めごろ、死にかけた。

 医者の説明はほとんど覚えちゃいないが、何とかって病気にかかって、自宅で倒れた。

 本当ならそのまま死んでたらしい。

 独り身の俺を見つけてくれる奴なんかいないから。

 でも一人だけいた。

 俺には、ロートが。

 ロートは、俺が死にかけてるのを理解して、人を呼んでくれた。

 ロートは話せない。

 物にも触れない。

 でも、光ることができる。

 だからあいつは開いてた窓から外に出て、力の限り光った。

 入り日のようだったと、俺を助けてくれた人が教えてくれた。

 それが最期だった。

 俺は、あいつの代わりに生き長らえちまった。




○緑の月 二日

 職場の同僚が見舞いに来た。

 ほとんど話したこともない奴だったんで驚いたが、聞けばそいつもウィル・オ・ウィスプを飼っていたんだと。

 ウィル・オ・ウィスプは、言葉ではなく自分に向けられた感情を光として感じ取り理解することができるのだと、そいつが言っていた。

 だから本当に大事に想ってくれている人にしか、なつくことはないと。

 同僚が帰った後、ランプの火を眺めた。

 煌々と燃える炎の赤はぼんやりしたロートのそれとは似ても似つかなかったが、何となく、あいつの最期はきっとこんな力強い色だったんだろうなと、そう思った。

 たぶん俺はもう二度と、何かを飼うことはできないだろう。

 それでも俺は、あの小さな光を飼って良かったと思う。

 だって俺は、後悔だけはしない主義だから。

 そうだろ、ロート。


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