第21話 熱中症② 閉じ込められました。





「はぁはぁ、はぁ………暮人………っ」

「はぁ、っ、はぁはぁ、美、雪………っ」

 


 今、暮人の目の前には仰向けになりながらも顔を赤らめながら喘ぐように息を吐いている美雪がいた。既に男女の汗臭さや彼女の甘い匂いが部屋いっぱいに充満しており、それを何度も吸っていたせいか頭がどうにかなりそうでくらくらする。

 彼女の表情は苦しげながらも酷く煽情的で、いつもの幼馴染に見せる表情ではなかった。顔には珠のような汗が薄く前髪と共に張り付いており、やがて他の汗を集めながらそれは一筋流れる。重力に従いながら汗の雫が地面に落ちると唇が渇いたのか、その滑った舌が彼女自身の唇を撫でた。


 下に視線を下ろすと白地の夏服の制服は汗で透けて、淡い水色の下着が窺える。じわりと噴き出した汗によって張り付いた制服だが、白と重なった肌色と共にスレンダーながらもその身体の凹凸が鮮明に分かった。

 その視線に気が付いたのか僅かに身をよじる美雪。同時に微かに洩れ出る弱弱しい吐息に、顔を上げながら彼女へと向けると、一瞬視線が交わるも恥じらうようにゆっくりと顔を背けた。


 暮人はその仕草に今まで幼馴染に感じたことが無い高ぶりを感じるが、なんとか全身全霊の理性を用いて激しく息を吐く。


 ―――暮人と美雪、この二人が何故このような状況に陥ったのか。それは約一時間前まで遡る。




◇◆◇



「えーっと………探すのはカラーコーン、立ち入り禁止や出店の看板、鉄板と鍋? こんな場所に置いてるっけ?」

「先生の話じゃ地下の通路にしまってるって話だったけど………あ、あった! あれが扉じゃない?」



 今、暮人と美雪の二人は体育館内の側にある用具室の中にいた。内部は結構広く、教室ほどの大きさはあるだろうか。そこには得点板や体操マット、バレーボール、バスケットボールなど体育の授業で使うようなものがありふれていた。


 本日の授業はもうすべて終了しており今は放課後。しかも全校生徒は部活が休みの日ということもあり体育館内はもちろん、もう既に教室や各部室には人はおらずほとんどの生徒は帰路に着いている時間だ。

 さて、ほとんどの生徒が帰宅しているというのに何故美雪と共に用具室の中にいるのかというと―――、



「もうすぐ夏休み、そして夏休み明けには体育祭や文化祭といったイベントが目白押しだからねー。使う道具を今の内に確認して、使いそうな物をここの入口に近いところに準備しておくのは分かるんだけど………」

「それを日直である俺と美雪の二人だけに任せるって、担任教師の職務怠慢というか、職権乱用というか………」



 正直、教室に残っているのが俺と美雪だけとはいえ、確認や準備をたった二人にだけ任せるというのはいささか無茶ぶり加減が過ぎるのではないか。

 他にも教室にクラスメイトが残っていれば良かったのだがクラスどころか学校一の完璧美少女、氷石聖梨華が早々と自分の友達と一緒に帰ったので、彼女がいる空間に一緒にいたいという願望を持つ生徒はそれが叶わないとなるとさっさと教室から出て行きそのまま帰宅してしまった。


 結果、最後まで教室に残った自分と美雪が担任からの頼みを引き受ける形となってしまったのだ。


 まぁ美雪も一つ返事で快く引き受けてたし、天使で妹な小梅が部活で帰りが遅くなるというので夕食の準備が多少遅くなっても問題は無い。担任教師も簡単に確認・準備だけしてあとは帰って良いとも言っていたから、最低限確認・準備し不足している物や不備がある物を報告するくらいで良いのだろう。


 しかし用具室に入って少ししか経っていないが、ここは空気の通りが悪く暑い。


 天井近くに小さな小窓はあるのだが、人の手で届くようなところには設置されていない。その他にも窓はないのでどうしても埃っぽさがあるのは否めないし、蒸し暑いのでじっとりとした汗を掻いている事も自覚していた。表情を窺うと涼しげな顔をしている美雪だが、おそらく彼女も自分と同様だろう。


 少し階段を下りて扉を開けると視界は真っ暗だった。これでは探すのも難しいので壁側にある照明の電源を付けると、そこにはカラーコーンや大きな看板、ビニール袋に包まれた鉄板やいくつもの机などがあった。

 文化祭や体育祭に必要な多くの用具品がすぐに見つかり、あとは確認・準備すれば目的が達成されそうなことに思わず笑みを浮かべ合う。



「思ったよりも簡単だったな。あとはざっと数を確認してから準備するだけかな?」

「だけど暮人、今日は確認だけで良いんじゃない? ここから必要な分を運び出すなんて二人だけじゃ非効率だし、そもそもこの量だと日が暮れちゃうよ。………あと先生思いつきな所があるし、準備のことだって案外夏休みあとでも良いかもよ?」

「………確かに大雑把な性格だからなぁ。もしかしたら自分の負担を減らそうって魂胆もあるのかも」



 自分で言っててその可能性は否定できなかった。生徒の自主性を重んじるとか、めんどくせぇとか言って、授業を自主にしたり係決めするときには生徒に丸投げするような女性ひとだ。正直女性の事を悪くは言いたくはないが、あれでは行き遅れるのも仕方がない事だと思う(34歳女性、彼氏募集中らしい)。

 ………あっ、なんか今寒気がした。このことを考えるのは止めよう。



「………よし、これであらかた確認オッケーかな。そっちはどう、美雪?」

「うん、ちょーっと机の表面が欠けてるところがあったけど、明日先生に報告すれば大丈夫だと思う。じゃ、もうそろそろ帰ろっか。………うわっ、もう五時三十分過ぎてるよ! だいぶ時間掛かったね!」



 え、とスマホの時間を確認すると確かにその時間だった。体感的にさほど時間はかかっていない感覚だったのだが、いつの間にかそんなに夢中になってしまったのだろうか。



 荷物は未だ教室の中。地下から用具室へと出ると、早く帰ろうと用具室の扉に手を掛けるが―――、



「あ、あれ?」

「どうしたの、暮人?」



 おかしい。これはスライド式の扉でここへ入室した際に閉めたのだが、いくら力を入れても扉が動かない。入る前にちらっと見た限り、内側には鍵はついていないが、外側には縦横につまむタイプのカギが付いていたことは記憶にある。

 つまり、だ。



「ね、ねぇ美雪」

「………? さっきからどうしたの? 開けないの? 私、ここ結構蒸し暑くて限界なんだよねー」

「も、しかしたら―――閉じ込められたかもしれない………!」

「………え?」




 ―――二人は気が付かない。暮人と美雪が地下に行って道具を確認している間に体育館の管理をしている先生が二人の存在に気が付かず鍵を掛けてしまい、既に帰宅している事を。

 担任教師が本日合コン故に急いでおり、その体育館管理者である先生に二人の存在を伝え忘れている事を。

 


 二人は顔を見合わせると、ギギギ、と壊れた人形のように顔を動かして扉の取手部分を見つめた。全身に冷や汗が伝おうとも、その場の湿った熱気が収まる事は無かった。



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