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 全員で二階にあるクルトの家のリビングに上がった。

 広いリビングは手前が応接間になっており、中央に重厚なテーブルとイスが置かれている。周囲は腰ぐらいの高さの棚で囲まれていて、それが向こう側にあるリビングとの仕切り代わりにもなっていた。

 その深い飴色の棚には色んな国の楽器や不気味な彫刻、針の曲がった時計など、一見ガラクタに見えるような物ばかりが無造作に飾られていた。ただよく見るとそれぞれ埃などがつかないようにちゃんと手入れされていて、一体雑なのか丁寧なのかよくわからない印象だった。


 一部棚がひらけているところから応接間を抜けると、すぐに三段ほどの小さな階段があり、その少し下がった先には明るく開放的なリビングが広がっている。

 部屋の南側は一面窓になっており、明るい日差しがさんさんと注ぎ込んでいた。一方反対側の北側の壁は上半分が窓、下半分は全てコレクション棚になっており、あらゆる飛行機の模型が大量に並べられていた。

 それらを初めて見たジルベール、エリック、アルバート、レイの4人は一気に歓声をあげた。


「これってもしかしてあの最新型のF-G676の模型!?すごい!」

 エリックがいち早く模型コレクションの中でも最も新しい一つに飛びついた。

「そうだ!すごいだろ。軍の知り合いから特別に頂戴したんだ。よくわかったな。」

 レイもそれを見て珍しく興奮を抑えきれない様子で早口でまくしたてた。

「わかりますよ、従来の機体から大幅に改良されて見た目もカラーリングも独特ですし。メルクシュナイダー社の製作で、世界でも最先端の機体を持つラスキア軍の最新型ですから、今まさに世界中が注目している機体ですよ。」

「…世界中の航空機ファンだけが注目している、の間違いだろ。」

ジルベールが冷静に突っ込みを入れる。

「いや、少なくともアトリアの住民はみんな知ってるさ。アトリアは世界一の航空機生産拠点だし、飛行機と共に発展してきた歴史を持っているんだから…」

 レイは誇らしげに反論し、それにクルトが静かに続けた。

「そうだな。前身であるホルシード王国の時代から、航空技術においてはずっと世界をリードしてきた。ラスキアの属州となってから言葉も文化も奪われたが、航空関連技術とエアレースだけは唯一のアトリアの伝統として残された。不幸中の幸いとでも言うべきかな。」

「でも…何で突然ラスキアに戦争を仕掛けたんだろう。より文明の発展していたラスキアに対抗しても勝ち目が無いことは分かりそうなことなのに。そこまでして領土を広げたいって思ったのが理解できないんだよな。」

 ハンスがぽつりとつぶやくと、クルトがそれに答えた。

「当時は国王による独裁主義で、その利権を享受していた周りは言いなりになって止めることができなかったんだろう。国民が戦況に気づいたときにはすでに敗戦の色が濃かった。植民地にされず属州として自治権を与えられただけでも良かったと言われているが…まぁ現状はそれもすでに形だけになってしまっているけどな。」

その言葉は少し寂しそうに聞こえた。すると反対にゾフィーが明るく声を掛けた。

「さぁ、ラトゥを温めなきゃ。おじさん、サラダも作っていい?少し台所借りるね。」

「ああ、もちろん。冷蔵庫にあるもの何でも使っていいぞ。ただし生のイシュー(玉ねぎ)は入れるなよ。」

「了解!相変わらずね。」

 ゾフィーは笑って返事をすると一人台所の方へ歩いて行った。他のみんなはクルトに模型の説明を聞きたがり、クルトはまるで自分がつくったかのように得意げにたくさん並んでいる各模型飛行機の設計や開発秘話を話し出した。


 そんな中、クリスだけが台所で作業をし始めたゾフィーを気にかけている様子だった。それに気づいたジルベールは慌ててさっと一人で台所に行き、思い切ってゾフィーに話しかけた。

「ゾフィー、俺も手伝うよ。一人で全員分作るのは大変だろ。」

ゾフィーは制服のブレザーを脱いでダイニングにあるイスにそれを掛けたところだった。

「ほんと?ありがとう。じゃあ一緒に野菜を切ってくれる?」

「ああ。」

 ジルベールは内心の嬉しさが表に出てしまわないように意識しながら、自分もブレザーを脱いでイスに掛けた。そしてシンクで丁寧に手を洗い、ゾフィーの横で包丁を持った。

 ゾフィーが冷蔵庫を覗き込んで適当に数種類の野菜を選んでまな板の横に並べると、ジルベールはそれらをさっとを掴んで切り出した。

「ジルベール、お料理するの?野菜の切り方とか知ってるんだ。」

「ああ、俺ん家は親父だけだし、普段は使用人が料理してくれてるんだけど、たまに自分でつくったりもするんだ。」

「そうなのね。うちと少し似てるね。」


 ゾフィーと何気ない話をしながら、ジルベールは自分の顔が赤くなってないか少し心配しつつも、手早く野菜を切った。そうしながらいつ話を切り出そうか頭の中でぐるぐると考えていたが、このチャンスを逃したらもう後は無いと思い、勇気を振り絞って口を開いた。

「…あのさ、ゾフィーは今度のシスレー社のパーティー、行くの?」

「え?」

 ゾフィーは火にかけたラトゥをかき混ぜながらジルベールの方を見た。

「いや、俺は親父の関係で行くんだけどさ、ゾフィーのお養父さんも議員だし、行くのかなって…。」

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