【ユーバ・アインスは守らない】

 世界の果てまで追いかけてくる気力があれば、とあの銀髪の女は――ユフィーリア・エイクトベルはそうやって大国を相手に啖呵たんかを切った。さすが巨大宗教団体に喧嘩を売っただけの度胸はあり、あれだけ緊張感漂う状況下において平然と挑発の言葉を並べ立てる彼女の様は見事だとユーバ・アインスは思った。

 今はフィオーラ城から脱出する手段を探して彷徨っている最中である。どうやら彼女、あれだけ啖呵を切ったのはいいが、脱出手段を考えていなかったらしい。


「馬車とか盗めないのかい?」

「勇者様専用にあつらえられた馬車とかねえのかよ!!」


 ユーリとユフィーリアが、やたらと絢爛豪華な廊下を突っ走りながら叫ぶ。

 だだっ広いせいで出口が見つからず、そうこうしているうちに追っ手がやってきてしまうという大惨事に見舞われた。気絶した勇者の少年を抱えるユーバ・アインスは、おたおたと右往左往している六人の仲間に提案する。


「【提案】城を破壊してもいいのであれば、適した兵装を展開して道を作るが」

「それだッ!!」

「オマエは馬鹿か!?」


 ユフィーリアがユーバ・アインスの提案に食いつき、常識人であるユーイルがその提案を却下する。


「なんで城を壊すんだよ!! 弁償とかになったら責任取れんのかオマエ!!」

「え、責任なんざこの世界の奴らに被せるに決まってんだろ。お前こそ馬鹿かよ」


 こんな馬鹿高い空間でものを壊せば責任問題が発生すると考えているのだろうが、果たしてそれは異世界からやってきたユーバ・アインスたち七人にも適用するものなのだろうか。

 ユフィーリアの本気の回答で、ユーイルは「ああ、そうか」と納得した。異世界からやってきたということを失念していたのだろうか。


「ならば、破壊するのはもったいないであろう。金目のものは空賊にくれてやれ」

「お、いいのかい?」


 ユノの言葉を受けたユーリが、赤い瞳をキラリンと輝かせる。金目のものに関してはユーバ・アインスも他の仲間も興味ないようで、彼女が金目のものを総取りすることに文句はなかった。唯一、ユフィーリアは「えー、俺も何個かくすねようかな」と呟いていたが、ユーシアが脇腹を小突いて黙らせていた。

 ホルスターから銀色の散弾銃を引き抜いたユーリは、品定めするように周辺をぐるりと見渡した。それから台座に乗せられていた高そうな壺に照準を合わせると、


「食らいな、シルヴァーナ!!」


 引き金を引く。

 おそらくシルヴァーナとは彼女の持つ銀色の散弾銃だろうが、なるほど、確かに彼女らしい名付け方だ。部品の境目が分からない、まるで玩具のような散弾銃の撃鉄が落ちると同時に、銃身がぐわりと縦に割れる。――まるで、獲物を見つけた獣のように、散弾銃がその顎を晒す。

 すると、壺がひとりでにふわりと浮かび上がり、散弾銃の中へと吸い込まれていった。壺を飲み込んだ散弾銃は元の大きさに戻るが、なにやらユーリは不満そうに眉根を寄せている。


「しけた金額だねェ。もう少し値打ちモンはないのかい?」

「どれもこれも一級品だと思いますが……」


 ユフィーリアに抱えられた状態のエッタがそんなことを呟くが、ユーリはやはりどこか不満げであった。


「あ、あ、あの!! ひ、人が追いかけてきます!! ユーリさんお早く!!」

「分かったよ。――ッたく、しょーもないお宝なんざ願いの一つにもなりゃしないよ」


 ぶつくさと文句を言いながらも、ユーリはちゃっかり金目のものは全て散弾銃に食わせた。まあ、きっとこれでいいのだろう。彼女は彼女なりに有効活用することだろうし。

 金目のものを全て回収し終えると、なにやら鋼色の甲冑を身につけた連中がぞろぞろとやってきた。全員して剣なり槍なりと武装していて、今にも突撃してきそうだった。

 誰かが動くより先に、ユーバ・アインスが動く。進路となる方向へ進み出ると、ユーバ・アインスの出方に警戒心を抱いた甲冑人間が、携えた武器を構えてユーバ・アインスへと突きつけてきた。


「【警告】そこを退かねば死ぬぞ」

「死んでも退かない!! 姫君を返せ!!」

「【展開】超電磁砲レールガン


 兵装を展開させたユーバ・アインスは、迷わず甲冑人間たちへ向かって『超電磁砲』をお見舞いしてやった。手加減という概念は、機械人形である彼の頭の中にはない。

 空間を引き裂く眩い光。絶叫が幾重にもなって城の廊下に響き、かろうじて回避した甲冑人間たちの上を『超電磁砲』の光線が通り過ぎていく。光線は壁を焼却し、通路を強制的に作り終えてから消えた。


「いやー、相変わらず清々しいねぇ」


 ユーシアがひゅうと下手くそな口笛を吹いて称賛するが、ユーバ・アインスは唖然とする甲冑人間の上を通り過ぎていく。

 それが彼にとって当たり前だと思ったからだ。


 ☆


 フィオーラ城の正面玄関までやってくると、ちょうどそこには一台の馬車が止まっていた。どうやら勇者の為にあつらえられた代物のようで、七人はこれを拝借することを決める。

 御者台にユフィーリアが座り、荷台にその他の全員が乗り込む。馬に鞭を打てば、ぶるるという嘶きのあとに、勢いよく前へ走り出した。


「おい、誰か城門を破壊しろ!!」

「【受諾】任務を開始する」


 抱えていた勇者はユーシアに任せ、ユーバ・アインスは御者台の横からもう一度『超電磁砲』の兵装を展開した。

 網膜を焼くほどの光線が頑丈そうな鉄扉を吹き飛ばし、馬車に乗った七人の勇者ならぬ七人に反逆者は脱出に成功した。城門を通り抜けると同時に、荷台から歓声が上がる。

 宣戦布告は終わった。

 あとは彼の王の威光が届かない最果ての地まで勇者とお姫様を送り届ければ、任務は完了だろう。

 ――そう思った矢先のこと。


「む、あ奴ら。大砲を使ってくるとは猪口才な」


 荷台から顔を出したユノが、後方を確認してその美貌を歪めた。

 見れば、確かに城の防衛機構として備えられた大砲が、一斉に逃げる馬車に向けられている。あれら全てが発砲されれば、馬車に乗る七人と勇者とお姫様は無事では済まないだろう。

 少しだけ考えたユーバ・アインスは、を使うことに決めた。


「【提案】当機があれらを破壊する」

「できるのかい?」


 ユーリの問いに対して、ユーバ・アインスは「【回答】可能だ」と告げる。

 それだけあれば、彼らはなにも言わなかった。全員から「じゃあ任せた」の言葉を受け取り、ユーバ・アインスは兵装の展開を開始する。


「【展開】戦国無双ツァイヘンべルーグ

 ――【許可】兵装の使用を許可します。


 自分の中に設けられた安全装置が、兵装の使用を許可してくれる。

 ユーバ・アインスの目の前にパキパキと音を立てて、白い壁のようなものが出現した。盾よりも分厚く、そして大きい。白い壁が馬車全体を覆い隠すと同時に、表面へドゴン!! という衝撃を受け取った。

 ダゴン、バゴン、と次々と砲丸が撃ち込まれて、そのたびに衝撃で馬車の荷台が俄かにざわめき出す。ユウに至っては耳を塞いで「きゃあああ!!」と甲高い悲鳴を上げていた。

 しかし、ユーバ・アインスは落ち着いていた。この兵装には絶大な信頼を寄せている。手に伝わってくる大砲の衝撃を受けながら、彼は演算を開始した。


 ――座標の入力を開始。

 ――威力は当該攻撃よりおよそ一〇〇倍に設定。

 ――座標の入力を完了。攻撃対象、フィオーラ城。

 ――攻撃を開始しますか?


 ユーバ・アインスの中で、すでに座標の入力から威力の設定まで終わっていた。

 この兵装は、与えられた攻撃を数倍にして返すものだ。演算方法を間違うとあらぬ方向へ攻撃が放たれてしまうので、気をつけなければならない。だからこそ、普段から自分で制限を課している。

 馬車を守る純白の壁が、ほろほろと崩壊する。ユーバ・アインスが演算した通りに、純白の壁が受けた攻撃がフィオーラ城へと反射される。――設定された通り、

 反射された攻撃が、フィオーラ城の見事な尖塔を破壊する。ガラガラと煉瓦が崩れてきて、わーわーと幾重にもなって絶叫が聞こえてくる。


「ははは!! すごいではないか、ユーバ・アインスよ!! あんな隠し玉を残しているとは思わなんだ!!」


 ユノが楽しそうに手を叩いて笑うが、ユーバ・アインスにはすでに彼女の言葉が届いていない。

 確かに自分で制限を課していると言った『戦国無双』だが、あまりにも計算することが多いのでユーバ・アインスの思考回路に多大な負荷がかかってしまうのだ。徐々に聴覚機能や視覚機能が失われていき、安全装置がもうすぐ機能を停止することを告げる。


「【謝罪】稼働時間を超過した。当機はこれより休眠状態に入る。【状況終了】」


 ぷつん、と視界が暗転する。

 遠くの方で、誰かがユーバ・アインスの名前を呼んだような気がした。

 ――あとは、彼らがやってくれるはずだ。

 別々の世界から呼び出された六人の仲間たちに行く末を託し、ユーバ・アインスの意識は深淵に沈む。

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