【その三】

「ところで疑問なのだが、宣戦布告とはどうすればいいのだ?」


 ふとした疑問を口にしたのは、男装少女――ユノである。すでに彼女の手には魔法の雷を操る魔槍が召喚されていて、手持ち無沙汰にくるくると回していた。

 すっかり巨大な国を相手取って戦争を起こす気でいた七人の勇者とお姫様は、素朴な疑問が生まれたことにより簡単にその戦意が萎んでしまう。お姫様の冠を脱ぎ捨てた少女――エッタは、頼るように七人の馬鹿野郎どもへ視線を投げた。

 彼らのうち、六人はそっと視線を逸らした。それもそのはず、七人は戦争経験者であるものの自分から誰かに喧嘩を売った覚えはないのだ。国を相手にして宣戦布告をしようにも、変なことをすれば馬鹿にされて終わるだけだ。


「なんだよ、お前ら。揃いも揃って、国を相手に戦争を仕掛けたことねえのか?」


 唯一、ユフィーリアだけが不思議そうに首を傾げていた。まるで「全員、一度は国を相手にして戦争ぐらい仕掛けたことあるだろ」ぐらいのノリである。


「いや、そういうお前さんはあるのかい?」

「あるよ。何度か」


 ユーシアの質問に対して、ユフィーリアはあっさりと肯定した。

 その場にいる全員が、今ユフィーリアの過去を根掘り葉掘り聞いてみたい気持ちに駆られたのは言うまでもないだろう。国を相手にして戦争を起こす状況って、一体どんなことをすれば陥るものだろうか。

 ユフィーリアはヘラヘラと笑いながら、


「まあ、こういうことは俺の上官が一番上手いんだけどな。国っつーか、超巨大な宗教団体を通じて全人類に喧嘩を売ったことはある」

「それ一体どんなことしたらそんな状況になるんだい」

「簡単な話だ。美人が神様の供物に捧げられるって名目で殺されそうになってたから、ただ助けただけ。美人が泣きながら『もっと生きたい』って言うんだ、そりゃあ全人類を敵に回してでも助けるだろ」


 ――なかなか深刻な状況だった。

 どんよりと重くなる空気を払拭するように、ユフィーリアが「まあそんな話は置いといて」と無理やり話題を切り替える。


「目的の勇者様は城にいるんだよな? だったらユウ坊、空間転移とかでスパッと城に飛べねえか?」

「え、で、できるかもしれませんが……あの、どうするおつもりで?」

「宣戦布告は頂点に座する奴を煽った方が早い。下っ端を煽ったところで戦争にはならねえよ」


 ニィと美人にあるまじき凶悪な笑みを浮かべた彼女は、「まあ見てろって」と自身たっぷりに言う。


「勇者様を掻っ攫って戦争を起こしゃいいんだろ。応戦するのはお前らの得意分野だろうが」


 ☆


 最強の魔法使いたるユウ・フィーネの腕前であれば、大人数での空間転移など造作もない訳である。

 というわけで、あっという間にアウシュビッツ城から遠く離れたエッタの実家であるフィオーラ城の玉座の間まで空間転移した異世界の七人とお姫様は、これから宣戦布告をすることに少しだけビクビクとしている様子だった。


「やい、ユフィーリア・エイクトベルよ。貴様が宣戦布告を行うがいい、我輩は後ろで見物させてもらうとしよう」

「へいへい。ああ、お姫様は奪われないように気をつけとけよ」


 ユノに脇腹を小突かれたユフィーリアが、玉座に座る壮年の男の前まで歩み出る。雛壇の上に据えられた絢爛豪華な玉座に座る男には一国の長たる威厳があり、煌びやかな装束や王冠にも負けない威圧感が漂っていた。

 そして彼のすぐそばには、見慣れない少年がいる。動きやすそうな綿のシャツと麻のズボン、それから布の靴という如何にも平民の出であると分かるような格好だ。だが、少年の手には煌びやかな剣が握られていて、おそらく魔法の加護が付与された国宝なのだろう。

 ユフィーリアは、一瞬だけ背後にいる仲間とお姫様に視線を投げた。ユーシアが「そいつが勇者様だ」と口パクで伝え、エッタがそれに同意するようにコクコクと頷いた。


「――えー、ご機嫌麗しゅうございます。どうも、アウシュビッツ城の戦争を終結させました勇者です」


 手始めに恭しくお辞儀をして、ユフィーリアは仰々しい口上を述べた。

 玉座の間にいる全員が、俄かにざわめいた。仲間たちも「何言ってんだあいつ」なんて言ってたりしていたが、王様たる男は歓喜に声を震わせた。


「おお、おお。其方が、我が娘を……」

「ええ。姫君なら無事に保護いたしました」


 先ほどまでの軽薄な口調とは打って変わって、ユフィーリアは礼儀正しく王様と接する。はた目からすれば、確かに戦争を終結させた勇者然としていようか。

 しかし、彼女はこれから宣戦布告をしなければならないのだ。

 なのにわざわざ戦争を終結させて、お姫様を無事に保護したことを告げてなにをしようと言うのか。


「ああ、ヴィオレッタ。無事でなによりだ」

「……お、お父様……」


 ユーシアの陰に隠れていたエッタが、おずおずと前に進み出てくる。

 玉座に座る王様は安堵の表情を浮かべるが、ユフィーリアの「あの」という言葉で胡乱うろんげに視線を銀髪の女へと投げる。


「我々がお姫様をお救いいたしました。命を懸けて娘さんを救った我々に、なにか褒美っつーモンはねえのかこの腐れジジイ」


 後半にかけてついに礼儀正しい口調が崩壊したユフィーリアは、ガシガシと銀髪を乱暴に掻き毟って「あーッ!! 気持ち悪い!!」と叫んだ。


「なにこの口調!! 超頑張ってみたけど、なにこの気持ち悪い言葉!? やだわ俺じゃないこんなの俺じゃない!!」

「貴様……私を誰だと心得る」

「ただのおっさん」


 ボサボサになった銀髪を適当に手櫛で整えた彼女は、やれやれと肩を竦めて雛壇を上っていく。周囲にいた近衛兵が槍を構えて、「無礼だぞ!!」「なにをしている!!」と口々に叫んだ。

 その全ての制止の言葉を無視したユフィーリアは、ついに雛壇の上に据えられた玉座にまで到達する。座ったまま動こうとしない王様に、ユフィーリアはにっこりと笑いかけた。


「改めまして、ご機嫌ようクソジジイ。これよりお前と戦争する反逆者でぇーす」


 馬鹿にしたような口ぶりに、国王たる男は言葉を飲み込んだ。

 彼は悟ったのだろう――下手に刺激をすれば、自分の命が危ないと。


「お前は随分と薄情な奴だなァ。家族が帰ってきてくれれば、娘を命懸けで救った勇者様にはご褒美の一つもくれねえのか。家族想いは大変結構だが、それだと余計に敵を作るぜ」

「な、何が言いたい」

「黙ってろよ口がくせえんだよ開くな閉じろクソジジイ。おい、一体いつ誰がお前に発言を許した?」


 外套の内側からマスケット銃を引き抜いたユフィーリアは、その銃口を王様に咥えさせる。恐怖に震える王様を愉悦の表情で見下ろしたユフィーリアは、「あー、いいねェその顔。唆られるわ」と恍惚と言う。


「いいか。俺らに要求はない。ただ助けたお姫様を人質にとって、お前と喧嘩をしようって訳だ。今回ここにきたのも、お前の娘を見せびらかしにきただけであって、お前に娘を返してやるつもりは毛頭ない」

「ッ!!」


 王様が顔を真っ赤にするが、口に捻じ込まれた銃口の存在に気づいて大人しくなる。

 そのまま拳でも振り翳して暴れようものなら殺してやろうかとも考えたが、大人しくなった国王様に「よしよし、いい子だな」とユフィーリアは褒めてやる。


「なんだ、不満そうだな。だったら力づくでも奪い返せばいいだろ。戦争っていうのはそういうモンだ。侵略し、略奪し、支配する。娘を返してほしければ殴りかかってきたらどうだよお父様?」

「ふぐぐ、ぐぅぅ」

「ごめんねェ、なに言ってるか分かんねえわ。ほら俺ってば学がないからさァ。王様の言葉って難しいよねェ」


 あっはっはっは、となにが楽しいのか笑ったユフィーリアは、王様の口からマスケット銃を引き抜いて外套の内側にしまい込む。

 激しく咳き込んだ王様は、ギロリとユフィーリアを睨みつけていた。その反抗的な目がまた堪らず、ユフィーリアは引き裂くような笑みでもって応じる。


「あれあれ、なにかな。なんでそんな反抗的な態度をとるのかな? おっと、今まさにここで反逆者を始末しようってお考えですか? いやー、やめておいた方がいいぜ。俺ってばめちゃくちゃ強いよ?」


 そう言って。

 ユフィーリアは、振り向きざまに切断術を発動させた。

 その視線の先にあったのは、玉座の間の天井に吊り下がっていたシャンデリアである。ぶつりと頑丈そうな鎖が切れて、シャンデリアが床に叩きつけられて粉々に割れる。


「城ぐらいなら一太刀でいけると思うんだけど、どうしようか。次は王様、お前の首でも刎ねて門前にでも飾ってやろうか」


 煌めく薄青の刃を震える王様の喉元に突きつけて、ユフィーリアは首を傾げた。だが、相手からの反応はなく、仕方がないので刀を引っ込めた。


「まあ、ともあれ。俺らの要求は伝えたぜ。お前の娘を返してほしければ、力づくでも奪いにきてみろ。俺らは全力で、お前の力を捩じ伏せるけどな」


 黒い外套の裾を翻して、ユフィーリアは雛壇を下りてくる。

 何故か仲間たちは非難の視線を一斉にユフィーリアへと突き刺していて、見事に挑発を終えたユフィーリアは「なんだよ」と不満げに唇を尖らせる。


「ありったけ挑発したんだからいいだろ」

「馬鹿かオマエ、戦意を削いでどうすんだよ」


 ユーイルのツッコミがユフィーリアの脳天に炸裂し、堪らずユフィーリアは「イッテェ!!」と叫んだ。


「いやいや、あれで釣られるって。あとは逃げるだけ逃げるだけっと」

「――待て!!」


 お姫様を連れ去ろうとしていた七人は、不意に呼び止められて振り返った。

 そういえば、あの勇者をそっちのけで宣戦布告という名の好き勝手に挑発していたが、相手が突っかかってくるのは当然な訳で。


「あれ、勇者様じゃねーですか。なんだよ、お姫様を返せって?」

「そうだ。当然だろう!!」


 堂々と胸を張る勇者の少年は、魔法の剣を抜こうとした。

 その前に、ユーシアがユウの肩を支えにして、相手を眠らせる効果を仕込んだ銃弾を眉間に叩き込む。相手を殺傷する力はないので、眉間を赤くした勇者はそのまま眠ってしまった。


「これ以上、お前さんに任せておくと俺たち盗賊みたいな感じになっちゃうから」

「何言ってんだ、世界中を相手取って反逆するんだぜ。それぐらいの気概は見せろよ根性なし」


 ユフィーリアはユーシアの脇腹を軽く小突くと、


「さあ、お前ら!! お姫様を返してほしければかかってこい!! 世界の果てまで追いかけてくる気力があればな!!」


 最後の最後まで挑発をしたユフィーリアは、エッタを抱えて風のように走り出す。玉座の間から飛び出した彼女は、壊れたようにケタケタと笑った。

 いやもう宣戦布告なんてどうしていいのか、正直分からなかった。分からなかったので好き勝手やらせてもらったが、まさかこんなことになるとは。


「口が回るってのも考えものだよな本当に!!」

「で、でも」


 ユフィーリアにしがみついたエッタは、


「爽快だったわ。お父様があんなに怯えるなんて」

「お姫様のお眼鏡に叶ったようでなによりだ。――あ」


 しばらく王城の中を走り回っていたユフィーリアだが、残りの六人と気絶した勇者を置いてきたことを忘れていた。


「あいつら忘れてた」

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