第二章【早速の大将】

「いやー、すげえな。宝の山じゃねえか」


 清々しい表情と軽やかな足取りで血に濡れた廊下を突き進むユフィーリアは、ずるずると大蛇の尻尾を掴んで引きずっている。先程、王冠めいた角を持つ大蛇がいたが、それの死体を軽々と引きずっている訳である。

 異世界の怪物が目白押しだったが、誰も彼もユフィーリアに敵うことなく死んでいった。赤子の手を捻るかのように次々と怪物の屍を積み重ねていったユフィーリアは、元の世界に帰ったら売ろうと決めて外套の内側に売れそうな部分を大量に潜ませた。ちなみにこうして大蛇の死体を引きずっているのは、よく子供がやる立派な木の棒を剣や杖の代わりにして持ち歩く感覚と同じである。

 鼻歌交じりに突き進むユフィーリアは、ふと廊下の奥に階段が伸びていることに気がついた。薄暗い中に沈む階段を見つけたユフィーリアは、青い瞳をキラリと輝かせた。


「ほーう、上の階層に行けるのか。そういや、さっきの玄関ホールに螺旋階段あったよな」


 あれで上を目指せることができるが、そうしてしまうと怪物どもの死体を金儲けに使えなくなってしまう。元の道を戻ることも考えたが、面倒なので目の前の階段から上層を目指すことに決めた。

 引きずっている大蛇の死体を放り捨て、ユフィーリアは階段を上り始める。罠の類は仕掛けられている様子はなく、カツンコツンという足音が静かに響く。


「次の階層はなにが待ってるのかなっと」


 地下から地上へ繋がる階段より短い階段を上り終えようとしたところで、ユフィーリアは何者かが通り過ぎるような足音を聞いた。ガシャン、ガシャンと一歩一歩が金属めいた音を奏でている。――間違いなく、鎧を着て巡回しているのだろう。

 階段の壁に張りついて辿り着いた上層の様子を伺うと、壁から伸びた燭台しょくだいの炎を反射して黒い甲冑が何人か歩いていた。歩いていく方向は全員同じで、気持ちが悪いくらいに足並みが揃っている。


「……あー、あいつら外で戦ってた連中か」


 つまり、あれが予備戦力ということになるのだろう。

 ふむ、と少しだけ考えたユフィーリアは、特になにもすることなく身を潜めていた階段の壁から離れた。廊下に足を踏み入れた途端、一斉に黒い鎧の集団がユフィーリアへと振り返る。

 一糸乱れぬ動きに若干引きながらも、ユフィーリアは笑みを絶やさずに言う。


「こんにちは。ところで、お前らの上官はどこにいる?」

「侵入者だ捕らえろ!!」

「おっと他人の話を聞かない馬鹿野郎の集団だったか」


 やれやれと肩を竦めたユフィーリアは、腰から佩いた大太刀を抜くことはなく、静かに拳を構えた。一番近くにいた黒い鎧が殴りかかってくるが、素早く懐に潜り込んで無防備な胴体部に拳を突き刺す。

 大蛇の死体を棒切れのように軽々と引きずり回すほどの剛腕を持つユフィーリアの拳に、黒い鎧の方が耐えられる訳がなかった。ぶん殴られた胴体部を中心として亀裂が広がっていき、最終的に腹に風穴を開けて崩れ落ちた。

 ぽっかりと開いた穴の向こうには、。首を傾げたユフィーリアは、黒い鎧の兜を引き剥がす。


「ほーう、なるほど。魔力駆動の鎧って訳か」


 引き剥がした兜の下に、人間らしい顔はなかった。ぽっかりと空洞があるだけで、最初からこの鎧の中には人間はいなかったのだ。

 ユフィーリアは兜を指に引っかけて揺らすと、ポイと放り捨てた。遠くの方でガシャンという音を背中で聞きながら、戦慄した様子で立ち尽くす鎧の集団に満面の笑みを浮かべてみせる。


「俺に刀を抜かせることができりゃ褒めてやるよ」


 まあ、無理だと思うけどな。

 口の中だけで呟いたユフィーリアは、次々と襲いかかってくる鎧の集団に素手で対抗した。中には剣を扱ってくる奴もいたが、ユフィーリアは剣を叩き折った上で殴って行動不能にさせた。

 誰もユフィーリアを止めることなどできやしない。そもそも生身の人間では対抗できないほどの怪物どもを悉く潰してきた彼女に、素手で対抗しようという考えがもはや無謀である。

 殴りかかってきた鎧の腕を掴んで壁に叩きつけ、背後から現れた鎧には肘鉄を食らわせた上で足底で蹴り飛ばす。腰に体当たりを仕掛けてきた鎧には兜を殴って吹っ飛ばし、首がなくなりぽっかりと開いた穴に腕を突っ込んで引き剥がす。バタバタと暴れる鎧を問答無用でぶん投げて、増援に来たらしい鎧の集団に突っ込んだ。


「しっかし、ちょろいなこいつら。なーんで外の奴らはこんな雑魚に勝てなかったんだ?」


 もしかして、あんまり鍛えてなかったのかと頓珍漢なことを言い始める始末である。

 華もなにもない、ただ殴って蹴ってぶん投げるという極めて原始的な戦法で、ユフィーリアは大量にいた魔力によって動く鎧の群れを撃破した。廊下一面を埋め尽くすぐらいの数がいたのに、彼女は息切れ一つせずに全て殲滅した。

 動かなくなった鎧をガッシャンガッシャンと蹴飛ばしながら進んでいくと、なにやら仰々しい意匠の扉が現れる。


「なんだここ、もう大将の部屋にきたのか」


 観音開き式の扉はかんぬきと頑丈そうな錠前によって封じられていて、鍵がなければ扉を開けることはできない。

 だが、鎧の群れを素手だけで切り抜けたユフィーリアに、今更錠前と閂による封印など意味はない。案の定、軽く捻っただけで壊れてしまった錠前をポイと捨てて、閂も外してユフィーリアは扉を開く。

 扉が開いた瞬間、ぶわりと埃っぽい臭いが鼻孔を掠めた。顔を顰めたユフィーリアが見たものは、


「なんだこれ、剣? あと槍とか……武器の山か」


 雑な様子で木箱に突き刺さった剣に、部屋の隅へ追いやられた騎士槍ランスや鎌などの長柄。頑丈そうな盾は床に転がり、巨大な金槌や弓矢などが大量に放置されていた。

 どうやら武器庫のようであるその部屋をぐるりと見渡して、ユフィーリアは試しに木箱に突き刺さった剣を抜いてみる。鋼色の刀身にはこれでもかと幾何学模様が刻み込まれていて、おそらく魔力を流し込んで使うのだろうが、残念ながらユフィーリア自身に魔力はないのでただのガラクタである。

 ぶんぶんと適当に振り回して、ユフィーリアは「軽すぎるな」と言って木箱の中に戻した。どうせ魔力がなければこれらの武器は動かせないので、どれもこれも彼女にとってはガラクタだ。


「まあいいや、あの空賊のお嬢さんに会ったら教えようっと」


 武器庫から出たユフィーリアを出迎えたのは、いやに揃った大量の足音だった。頭がおかしくなるのではないかと思うぐらいにガシャンガシャンと、確実にこちらへ向かってくる。

 動かなくなった鎧が無数に転がる廊下へ、さらに大量の鎧の軍勢が押し寄せてくる。どうやら上の階層にいた鎧たちが、仲間の危機に駆けつけたようだった。転がる仲間の残骸を見てガチャガチャと喧しく騒ぎ立て、ユフィーリアは耳の穴を指先でぐりぐりと掃除しながら欠伸をする。


「で、なに。侵入者だ捕らえろってか」

「侵入者」

「侵入者だ」

「捕らえろ」

「殺せ」

「思ったけど、お前らどっから声出してんだよ」


 そういえば、なんかおとぎ話やら創作物の世界では、魔力で動くものは大体自我を持っててペラペラと喋っていなかったか。ああいう類のものか、とユフィーリアは理解する。

 どっと一斉に襲いかかってきた黒い鎧の集団に、ユフィーリアはやはり拳一つで立ち向かうのだった。


 ☆


「お、最上階か」


 鎧の残骸を手持ち無沙汰に引きずりながら、ユフィーリアはとうとうアウシュビッツ城の最上階までやってきた。

 どうやら最初の玄関ホールにあった螺旋階段を使えばこの最上階まで最短距離で行けたようだが、ユフィーリアには予備戦力を潰すという使命があったので「へー、ここからも行けるのか」などと感心していた。

 最上階は玉座の間のようである。

 高い天井に冷たい石の床は埃が落ちていない。部屋の最奥にある雛壇には玉座が置かれていて、不在である城の主人の帰りを今か今かと待ち構えている。

 その玉座の前にひざまずく、壮年の男が一人。真っ黒な鎧を着込み、静かに誰もいない玉座へかしずくその様は騎士のようだ。

 ピクリとも動かない壮年の男の背中に、ユフィーリアは軽薄な態度で呼びかける。


「おーい、おっさん。ここの城の大将?」

「――待ち侘びたぞ、勇者よ」


 壮年の男が瞳を開き、ユフィーリアへと振り返る。

 睨みつけられているだけで威圧感がひしひしと伝わってくるのだが、ユフィーリアはどこ吹く風で応じた。


「お前を倒せば終わりってこと?」

「倒せるものならば」

「お、言うねェ。売られた喧嘩は借金してでも買う性格だぜ、俺は」


 ニィと口の端を吊り上げたユフィーリアは、腰に佩いた大太刀の鯉口を切る。壮年の男もユフィーリアが戦いに応じると見るや、禍々しい色合いの剣をすらりと抜いた。

 相対する二人の間に、緊張感が走る。先に口を開いたのは、壮年の男の方だった。


「勇者よ、名はなんと言う?」

「あー、そうだな。所属を言ったところで、覚えてもらえるかどうか微妙だしなァ……」


 少し考えてから、ユフィーリアは冥土の土産として壮年の男に名を告げる。


「【銀月鬼ギンゲツキ】ユフィーリア・エイクトベル。そう覚えて死んでくれ」

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