老人への転生 ~余命一年からの成り上がり~

大根入道

第1話 プロローグ

 

「とっとと片付けろ!」

 酒場の店主のどなり声が響いた。

「……はい」

 よろろとした老人の男が床に散らばった皿や食べ残しを箒でかき集める。

 六十代目前のその男は最近体調を崩しており、作業の動きは遅い。

「邪魔」

 ドンッと給仕の女がぶつかるが、ふらつき倒れそうな老人には目もくれない。

「さっさとしろ!」

「……はい」

 

 老人がボロボロの住処に帰ったのは深夜を過ぎてからだった。

 くたくたの身体を固いベットに横たえる。

 胸が苦しく、身体中が痛みを訴える。

 痛みに蝕まれながらも、それでも溜まった疲労の為、老人は眠りに落ちた。

 

 昼が過ぎた時間。

「はぁはぁはぁ」

 胸を抑えながら老人はベットから降りた。

 這う様にして澱んだ水甕の水を飲み、ふらふらと務める酒場へと向かう。

 

「クビだ」

 老人をちらりと見た酒場の店主はそう告げた。

「……何で、ですか」

「もうここの仕事はお前には無理だ。居たって邪魔なんだよ」

「どうか、どうかクビは勘弁して下さい。働きます。一生懸命働きますから」

 店主へ縋り付こうとするする老人へ、従業員の男が蹴りを入れる。

「ゴハッ」

 老人は蹲り痛みに嗚咽する。

「このゴミ捨ててきましょうか」

「そうしてくれ」

 男につまみだされた老人は道へと放り出される。

 蹲る老人を通行人は避けて通る。

 人通りの真ん中で、這いずりながら老人は道の端へと逃げて行った。

 

「もし、大丈夫ですか」

 僧侶の服を着た少女が老人に回復の魔法を掛けた。

「あ、ありがとう」

「いいえ」

 少女の魔法によって酒場の男に蹴られた痛みが引いていく。

「ゴホ、ゴホ」

 それでも胸の苦しみは消えない。

「よろしければ神殿までお連れします」

「ありがとう」

 少女に肩を貸してもらい、老人は神殿へと歩いて行った。

 

「あなたはあと一年で死にます」

 老人を看た司祭の男はそう告げた。

 死が間近にあると知らされて、しかし老人は悲しくは無かった。

 もう死ぬだろう事は何となく解っていたからだ。

「救貧院を紹介します。そこであなたの余生をお過ごしください」


 ベットと机だけが置かれた部屋。

 老人はただ天井を見上げていた。

 もう人生が終わる、それを自覚しても何も感じなかった。

 かつては冒険者だった。

 ずっとD級のままだったが、それでもよかった。

 必要とされていると感じたから。

 冒険者を引退してもその日暮らしだった。

 そして気が付けば、この場所にいた。

(もう終る)

 何度も思った。

「もう死ぬのか」

 そう口にした時に涙が零れた。

「うわあああああ」

 止まる事無く、涙は零れ続けた。

 

 救貧院の部屋を出た。

 ふらつく足で歩いた。

 流れ行く人の片隅を歩き続けた。

 

 城門を出て、道を歩き、森を進む。

 人には会わず、魔獣には襲われなかった。

 

 朝が昼になり、昼が夜になった。

 切り立った崖に着いた。

 そこらか老人は飛び降りた。

 

 いなくなった老人を探す者はいなかった。

 

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