異世界勇者の冒険譚

エムックス

プロローグ 裸の少年

 それは風呂に入っている時に突然訪れた。

 如月一真きさらぎかずまは東京の高校に通う何処にでもいる少年である。

 一年前に友人に誘われて入った剣道部にも馴れ、その日も遅くまで学校で汗を流していた。


 そして、帰宅早々にいつも通りに入浴することにしたのだ。残念なことに一真の高校にシャワー設備はないのだ。

 汗も臭いも気になる。食事前にきれいするのが習慣だ。


 脱衣所で全裸となり、浴室に入り身体を洗う。

 シャワーで全身の泡を流すと、湯気が立つ浴槽に入る。


 心地よい温かさに疲れと緊張が身体から溶け出すような感覚に身を委ねながら、浴槽の縁に背を持たれかけ、息をついたその瞬間だった。


 突然視界が眩しい光に包まれて何も見えなくなった、と思った直後、暗転する。

 背中の支えがなくなり後ろに倒れそうになると同時に、素肌のお尻に痛みを感じる。

 倒れまいと両手をついて足に力を入れた。

 全裸で開脚する、ちょっと恥ずかしい姿になった。


 頭は混乱している、事態と自分のいる場所がどこなのかを把握する前に、眼前に人の姿が見えた。


 誰だ?と思ったと同時に甲高い悲鳴が上がった。

 一真の前には三人の女の子がいた。

「お、お、お前っ!な、何て格好をしてるんだっ!」

 その中の一人が一真を指差しながら言う。真っ赤な髪をした可愛いと言うよりは綺麗な容姿をした少女だが、その顔を髪の色に負けないくらい赤らめながら、一真から視線を逸らしている。

「ご、ごめん!」

 謝りながら一真は股間を両手で隠しながら、正座をする。ゴツゴツとした岩のような床に脛に痛みを感じながら、少女たちを見上げた。


 声をかけてきた赤い髪の少女はまるで中世世界を舞台にしたようなゲームに出てくる騎士のような簡易な鎧を身に付けた騎士のように見える。

 その少女だけではない。


「酷いですぅ…………あんなもの見せるなんて、私初めてだったのにぃ………」


 赤い髪の少女の横に座り込んでいる黒いローブをまとった黒髪の少女は、見たくないものを見てしまったショックだろうか、えぐえぐとしゃくりながら涙を流している。

 その姿はまるでゲームに出てくる魔法使いのよう。

 話し方も舌足らずで幼く見える。一真より一つか二つは年下のようだった。


 もう一人はその少女と対照的な白い服を着た金髪の少女だ。

 こちらは神官と言ったところか。

 ただ、恥ずかしがっている赤い髪の少女や、泣いている黒髪の少女と違って、一真の裸を見ても全く動じていない。

 それどころか汚物を見るような目で一真を見下ろしていた。


 更に、今は両手に包まれている股間を見つめながら「小さかった……」と逆に一真が何気にショックを受ける言葉を呟いている。


「君たち一体誰だ?それにここはどこ?」

 改めて三人の少女を見る。三人の姿はコスプレのようには見えなかった。汚いと言うわけではないが、服は長く着込まれたようにくたびれた様子だ。


 武器らしきものも身に付けている。赤い髪の少女は腰に剣を、黒髪と金髪の少女はそれぞれ杖を持っている。

 作り物に見えなくもないが、やけにリアリティがあった。


 周りを見渡すとここは洞窟のような場所に見える。床や壁は平らにならされているが、天井はむき出しの岩が見える。

 広さは学校の教室二部屋といったところか。

 不思議なのは灯りらしきものがないのに部屋全体が青白く光っていて暗くないということだった。


「ここは遺跡の中よ、一月前に私達が見つけたの」

 赤い髪の少女がちらちらと一真を見たり見なかったりしながら言った。

 その顔は羞恥からかまだ赤い。

「遺跡………?」

「そう、ここはその遺跡の最深部。後ろに石碑があるでしょう」

 言われて一真は振り返る。そこに小さな石碑があり文字が刻まれている。

「その古代文字を解読したら、この世のものではない物を呼び出せると書いてあることがわかったから、今日それを召喚する儀式をおこなったのよ」

 少女の説明を聞きながら一真は石碑の文字に目を走らせた。

 古代文字……?そんな馬鹿な。


「これ日本語じゃないか」

「貴方、それを読めるの?」

「読めるも何も、だから日本語じゃないか」

 苛立ちを感じながら少女たちに振り返る。少女たちは何を言ってるのか分からないと言うような表情を見せた。


 そう、石碑の文字は一真の見慣れた日本語が刻まれていたのだ。

 それも古い言葉でもなく、現代口語であった。

「君達もしかして文字が読めないのか?」

 その言葉に反応したのは金髪の少女だった。

 相も変わらず侮蔑の視線をしていたが、それに怒りがプラスされた。


「おい、てめえ随分と舐めたこと言ってくれるじゃねーか」

 一真はその乱暴な口調に思考が一瞬停止した。

「私は神殿で文字を習ってるし、こっちの二人は貴族様だぞ?一般教養として文字を知らねーわけねーだろーが」

 金髪の少女は吐き捨てるように言った。神殿と言うからには思った通り神官なのだろうか。

 しかし服装と如何にも神官というような慈悲深さを感じさせる美貌と言葉遣いのギャップが激しい。

 いや、目付きがやけに鋭い。金髪というのも相まって一昔前のヤンキー少女を思わせた。


「でも君達、日本語喋ってるじゃないか。日本語話してるのに」

 一真の言葉に、三人の少女たちは互いの顔を見合わせ首をかしげる。

 黒髪の少女もいつの間にか泣き止んでいた。


 その黒髪の少女がおずおずと言った。

「私達はずっとラスティル語を話してますぅ……。貴方だってラスティル語を話してるじゃないですかぁ……」

「ラスティル語?」

 いよいよ何がなんたが完全にわからなくなってくる。

 ラスティル語なんて言語は存在するのか?自分が知らないだけか?

 いや、それを抜きにしてもこの女の子達の格好はなんだ。

 そしてこの場所。遺跡と言うがその石碑に古代文字だというのに日本語が使われている。

 ここはもしかして遥かな未来の世界なのか。だから古代語の日本語があるとか?


 そうでなければ………。


 自分は漫画やアニメでよくあるような異世界召喚をされたのではないだろうか。


 全裸で。


 愕然としながら一真は三人の少女を見た。その一真を見て、赤い髪の少女と黒髪の少女が少しだけ心配そうな顔を見せた。

 それくらい一真の表情が深刻に見えたのだろう。


 この時から如月一真の長い旅が始まるのだった。



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