第4話 新入社員がやってきた

「今日は新入社員を紹介するぞ」

 集まった僕たちの前で社長は言った。


 前に立っているのは社長ともう一人、ちょっと緊張した面持ちの弓村さんだった。彼女は僕の先輩だから新入社員ではあり得ないのだが。あれ、もしかして、今まで社員じゃなかったのだろうか。


 もちろん、そんな訳はなかった。

 弓村さんは手に段ボール箱を抱えている。

 新入社員は、そっちだった。


「…みゃう、…みゃう」

 中から鳴き声がしている。どうやら一匹ではない。

 この社長、また仔猫を拾ってきたらしい。


 ☆


「どうするんです、発電室につれて行くんですか?」

 僕は段ボール箱を持たされ、弓村さんの後に続く。箱の中には4匹の仔猫が身を寄せ合ってみーみー鳴いている。


「ううん。まずは健康診断だね。いろんな予防接種も必要だし」


「注射だってさ。痛いぞー」

 ネコに話しかけると、一斉に、シャーと威嚇された。



「先生、お願いします」

 付属診療所に入ると、奥から白衣の女性が出てきた。弓村さんの同期で、佐久保さんという若い獣医さんだ。

「あら可愛い。わたし好みだね、キミ」

 なぜか佐久保さんと目が合った。うろたえる僕を見て、にやりと笑う。


「やめてよ、凪瀬くんは私の後輩なんだから。みて欲しいのはネコの方だよ」

「おいおい冗談に決まってるだろ。ムキになるなよ、弓っち。心配しなくても取りゃしないからさ」

 くすくす笑う佐久保さん。


「と、取るとか、そ、そんな意味じゃないから」

「分ってるよ、初めて出来た後輩かれしだものね。うききき」

「ルビの振り方がおかしいでしょ!」

 弓村さんは赤くなって否定している。


 仔猫たちを預けて診療所を出る。

「もう、佐久保には困ったものだよ。凪瀬くんみたいな若い子をみると、ああやってちょっかいを掛けたがるんだから。ほとんどセクハラだよね」

 僕は、ははは、と苦笑いを返す。

 でも、なんだか誤解があるようだ。


「たぶん弓村さんや佐久保さんより、僕の方が年上だと思うんですが」

「は? 何いってるの」

「転職して中途入社ですから、僕」


 え、えええーっ!

 僕の年齢を聞いた弓村さんは大声をあげた。

「嘘でしょ、わたしよりそんなに上なの? いや、上なんですか、その顔で」

 童顔だとはよく言われる。それに年上といっても2才ほどだが。


「そうか、凪瀬くんはちゃんとした電力会社からの転職組だったものね」

「いや……ここも、ちゃんとした電力会社なのでは」

「ああ。でも、まあ、ここはね」

 言葉を濁す弓村さん。

「でも、そうか。普段プライベートのことなんか、全然話したこと無かったものね」


 そこで弓村さんは照れたような表情になった。

「凪瀬くんに敬語使うのは、やっぱり変な感じだから、普通でいい?」

「それは構わないですけど」

 わたしって理系だから、実は敬語ってよく知らないのよ。そう言って弓村さんは先を歩いて行く。


 ☆


「管制室へ帰るんじゃないんですか」

 弓村さんはエレベータに乗らず、建物の反対側に向っていた。

「まだ時間はあるしね。せっかくだから、お茶飲もうよ。休憩、休憩」


 この『Ao-nekoでんりょく株式会社』の本社棟にはネコカフェが併設されている。発電担当のネコたちの中からローテーションで何匹かがこの店に配属になっているのだ。すぐに僕たちにすり寄ってくる。


「ここのコーヒーって美味しいよね。きっと街中のお店にもひけは取らないよ」

 弓村さんはカップを手に、嬉しそうに笑っている。

 たしかに、メニューには何種類もの豆の名前が並んでいるけれど、どれを飲んでも同じ味に思えるのは気のせいだろうか。

 膝の上の三毛猫を撫でながら、僕は思った。


 メニューには軽食もあった。その中には焼き魚定食とか刺身定食もあるのだが、いつ来ても『SOLD-OUT』とシールが貼ってあるので、まだ注文したことはない。


「せっかく作っても、お客さんに出す前にこの子たちに食べられちゃうんだよね」

 カウンターの中で、本気とも冗談ともつかない口調でマスターが言った。


 ☆


「さあ、帰りましょうか。午後からは大規模に送電系統を変更して、設備の改修工事があるからね。凪瀬くんも、ちゃんと手順を理解しておいてね」


 経年劣化してくる電柱とかケーブルの取り替えをするための工事だった。

 その際にはどうしても停電が必要なのだが、事前に送電系統を切り替えて、停電するエリアが出来るだけ小さくなるような操作をしておくのだ。

 これは全て管制室からの遠隔操作で行う。つまり僕たちの仕事だった。


「切り替え手順を間違えて、変な所を停電させたりしたら……」

 弓村さんはびしっと僕を指差した。

「ただじゃ置かないから」


 そう言って、弓村さんはにこっと笑った。




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