第3話 青ネコは夜に遊ぶ

 蒼白い光を放つネコが電線の中を走り抜けていく。暗いトンネルのような通路の行く手にに、小さな明かりが見えた。


 ネコは足をとめ、その電線に空いた穴に顔を近づけた。そこから見えたのは青ネコが知らない、電線の外の世界だった。


 夜の闇のなかに幾つもの家の灯りが輝いている。青ネコは興味を惹かれ、その穴から一歩外へ足を踏み出した。


 そこは電柱の上だった。腕金と呼ばれる横木に足をかけた青ネコは、次の瞬間、破裂音とともに眩しい光を放った。


 そのあとには灯りの消えた、真っ暗な街が残った。


 ☆


 午前2時11分。

 壁の警報盤に赤いランプが灯った。

 同時に、けたたましい警報音が狭い仮眠室内に響き渡る。


「うわーっ」

 ようやく浅い眠りに就いたばかりの僕、凪瀬なぎせハルトは簡易ベッドの上で跳ね起きた。慌てて警報を止め、隣接する管制室へ飛び込んだ。


 そこは部屋の両側に大型モニターが設置されていて、送電しているエリア内の状況が分るようになっていた。蜘蛛の巣のように拡がる送電線網のなかで、その部分だけがブラックアウトしている。

「停電しているのは、南雲地区。現在、自動復旧中、か」


 見ている内に、徐々にブラックアウト部分が縮小していく。

 こうやってある程度までは、この管制システムが故障箇所を判断して自動的に送電してくれるのだ。でもそれ以降は、人間の判断に委ねられる。

 僕たちがこうやって当直しているのもその為だった。


 僕はオペレーター席につくと、設備管理担当を呼び出した。

 2コールもせずに通話用モニターが点灯し、短髪の若い男が顔を出した。

 設備維持係の岩沫いわまつ係長だった。僕を見て凶悪な顔で笑う。一見、その筋の人にも見えるが、実は結構いい人なのだ。最近結婚したばかりの奥さんの尻に敷かれているという噂も本当らしい。


「あれれ、凪瀬さん。いやぁ、凪瀬さんが当直の時はよく停電しますねー」

「それはお互い様でしょ、岩沫係長」


 これがいつもの挨拶になっているくらい、この岩末係長と同じ日に当直をすると、どこかで停電が起きるのだ。こういう相性はどうも本当にあるらしい。


「こっちの当直者が二人準備してるからね。故障区間が確定したら出発させるんで、行き先を指示してくれ」

 管制担当の他に、設備管理担当でも突発的な停電に対応するための当直者を待機させているのだ。

「了解。もうしばらく待って下さい。……確定しました。B55-Aブロックだ」


 更に停電時の情報を収集する。

「岩沫さん、追加で情報。停電時の状況だけど、急激なネコ電圧密度の低下です。これは、どこかで漏電してると思われます」


「わかった。現場へ到着次第、連絡する」

 そうだ、これは言って置かなければ。

「現場付近では『野良・ネコ電圧』に注意してください」

「ああ、そうか。漏電だものな。ありがとう、気をつけるよ」

 そう言って岩沫係長は一旦モニターを切った。


 電線を漏れ出たネコ電圧は、暫くのあいだ、その電柱の周りをうろついている事がある。それに触れて怪我をした例は多いのだ。


 ☆


 午前3時29分。

「おーい、凪瀬さん」

 モニターから岩沫係長の声がした。停電報告書を作成していた僕は、管制卓へ駆け寄った。


「原因が見つかったぞ。先日のカミナリのせいだろうな、電線と碍子ガイシに傷が付いてたよ。改修は終わったから、電気を送ってくれ」


 碍子ガイシというのは電線を腕金に固定するための絶縁物だ。大抵は陶磁器などで出来ている。じわじわとその傷口が拡がり、今夜、ネコ電気が外に出るまでになったみたいだった。こうなったら取り替えるしか方法がないのだ。

 

 原因が分かって、僕はほっと胸を撫で下ろした。

「じゃあ、送電しますよ。現場の人たちにも伝えてくださいね」


 この送電操作というのは、管制室から現地の送電線についている柱上スイッチを遠隔操作するのだ。作業が終わった事を確認して、僕はカツオ節のシールが貼られた送電ボタンを押す。


送電いけーっ!」


 ☆


 真っ暗な中で設備管理担当の二人は送電を待っていた。

 彼らの周りには近所の住人が集まっていて、さっきから怒られっぱなしだった。


「じゃあ、送電するぞ」

 神の声のように、岩沫係長から無線で連絡が入った。


 次の瞬間、街に一斉に明かりが灯った。

 家の窓に、街路灯に。自動販売機も小さな唸り音をたて始めた。

 集まった人たちからも安堵の声があがった。


「どうもご迷惑をお掛けしました」

 二人は頭を下げる。


「いや。君らもお疲れさんだったよね」

 周囲から掛かった思わぬ優しい声に、また二人はお辞儀する。二人の顔が一気にほころんだ。


「こちら現場。点灯良好です。これより帰社します」

 明るい声で連絡を終え、巨大なマニピュレータを装備した工作車で二人は帰途についた。


 ☆


「はあー、それじゃ寝るか」

 どうやら一段落したので、僕はのろのろと仮眠室へ向かった。そのまま着替えもせず、ばたんと倒れ込む。もう、眠気で思考力が半減している。


 あー、お布団最高。




 午前3時47分。

 再び、警報盤に赤いランプが灯った。


「……ネコども、いい加減にしろよ」

 夜遊びが過ぎるだろっ! 


 僕は警報が鳴り響くなかで、思わず泣きそうになった。


 Ao-nekoでんりょく株式会社の夜は長い。


 


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