第8話

 照明を落とした会議室。二十人ほどが集まっていた。四角く並べられたテーブルの各席にはモニターが設置され、液晶パネルのバックライトが席の主の顔をうっすら浮かび上がらせる。

 前方と誰かが決めた側に巨大モニターも据えられている。こちらはカメラ映像だけ。手元側には関連データが画面を区切って表示される。

「スパイを送りこんでいたんだな」

 アベはとなりの佐藤に顔を向ける。

「そうです。やつらのアジトはわかっています」

「最近動きがないと思っていたら、地下に施設をつくって暮らしていたとはね。嫌だね、しぶとくて」

「アラブの原理主義者どもと同じです。細工は流々。七月十一日ラーメンの日がやつらの最後になるなんて、きっと泣いてよろこぶでしょう」

「ラーメン取締り部隊の準備はいいの?」

「あとは首相の指示があれば、すぐに突入して制圧します」

 ではちょっとと言って、アベは立ち上がりひと演説ぶった。力の入った口上、意味不明の内容。出席者全員がスルーした。

「では、突入!」

 ぼけっとしているうちに演説は終了していた。突入と言われ、慌てた担当者が無線でアベの指示を現場に伝える。

 モニターの映像に全員注目する。

 上部に曇りガラスのはまったアルミのドア。専用の工具で簡単にこじ開けられる。

「廃業した製麺工場の地下に潜伏しているとはね、考えたものだ」

「工場の持主が協力者だったのでしょう」

 すべてのモニターに現場の様子が映し出される。取締官と機動隊の混成部隊がライトをかざし銃をかまえて進む。

 地下への入口を発見した。こちらは鉄製の重たいドア、床に設置されている。鍵の部分をバーナーで焼き切る。

 ここで会議室では席にお盆が配られだす。一番にアベのところへ。うどんと蕎麦の相盛りである。

「長期戦に備えて、いまのうちに召しあがってください」

 筧と森本が自らもお盆をもって入室してきた。

「ああ、筧くん。いよいよだね」

「最期の仕上げか」

「ついでに見ていくといいよ。端のほうに椅子が余分にあるから」

 会議室後部の壁に立てかけられた椅子を広げて、筧と森本も前方のモニターに見入る。

 地下へおりるドアが開いて、隊員たちが地下へおりてゆく。その後姿がモニターに映る。

 会議室ではうどんと蕎麦をすする音が響く。

 地下は大きな部屋だった。ただ、照明のついていない地下室は、なにもないし誰もいないように見える。モニター越しだからかもしれない。

 パッと明るくなり、カメラが露出を調整する。部屋全体の照明がついたのだ。

 工場と同じ規模の四角い部屋、コンクリートで囲まれている。中央に誰かいた。

 パイプ椅子に縛り付けられている、下着姿の女。猿ぐつわを噛まされている。

「どうした、なにがどうなってる。ネズミどもはどこだ」

 アベの声を現場に伝える。モニターに映っていない人物の声が答える。

『これは、どういうことかわかりません。M字開脚というものではないかと思うのですが』

「なにかのメッセージか?」

 佐藤も首をひねる。モニターには正面から少し距離をとった映像が映っている。

「ちょっと一周してみてくれ」

 現場での経験がある佐藤に、周囲は期待している。

 カメラは女をとらえたまま、ゆっくり一周する。

「爆弾が仕掛けられているということはなさそうだ。今度はゆっくり寄ってみろ」

 女の突き出した股間がアップになる。

「うーん、M。マクドナルド?」

「な、なにを言うんだ。不謹慎だぞ」

「首相、それはどういう。いえ。とりあえず、猿ぐつわを解いてやれ」

 カメラが女の顔を映す。目の端に涙の粒。猿ぐつわがとられる。

『すみませぇーん、スパイだってバレてましたぁー。って、そんなことより、撮らないでぇー』

「なっ」

「佐藤君、ぼくはきみに期待していたんだけどね」

「そんな。首相! もう一度チャンスを」

 アベは席を立った。

 爆発音。喚声が残る。

「なんだ、どうした。なにがあった」

 ドアが乱暴に開けられ、廊下の明かりが入りこむ。床に尻もちをついていたアベは見上げる。

「クーデターです、首相!」

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