第36話 無音




「ただいま行われています、全国ボート競技ですが

一部区間の突風のために中止となりました。繰り返しお伝えします。

ただいま………」





● 浜がそのことを知らされたのは2時間後だったの

着物のまま膝から砂浜に崩れ落ち、息もできなくなっていた。


 漁船も総出で探しているんだけど、黄色いボートと永吉だけが見つからない

そこは湖でも深い部分で底に落ちたらダイバーでも容易には

見つけられないポイントなの。


 それから数日経っても、浜は魂が抜けてしまったしかばねのように

ゴール地点の砂浜に来ては遠くをみつめていたの

いつか、永吉が帰ってくるんじゃないかってね。


 雨の日も風の日も、浜の隣には、大女将や、姉、そして珠代が

ずっと寄り添っていてくれていたの。

あんなに元気で明るい浜がここまでやつれてしまって一人で置いておいたら

後追いでもしそうな感じだったからね。●





「えいきちさっん、早う帰ってきてえなぁ、うち、もひよしも、こうみもまってるよぉ。」


「えいきちさん。」





●地元の人も不憫すぎる浜にかける声がなかったの

ただ、心配そうに浜を見守るようにみていてくれていた

せめて永吉の体でもみつかれば、お別れも言えるのに。●





● しばらくしてから。日吉旅館の大女将、今津セツが

湖を渡り産みの母親の千成銘に会いにいっていたの。

もちろん辛い話しになんだけど

セツはこのまま浜が憔悴していく姿をみたくなかったの。●





「銘ちゃん、今日は時間作ってもらってごめんね。」


「何を、セツちゃんこそ、あんたが一番辛いのに何もしてやれんでごめんな。」


「永吉は、ウチにとって光やった

ほこにもう一つの太陽みたいなお嫁さんがきてくれて

うち本当に幸せやったんよ

浜は、一生懸命わたしの子供になろうとしてくれてた

あの子なら宿を任していけると思てた、銘ちゃんにはわるいけど

何があっても浜をこっちには返したくなかったん。」


「そんなん、とうぜんやん、うちも、もうあんたに帰る場所ないよって、

送り出したんやから、ひどい母親やろ。」


「銘ちゃんこそ、ほんまは手放したくなかったんやろ?…あんな。」


「うん、だいたいわかる。けどほれでええんか?セッちゃん。」


「浜が日に日に細くなっていくの見てうち耐えられへん

あの家には永吉の思い出が強すぎる

あそこにいたら浜は思い出に押しつぶされていきもできんくなってまう

ほれに、かわいい孫も、お母ちゃんの泣き顔見てたらつらいやろ

うちかって手放したくないんよ!

でも一番なにがあっても、浜には笑っててほしいんや。」


「わかった、しばらくうちであずかるわ。

籍のことは急がんでいいやろ、

ほれよりうちはセッちゃんのことが心配や。

あんたもだいぶやつれてしもて、あんたの宝モンが。。。。

ごめん泣けてもう何も言えへんわ」


「銘やん永吉はうちの胸の中にいるから、もう心配せんでええから。」


「セッちゃん。ほな、明日、浜と子供らを迎えにいくわ。」





●弁天島経由の観光船に乗りセツは竹生まで帰っていったの

そして、今日浜の母親と話していたことを浜に伝えたの

浜はぼーっとしながらだだコクリと頭を縦に振っていたわ

そして銘が浜を迎えに来た朝のこと。

浜はまだ浜辺に腰掛けて遠い向こうをみていたの。


 観光船でやってきた銘は日吉旅館の人たちに挨拶をして。

浜辺に座っている浜の隣に腰をおろしたて一緒に永吉の消えてしまった

水平線をみていたの。●





「浜。よう頑張ったな、心配せんでええ、うちに帰っておいで、

日吉も小海も最近元気ないっていうやん、うちで羽伸ばしたらええわ。」


「おかあちゃんの嘘つき!」


「えっ?」


「おかあちゃん、うちにもう帰ってくる家なんか無いって言うたやん!

おかあちゃん!、永吉さんが、うち忘れられへん。

お母ちゃん!おかあちゃん!」





● 浜は声が枯れるまで大声で銘の胸元にうずくまり大声で泣いていた。

銘はこんな悲しいことになるんだったら嫁に出すんじゃなかったと後悔したわ

幼かった頃の浜を思い出して優しく頭をなでているの。●





「おかあちゃん、これみて、永吉さんがウチに初めてくれたプレゼントやねん。

これもらった日はもう、永吉さんに会えへんっておもてた

でも、永吉さんは、日吉と、小海っていう、宝モンくれたんよ

小海ったら、このペンダント欲しいって言うんよ。

うち、あの子が10って約束したねん。

そやから、もう平気、お母ちゃんにいっぱい甘えたし。

子供みたいに泣かせてもろたし。」


「もう、この子はほんまに親泣かせやなぁ」


「おかあちゃん最後にもうひとつだけ、わがままいうていいかな。」


「なんや、浜。」


「うち、もっぺんここでやり直したい。

永吉さんの愛した街で、日吉と小海と一緒にこの街で暮らしていきたい

もう平気、今度はうちが、日吉と小海のお母ちゃんにならんとあかんし。

ほうやから、うち、もう泣かへん!」


「あんた、それでええんか?」


は嫁ぎ先のために生きたんや、うちかてそうやろ?」


「なんや、あんた、知ってたんかいな、三姉妹のこと。」


「それに大女将に無理させてしもたし。」


「お母ちゃん立って、あんな、今日はあのこらと一緒にご飯食べてお風呂いれたって。」




♥浜は残った涙を銘の胸で全部流して、明日みらいを見ることにしたの。

大好きな永吉は無くしてしまったけど、永吉の残したものを大切にしていきたい。


 そう思えた気持ちが浜の足を立たせて一歩を踏み出させたの

浜の姿に、旅館の従業員も、弁天味噌の会員も力強い一歩に勇気をもらって。


 時とともに浜はメキメキとこの町で頭角を現していき

いつしか街全体の女将に成長していったの。

月日がながれ、小海が10歳の誕生日。


 永吉にもらったネックレスを小海にたくしたんだ、その思い出のいっぱい

詰まったネックレスが、今、小海の生き写しのマキノの胸元で輝いている。

そう、40年以上の時間を経て永吉と暮らしてきた、

幸せの詰まったこの場所で。♡





「小海。。。やっとウチんとこに帰ってきてくてたんやなぁ。」





♡浜は、マキノを出し決めて大きな声で泣いているわ。♥

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