第41話 二重の再開の極み


「見つけましたよ、勇者様!」


 ローブの袖を前後に大げさに振りながら、ジャリヤはそう言った。あの後、警戒役を交代しながら一人数分ずつの仮眠をとった。そして改造した魔導通信カードを持って、獣人を見つけようと酒屋の周りを歩き回っていた。

 奴隷商人の奴隷に翻訳を試したりすれば、目立って圧倒的に自分たちのほうが不利になるだろう。だからこそ、孤立した獣人を見つけたかった。運のいいことに俺達は酒屋の近くの森に粗悪な作りの小屋の集まりを見つけた。どうやら獣人族が集まって生活するスラムのようだ。漂う異臭にヘイスベルトは先に進むことを一度は拒否したが無理矢理にでも同行させることにした。

 獣人たちがこちらを見る目には軽蔑と敵意が色濃く感じられた。改造通信カードを持っていても、誰一人こちらと会話をしようというものは居なかった。その様子を見てジャリヤがフードを取って、ため息を付いた。


「まあ、端から言葉が通じないと思っている連中に言葉で意思疎通を取ろうとはしないよな……」

「どうするんです?」

「捕まえてなにか言うまで話しかければ良いんじゃないのか?」

「まるで拷問だな、そもそも俺達の声は聞こえてるのか?」


 フードを取って涼しげな様子のジャリヤに問いかける。彼女は顎を擦りながら、少し考えてから答えた。


「翻訳魔法は複数言語の人間が同時に会話できるように個人ごとの翻訳結果展開は排他的に行われるんですよ。同時に翻訳された別言語が聞こえたら、聞き取りづらいですし」

「つまり、俺達の翻訳結果は獣人族には聞こえていないわけだ」

「翻訳対象がある場合は聞こえているんでしょうけど、獣人族の場合は翻訳魔法が作られていない都合上本当に何も聞こえていないのかも」

「なるほど、ますます搾取しやすいわけだ」


 まず、彼らの興味を引くためには俺達の声を聞こえるようにしなければならないということだ。魔導通信カードを改造したのは、そのためでもある。カードに手を触れながら、獣人たちに呼びかけた。


「あーあー、もしもし聞こえているか? 俺達は王国の――」


 獣人達の視線がこちらに集まった瞬間、魔導通信カードは耳をつんざくような高音を発し始めた。ジャリヤとヘイスベルトが自らの耳を覆うほどだ。獣人たちも何か異常事態が起こったのかと怯えて建物の中へと去っていく。魔導通信カードは奇妙な高音を発しながら膨張していく。まるで電池パックが劣化し、破損した携帯のように。

 本能的に危機を感じ、カードを手放す。そして、地面に落ちたカードの黒い光沢の面に映る人影を視認し、叫んだ。


「伏せろ!」


 爆音。耳鳴りで鈍くなった耳に空気を切り裂くような連射音が響いてきた。ヘイスベルトとジャリヤのフードを引っ張って近くの木に身を投げる。逃げ遅れた獣人が何人か、犠牲になって地面に倒れていた。

 荒い息に思考を乱されながら、次の行動を考える。考えがまとまらないうちに聞き覚えがある声が耳に入ってきた。


「あと、0.005フィート位置がずれていれば当たっていたというのに。相変わらず面倒な人たちですね」

「ファンタジー世界でヤード・ポンド法を使うとはな。死にたいようだ」

「死ぬのはあなた達ですよ」


 忘れるはずがない。アンテールの声だった。体勢を直したジャリヤとヘイスベルトはその脅しに息を止める。

 廃人になっていないということに対する驚きと同時に憤怒が腹の底から湧き上がってきた。木の陰からアンテールの様子を伺う。AMS付きで上半身を露出しているその姿は見紛うこともない。AMSが原因で負けたというのに何一つ変わっていないのには違和感しか感じられなかった。

 そんな事を感じているとうめき声が聞こえてきた。奴の銃撃に巻き込まれた獣人が地面を這っていた。


「あのときもそうだったな。罪のない者たちを殺すのがそんなに楽しいのか」

「偉大なる言語という存在が圧殺されているのに対しては、人の命などカスほどの意味しかありませんから」


 そういってアンテールは手を獣人達の小屋に向けた。次の瞬間、強烈な爆風と衝撃が俺達を襲った。木の枝が風圧でへし折られて俺達の上に降り掛かってきた。爆風の方向に目を向けるとそこには跡形もなく潰れて炎上している小屋がいくつも見えた。


「クソッ……おい、ジャリヤ!」

「は、はいっ!」

「奴の装備は前回と全く同じだ。前回と同じように接近して攻撃するぞ。出来るか?」

「一応は……」


 ジャリヤは俺の確認に弱々しながら肯定した。

 前回はジャリヤを先頭に魔法でバリアを張りながらアンテールに接近し、AMSにMPを逆流させることでアンテールを吹き飛ばした。

 同じ技が通用するとは限らないがとりあえず今できることはそれくらいしかないだろう。ジャリヤと共に木陰から身を出した瞬間、俺達は硬直した。


「そこから動かないで下さい」


 アンテールは一人の人間を人質に取っていた。それは獣人ではない。小学生とも見紛うほどの低身長、俺達と同じローブを着ていた。暗い茜色の髪の毛にはオパールの遊色効果のような独特の光沢、瞳の片方は灰色でもう片方は藍色。そして、彼女は大賢者である。


「アルセン……!」


 体が硬直したのはアンテールが彼女の腕を右手で掴み、左手を頭に当てていたからだった。

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異世界転生したけど日本語が通じた Fafs F. Sashimi @Fafs_falira

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