第8話

「いいかげんにしますの!!」


 腕を掴んでしばらく暴れる陽菜を羽交い絞めにして移動したところで腕から根け出された。

 男は反射的に反論する。


「いい加減にするのはお前だバカ」

「ば、ばか」

 

 おそらく普段言われることの無い類の暴言なのだろう。陽菜はわなわなと震えた


「すっとこどっこいに続きバカ、ゆ、許しませんの」

「うるさいよバカのすっとこどっこい。お前世間離れしているって自覚しているならそういうのは本当にやめとけ。」

「そ、そういうのってなんの事ですの」

「お前とあのコンシュルジュの関係は分からんけど。立場利用して上からの命令で突き通そうとするところだよ。少なくともお前が嫌がっている世間離れには十分だよ。向こうの言い分が圧倒的に正論だよ」

 

 正論だと思ったのだろう、馬鹿と言われた恥辱に苛まれながら陽菜は少し落ち着きを取り戻した。きっとこれが彼女の良いところなのだろう、自分の間違いを認めることが出来るのは、なかなか難しい事だ。

 物凄い不服そうな顔をしながらでも落としどころを見つけることが出来るのだ陽菜という女の子なのだろう。


「それは、けどだったらどうやって家から出てこないきーちゃんに会うんですの」

「・・・運転手をもう一回回せ」

「え」

 男はすごく悔しそうに言った

「あるだろ、俺らにしか出来ないウルトラCが」


「どうも」

「どもですの、さっきのは置いてきました。代わりに別の友人を連れてきましたの。これなら文句はありませんの?」


 えげつない美人がそこにいた。彼女をコンシェルジュに紹介した陽菜はもちろんかわいいし、そしてコンシェルジュは本当に美しい。彼女たち二人とも芸能人に間違えられてもおかしくない。

 けど、その陽菜が連れてきた美人に比べればそんなものは全てが霞んだ。ロビーに並べられたきらびやかな調度品ですら霞んで見える。というか彼女を通すと霞んだ。


「彼女がさっきは無茶言ったみたいでごめんなさい。あの男性には近くのカフェでお留守番してきて貰ったから許してもらえないかしら? 」


 そう言いながら両手を合わせ、ニッコリと笑う。少しハスキーな声だがそれすらも彼女を引き立てるエッセンスである。コンシュルジュはそのあまりの美しさに声を失っていた。


「どうですの? 通してくれます? 」

「は、はい。失礼いたしました。」

「気にしないで。あ、あのお名前は」

「私はいーちゃんって麻衣さんには呼ばれてるの。かわいいでしょ?」


 耐え切れないと言ったように彼女はくすくすと笑う。その声と顔は世界が笑ったかのようだった。意味が分からないかもしれないが、それは世界の祝福なのだ。天使のほほ笑みとも言えるその綻んだ顔は恐ろしいものだった。間違いなくここに天使はいるのだ


「ただ、今日彼女を連れてきたのはドッキリですので麻衣さんには言わないでほしいですの。彼女は見た通り女性ですので、それくらいは許してほしいですの」

 

 続いて彼女はかわいく手を合あわせた


「お願いできる?」

「は、はい。奥へどうぞ」

「あ、あと」

「何でしょうか」

「さっきは申し訳無かったですの。あなたはあなたの仕事をしていましたのに」

 

 するとコンシェルジュは少し驚いた顔をしたが直ぐにもとに戻り


「ありがとうございます」


 とうやうやしく頭を垂れた


「あなた、いつもどんな対応していたのよ。お礼で驚かれるなんて」

「う、うるさいですの。といいますかその喋り方なんですの?」

「郁人は考えたの。自分の自我が崩壊しないようにどうすれば良いかって。結果郁人といーちゃんは別人格、別人で行こうってなったの。だから今の私は郁人じゃなくていーちゃん。そこ勘違いしないで? 」

「もう、何でもありですのね」

「この顔と私を生み出したあなたには何も言われたくないわ」

「もとの素材ですの」

「あら、お世辞がうまいのね、ありがと」

 

 彼女はそういって軽くウインクをした

 

「い、今の不覚にもめちゃくちゃかわいかったですの、鼻血出そう」

「ほら、バカ言ってないで行くわよ」

「もう完全にかわいい、本当にかわいいですの」


 立ち位置はいつの間に逆転し彼女が先頭を歩いていた。エレベーターに乗りそのまま迷わず彼女は回数のボタンを押す。


「あれ? どうして階数知ってますの。」

「だって、あなたさっき言ってたじゃない3702って。ってやだ! 37階ってこのマンションの最上階なのね」

「ぬ、抜け目までもなくなってますの」


 気持ち大股で歩く彼女の後ろをてとてとと小柄な陽菜はついていくのでした。


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コスプレ少女 弓月紗枝 @yamadanoko

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