第19話 グラスランドの隠し酒


はい、本日も元気に営業中!!


お客様は、ハインデル様・・・おひとり様での御来店だ・・・

なんかいや~んな予感がひしひしと伝わってくる・・・


「店主よ、聞く所によれば、なんぞ珍しい酒を手に入れた・・・というではないか」


ど・・・どこから聞きつけやがった・・・フェアリーズネクターは・・・あれは売り物じゃねぇぞ・・・


「さて?こちらの世界の皆様には当店の酒はどれも珍しい物と思いますが・・・」


こうなったら、思いっきりすっとぼけよう・・・


「なんでも、妖精族から貰ったとか・・・」


げっ・・・やはりそれか!?この店に盗聴器でも仕込んだか?


屋根裏に諜報員でもいるのか?


「勇者殿から、自分達に飲ませないで一人で楽しんでると聞いてな」


あんにゃろ~~~~~~~~!!!


さて・・・どう誤魔化す?飲み切ったことにするか?・・・そうだ!それしかない!


「実はあまりの美味さに止められなくなり飲み切ってしまいまして・・・」


「ハルさん、まだ一本目の半分も飲んでないじゃん」


ケイン・・・きさまぁ~裏切るのか!


「ふむ、そこまで店主が一人占めしたい酒か、益々興味が湧いてきた」


・・・ここで甘い顔をすれば毎回ねだられる・・・次は瓶ごと売れって言ってくる・・・


「どうしても飲みたい・・・ですか?」


しまった!このセリフは・・・脳裏で声が聞こえる・・・


[・・・お前は・・・選択を・・・間違えた・・・]


オワタ~、俺のフェアリーズネクター オワタ~


諦めるにはまだ早い!


「そこまで嫌がるとは・・・ならば、ショットグラスに一杯でよしとしよう、王金貨5枚までなら出してもいい」


王金貨5枚・・・90mlで5000万・・・


「ハインデル様だから特別にお出しします・・・が今回限りこの一杯きりにさせていただきます。」


「うむ、それでよかろう」


言質は取ったぞ・・・約束だからな・・・


仕方なしにフェアリーズネクターをショットグラスに注ぎハインデル様に出す


「最初で最後のフェアリーズネクターでございます」


しつこいくらいに念を押す俺・・・物欲の化身と言われてもいい・・・


ハインデル様は舐めるかのように一口・・・


「・・・・・!?」


言葉も無い・・・そりゃそうだ・・・俺が今まで飲んだ酒で一番ヤバい・・・


ひとつ大きなため息をつく・・・


「店主。これはなんだ?」


もう、ほんっとなんなんでしょうね・・・


「美味すぎて時間が止まったぞ・・・」


ゆっくり飲んでくださいね、もう出しませんから・・・しつこい


「ご満足いただけたようで・・・」


これで文句が出るなら出す酒なんてこの店に無いわ・・・


ゆっくり、ゆっくり時間をかけて舐めるように飲んでいた・・・


「ところで店主、グラスランドの件は知ってるか?」


「一応は耳に入ってますよ」


次の言葉を探してるのか、なかなか切り出さない・・・


ようやく話し出すハインデル様


「私は種族同士の確執などくだらないと思っている。」


それは俺も同意だが・・・



それでも無くならないのが差別だろ・・・


もともと住んでた日本でさえ差別思考は残ってるし・・・


大きい所では国家差別、小さくなれば学力差別だってそうだろうし学校のいじめにしたって、自分達と違う存在って差別意識だ


結局の所、自分達とは違う、排除しようって考えは古今東西変わってはいない。


俺は違うって反論もあるだろう・・・


なら害虫は駆除しないのか?益虫は放置だろ・・・同じ虫であり生命体だ


掘り下げてたらキリがない・・・


どんなに人道的であっても多かれ少なかれ差別思想ってのが人にはあるんだと思う


こっちの世界の人間はその思想がやたら強い・・・


言ってしまえば昔のアメリカにおける黒人差別やナチス・ドイツのユダヤ人差別に匹敵・・・もしくはそれ以上だ・・・


過去の歴史を紐解けば種族間戦争も一度や二度じゃないらしい・・・


・・・・殺伐とした世界に気が滅入るな・・・



ハインデル様は語る・・・


店主の所はハーフエルフが白狼族が、フェアリーが、勿論人間である店主も、こんな小さな集まりにこれだけの種族が入り混じって平和に生活してる。


それは私にとって理想形の一つであり、とても尊く思う・・・


そんな店主にこの闘争を収める妙案は無いか・・・というのが本題なのだが・・・



そんな言葉が綴られるが、別に意識して多種族でスタッフを揃えたわけじゃないし、


偶然の産物なんだがな・・・


「別段、町の人だってエルフやドワーフを迫害したりはしていませんよ?貴族階級の獣人だっています・・・問題はそこじゃないと思いますが」


そう、問題は別なのだ・・・


グラスランドを特に敵視してる者の存在


過去に何があったか知らないが、その理由・・・


街にグラスランドも来るし、冒険者ギルドに登録してる者もいる。


全員が嫌ってるわけでも差別しているわけでもないのだ・・・


「問題はどこだと思う?」


「軍務に口を出せるグラスランドを敵視する貴族ではないでしょうか?・・・っと、これは私が言ったというのは内密に・・・」


「ふむ、早急に探りを入れてみよう・・・」


語ってる間に飲み終えたのか、グラスは空に・・・物欲しそうな表情のハインデル様・・・


「貴重な意見を聞けた、感謝する」


そう言って小袋を俺に投げ渡すと急いで帰っていった・・・




「ケイ~ン、余計な事を言ってくれちゃって・・・どうしばいてくれようか・・・」


「ごめんってば~、代わりに情報をあげるよ、グラスランド達にも秘蔵のお酒があるんだよ、僕たちの口には合わないけど・・・」


ほう・・・もっと詳しく


「あのお酒、とっても苦いんだ、でも次の日すっごく体調がよくなるんだよ」


薬酒の類か・・・とりあえずちょっとした怒りは収まった


「ケイン!フェアリーズネクターに関する話は口を挟まないでくれ」


一応釘を刺しておく・・・フリじゃないからな・・・


「あれだけは駄目だ、貴重すぎて・・・貴重すぎて・・・貴重すぎて・・・」


大事な事なので3回言いました


そこだけは触れてはならない所だと俺の雰囲気から理解したのかコクコクと頷く


・・・まぁ、今回はこれで許す・・・次やったらマジで吊るす・・・


そう心に誓う俺だった・・・





数日後、


所変わってグラスランドの集落の方で・・・



時間が掛かりすぎてる事に業を煮やしたのか、


イライラしながら陣頭指揮を執る者がいる。


問答無用で攻め込むべきと主張し準備に入らせている。


ベンニーニャ男爵である。


「日が暮れたら総攻撃をかけるのだ!逆賊を討つのだぁ!!」


と一人息巻いている。


あ・・・こいつ死んだな・・・そう思った方も多いだろう・・・


っとまぁそんな感じで着々と準備が進む・・・


そして交代で夕食をとり始めた頃に異変が起こる!




「ワイルドウルフだ!」




ワイルドウルフの群れに襲われる・・・王国軍の陣・・・


天の采配か・・・人為的な物か・・・それは誰にもわからなかったが・・・


兵士達の手にかかればワイルドウルフ程度そんなに脅威では無い・・・はずだったのだが、


妙に数が多い・・・


とにかく数を減らすべく戦う兵士達だったが、時間とともに疲弊していき混戦状態になっていく


「何をしている!狼ごときさっさと討伐するのだ!王国軍の名が廃るぞ!」


後続のワイルドウルフが戦ってる兵士を乗り越える。


「抜けられた!本陣の守りを!!」


怒涛の勢いで迫りくるワイルドウルフ・・・


どこからこんなに湧いて出た?そんな恐ろしい数・・・


数の暴力になすすべもなく、あっさりと本陣まで攻め入るワイルドウルフ・・・


とはいえ時間と共に数を減らしていき徐々に収束する・・・


陣内を無茶苦茶に荒らされる王国軍、


満身創痍の兵士達、負傷者も多数出ている・・・


「くそっ、どこからこんな数が?」


そうボヤく兵士達、みんなの疑問は一緒だろう・・・


そんな本陣だったが、ようやく落ち着きを取り戻す・・・


武器は転がり、負傷兵が蹲る中には・・・驚くべき・・・というかやっぱり・・・というか・・・


想像通りの現象が起こっていた・・・



そう、そこにあったのは、首を切り落とされたベンニーニャ男爵の死体・・・


不思議な事に狼の噛み痕すらなかった・・・


そうして王国軍は撤退を余儀なくされる・・・



その後、すべてはベンニーニャ男爵の独断によるものと公式発表し、


グラスランドの集落には賠償として食糧や救援物資が送られる事となった。


ある種のトカゲの尻尾切りである・・・



食料配布のおかげか、大事になりすぎたせいか、この時を境に野菜泥棒もいなくなったという・・・






「まぁ、落としどころはこんな所でしょうか・・・」


領主と話すハインデル、今回の報告のようだ。


「あの短慮な愚か者に責任を押し付けられたのは結構な事だ」


「ほんっと~~~~に無能でしたから・・・」


どんだけ嫌ってるんだ?


「グラスランドには魔狼使いが多数いると思わせられれば排斥派も大人しくなるだろう」


頷くハインデル・・・


「そうですね、うまくいって何よりです・・・」


これでアレが手に入ればもう一杯くらい・・・


打算丸出しのハインデル様です。どうしてもフェアリーズネクターが欲しかった模様・・・


人の欲望はきりがない・・・そして、そんな者が権力を持ったら・・・


権力で奪えばいい?・・・ハルの後ろには勇者が控えてるんだぞ!


全軍相手でも数分しか持たんわ!範囲魔法で一掃されて終わる未来しか見えん・・・


戦略級の兵器に守られてる男に喧嘩を売るほど愚かではない・・・


本人もレベル100オーバーの元冒険者だぞ・・・ワイバーンを弓矢一発で単独討伐する男だぞ・・・


そう。相手を見て喧嘩は売るものだ!勝てる喧嘩しかしないのだ!


そんな素敵なハインデル様でした・・・




翌日


今日はミスルトウの定休日、ハル達は早朝からハイキングです・・・


目的地は・・・グラスランドの集落・・・


秘蔵の酒に興味津々で居ても立ってもいられなかった俺です。


馬車を借りてみんなでレッツゴー!


友好の名目は炊き出しって事にしておきます・・・


途中の村で休憩をとったり、軽く採集をしたり・・・と


同行してるみんなも満足のようです・・・が


ハルの頭にあるのは『グラスランドの秘蔵の酒』のみ


ただ一点の曇りもないこの想い!


さすがは元冒険者、フットワークも軽い・・・



お昼になる前に到着できた・・・


どんだけ馬車を飛ばしたんだか・・・


お昼に合わせて大鍋を使っての炊き出しの準備、


あれからも上がってる料理スキルLv25をなめんなよ!


誰もが納得の味を作ってやるさね。



そんな感じで集落の方々に配っていく・・・


獣人やハーフエルフ、フェアリーといった多種族混合メンバーだった事でかなり安心してもらえてる


そして方々から聞こえる「美味い!の声」


あらかた配り終え、後の配膳をフィリアンに任せると、近くにいたグラスランドの男性に声をかける。


「自分は城下で酒場をやってる者なんだが、噂話に聞いたんだが、グラスランドには秘蔵の酒があるとかなんとか・・・」


と知ってて濁らせて話す


「あぁ、苦酒かぁ・・・アレは秘蔵っていうか飲みたがる奴も少なくて作り手がほとんど居ないだけだ」


真実とは得てしてそんなもんである・・・


「なるほど、存在はしてるんだな」


「あぁ、うちのばっちゃが健康の為にって毎年作っとるよ・・・飲み切れないのに毎年毎年樽が増えて行く・・・」


キター!ファーストコンタクトで大当たり引いたぞ!!


「是非分けて欲しい!言い値で買うぞ!」


「んじゃうちに来てくれや」


そう言って案内され、作ったというおばぁちゃんに紹介される


「ほっほっほ、貯まって貯まって息子に怒られとるんじゃ、いくつか持って行ったらええ・・・」


許可も出た・・・とりあえず5樽頂ける事になった・・・


俺は迷わず白金貨を出しおばぁちゃまの手に握らせる


「無くなったら買いに来ますので、健康には気を付けて作り続けてくださいね」


そう言うとおばぁちゃまは嬉しそうに目を細めて


「また来たらええ、これさえ飲んでたら後300年は生きられそうじゃ」


そう言って笑う


忘れてた・・・グラスランドも妖精に繋がる系譜・・・寿命は人間の比じゃない・・・


樽をインベントリに片付ける


「ありがとうございました」


俺は帰路につくのだった・・・





後日、ハインデル様が満面の笑みで店に来て苦酒を俺に見せたが、


既に5樽も手に入れてたことを知り膝をついたのだった・・・


「そんな・・・馬鹿な・・・あんなに策を弄したのに・・・」


血涙をながさんとするハインデル様・・・だった・・・が


苦酒を手に入れて上機嫌だった俺は、あまりに哀れに見えたハインデル様に、


フェアリーズネクターを一杯だけサービスしたのだった・・・



あの優しい『おばぁちゃま』が被害にあう前に混乱を収束させたご褒美でもある・・・


貴族の名をかけた最敬礼を受けたのはなんだかなぁ・・・


キャラ崩壊のハインデル様でした・・・

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