おっさんの仮装

「だから言ったじゃなぁい。ぴーちゃんは一軍の将だったって」


 かずこさんがケタケタと笑う。

 かずこさんは仮装と呼んでいいのかどうか微妙な恰好だ。普通に着物を着ている。黒かと思うくらいの濃い焦げ茶色の地に小さな紅葉がちらちらと散るシンプルなやつだ。帯は白地で刺繍が施されていた。

 普通に着ているだけなのに何か極道っぽい。それが仮装なのかかずこさんの本質なのかは謎だ。


「すっごく素敵だったんだからぁ。えげつない悪役だったけど」


 にやにやと何かを妄想するかずこさんの思考回路は理解できない。そもそも、えげつないと素敵が俺のなかで結び付かない。



 男の部屋に軽々しく女の子を招いてはいけない。という信念の元、今回も俺は美鈴ちゃんに声を掛けなかった。それなのに仕事終わりの融が訪れてから暫し、弁当屋のおばちゃんに特別に作ってもらったパーティー仕様の惣菜を並べている間にチャイムが鳴った。


「えへへ。来ちゃった♡」


 来ちゃった、じゃねえですよ。


 ぽっと頬を染めるかずこさんを見つめる俺の背が冷える。

 住所なんて教えたっけ。


「急に来られるのはちょっと……。部屋の片付けとかもあるし」

「やあねえ。いつもキレイにしてるじゃない。渚くんの部屋が散らかってるところなんて、見たことないわよ?」


 ちょっと待て。

 いつもって何!? いつも覗いてるの? かずこさん、ストーカーか何かなの?


「美鈴ちゃんとパンプキンパイ作ったのぉ。入れて? カブのスープもあるわよぉ」


 可愛らしく照れて見せても、色々看過できない発言が多すぎる。是非ともご遠慮いただきたい。けれど。


「ごめんなさい。急に図々しくお邪魔して。てっきり約束があるものと……」


 困ったように眉を下げる美鈴ちゃんを追い返せない。


「いや。せっかく来たんだし、どうぞ」


 不本意ながら俺は二人を招き入れた。



「ぴーちゃんも素敵だったけど、おっさんも素敵だったのよ? それはもう輝かんばかりに」


 かずこさんが溜め息を吐く。その視線の先では仮装をしたおっさんが嬉々として美鈴ちゃんのパンプキンパイにフォークを立てている。


 皆まで言うな。


 俺はかずこさんと視線を交わした。かずこさんを追いかけるように、小さな溜め息が落ちた。

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