ちっちゃい筈のおっさん

 知ってた。


 そう。知ってたさ。


 空っぽになった皿を見つめて驚愕している己に言い聞かせる。今更何に驚くって言うんだ。


 居酒屋で、剥くのが間に合わない程の勢いで枝豆を食ってたおっさん。つき出しのゲソを一人で食ったぴーちゃん。だし巻きたまごも唐揚げも。ごま油の香る韓国風おにぎりも。殆ど全部おっさんとぴーちゃんで平らげた。美鈴ちゃんが剥いてたピーナッツだって殆ど二人で食っちまったじゃないか。それに、この間のぶどう狩りでもおっさんは誰よりも沢山ぶどうを食っていた。


「何だ。もう無えのか」


 空っぽの皿を恨めしそうに見ているぴーちゃんはまだいい。


「…………」


 おっさん……。飾りの月見団子を見つめてヨダレを垂らすのは止めないか? それは米粉を丸めただけのがっかり団子だ。食ってもたぶん旨くはないぞ。


「ぐう」


 おっさんの腹はいったいどうなってるんだ。

 おやつにと用意した団子は四種類。こしあん、つぶあん、黄色と紫、二色のおいもあん。それぞれ二串の八串分。その中のひとつたりとも俺と融の口には入っていない。

 その上さっき俺の夕飯もつついてたじゃないか。それ以上何処に入ってくって言うんだ。


「ぐうう」


 ぐうう、じゃねえ。何で手のひら程しかないおっさんが俺より大食漢なんだよ。胃袋に四次元ポ◯ットでも仕込んでるのか?


「ぐうううぅぅ」


 おっさんは本当に見えてるまんまの大きさなのだろうか? どうも食べてる量が物理的におかしい気がする。


「ぐうううぅぅーっっ」


 だから、涙を浮かべてこっちを見るなよ。悪いが団子はもう無いぞ。月見団子に手を伸ばすな。あー……食った。食っちゃったか。お月さんに怒られるぞ。……。泣くなよ。だから言ったじゃないか。たぶん不味いぞ、って。いやいや。泣きながら食わなくても……。えぐえぐ言いながら食ってたら喉詰めるぞ。


「ぐう」


 ぐうて(笑)


 ちょっと引くわ。けど、引きながらもほんわかしてしまうのは何故だろう。


 少し肌寒い夜風にススキが揺れる。さわさわと。おっさんのバーコードも揺れる。月の明かりに照らされて、頬を滑る涙が輝きながら落ちる。絶え間なく鳴く(腹の)虫の声が、夜の静寂じじまを埋めてゆく。


「もう秋だねえ」


 缶ビールを片手に融がスマートフォンのシャッターを切った。小さな画面には窓辺の風景がキレイに切り取られている。後で転送してもらおう。冷蔵庫に新しい缶ビールを取りに立ったついでに、棚にあったあたりめも掴む。


「おーい」


 袋を開けておっさんとぴーちゃんを呼んだ。よく噛んで食えよ。その方がきっと、腹も膨らむ。

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