お月見団子とおっさん

 正直、中秋の名月を有難がるような上等な感性は持ち合わせていない。月なんて、欠けてようが満ちてようが大して興味が無い。これだけ煌々と明かりが溢れていたら、出ているかどうかさえ気づかなくても不思議じゃないだろう。


 でも、それとこれとは話が別だ。


「明日はお月見だねえ。おじさん楽しみだな」


 おっさんがそう言えば、月見団子を三角に積み上げるし、ススキを買いに花屋へ走る。ススキを買うとか。てっきりその辺に生えてるもんだと思ってたら案外無いもんだな、ススキ。花屋に売ってることも驚きだったが。


 そういう訳で。すっかりお月見シチュを整えた我が家に融とぴーちゃんもやって来た。今日は美鈴ちゃんは誘っていない。さすがに部屋へはナシだ。何か、誘ったら来そうだから最初から声を掛けなかった。


 ベランダの窓を開け放ち、窓辺に皿に盛った団子とススキを飾る。フローリングの床に直置きだけど問題は無いだろう。

 おっさんとぴーちゃんは何が嬉しいのか窓の桟に座って月を眺めている。そして、融は今日もぴーちゃんをカメラに収めている。よく飽きないものだ。俺? 俺はおっさんを眺めている。いつ見ても癒されるんだ。マイナスイオンでも出てるんじゃないだろうか。


 暫く月を眺めていたおっさんがふと下を向いた。ちっちゃい手で、とんとんと首筋を叩く。どうやら首が凝ったらしい。ちっちゃい分、うんと見上げないといけないからな。


「おっさん」


 声を掛けるとこちらに振り返る。その顔がぱあっと月よりも輝いた。

 皿に盛った月見団子はお飾りなので、おっさんらのおやつにはちゃんとあんこの団子を用意したのだ。こしあんとつぶあん。それからおいもあん。いもは黄色と紫だ。選び放題だぞ。

 ちょうどシャインマスカットの粒くらいの大きさの団子は元々は串に刺さっていたが、もちろんちゃんと抜いてある。ままごと用の湯呑み(おっさんの為に買ったんだが。何か?)に冷ましたお茶を注ぎ、汚れた手を拭けるように湿らせたティッシュを置いた。


「美味しいね!」

「旨いな!」


 おっさんもぴーちゃんも満足そうだ。たまにはこういうまったりしたのもいい。この間の夢見が悪かったので、こうやって落ち着いていると安心する。口の周りあんこまみれにしてキャっキャ言ってるおっさんたち。平和って素晴らしい。


「渚くん、まだお月見してないよね? 一緒に見よう!」


 おっさんの小さな手に引かれて立ち上がる。


「おっさんはまず、口の周りをきれいにしような」

「あっ!」


 おっさんは恥ずかしそうにあんこを拭って窓の外を指差した。


「きれいだよ!」


 正直、月になんか興味は無い。まん丸だろうが三日月だろうが大差は無い。なのに何故か今夜の月が綺麗に見えるのは。


「ほんとだ。ぴーちゃん見てごらんよ。まん丸だよ」

「何だ融、知らねえのか。満月は明日だぞ」

「ええっ!」


 賑やかに夜が更けてゆく。近所迷惑だから声のトーンは落とそうな? 

 今夜の月が綺麗なのは楽しいからだ。空を見上げる俺たちの頬を、秋風がそっと撫でていった。

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