ぴーちゃんの過去

「じゃあ。もしかしてぴーちゃんも……」


 融がごくりと唾を呑む。


「ううん? ぴーちゃんは初めて会ったときからこんな感じ」


 かずこさんにあっさり否定されて、何故か融はがっくりと項垂れた。いったい何を期待していたんだ、融。見てみろ、ぴーちゃん引いてるぞ。


「でも、最高にイカしてたわぁ」

「おおっ!」


 夢みる瞳のかずこさんと、何故か喜ぶ融。言葉を失っているぴーちゃんが不憫だ。


「ぴーちゃんはね。大きな部隊を率いる将だったの」

「おおぉっ! さすがぴーちゃん!」

「渋くて素敵だったわぁ。悪役だったけど」

「お、おぉ」

「ただね」


 かずこさんは溜め息を落とした。哀しい過去を振り返り、瞳を潤ませる。


「部下がおバカすぎた」


 一瞬遠い目をしたかずこさんだったが、すぐに気を取り直して明るく微笑んだ。


「でもね。おバカだけどかわいいコたちだったのよ? 盆踊りが大好きでね」


 盆……踊り?


 俺はかずこさんが分からない。ここで何故、盆踊りが出てくるんだ。盆踊りとかわいいもあんまり結びつかないし。


「テーマ曲があってね。それがかかるともう踊らずにはいられないのね。寸足らずの手足で踊る様がそれはそれはかわいくてねぇ。全開の笑顔で力いっぱい! 想像してごらんなさいよ。全力で踊る笑顔弾けるぴーちゃん。萌え萌えでしょ?」


 すまん。かずこさん。全く理解できん。気色悪い画しか浮かんでこない。そして融、大きく頷くな。そのぴーちゃん、今、鬼瓦吊り上げてお前を睨んでるぞ。


「なのに、ぴーちゃんったら全然踊らないのぉ」

「えええっ。なんで!?」

「ねー。もったいないわよねえ。何回も誘われて手を引かれるのに、その度に誘いに来た子をぐーパンチ」

「うわあ……」

「誘いに来る方もおバカだから、ちょっと踊ると忘れてまた来ちゃうのよね。まあ、そこがまたかわいいんだけど」


 かずこさんは果汁まみれの手をおしぼりの端っこで拭いて、うっとりと頬に手を当てた。


「一回でいいから、ぴーちゃんが踊ってるとこ見たかったわぁ」


 その脳裏にはどんな光景が浮かんでいるのであろうか。考えるのも恐ろしいが。


「ぴーちゃん、踊ってよ!」


 融が爽やかにぴーちゃんに手を伸ばす。

 こいつ、話聞いてなかったのか? ああそうか。おバカな子だからすぐに忘れて手を伸ばすのか。


 ごいん! と。ぴーちゃんのぐーパンチが炸裂する。テーブルの上から融の頭より高く飛び上がる跳躍力は素晴らしい。たった手のひら程しかないのに、融に一瞬白目を剥かせる破壊力も恐ろしい。一軍の将というのも頷ける。


「踊らねえよ!」


 ぴーちゃんは吐き捨てるように言った。


「だいたいなあ。盆踊り云々のくだりは、全部姐さんの妄想だからな」

「「「「えっ!?」」」」

「姐さんは火種なんか無くたって、もくもく煙立てやがるんだよ」


 お前えらも気をつけろよ。


 ぴーちゃんの言葉が、妙に胸に突き刺さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る