第17話 歩行者保護

 予定の時間よりも大幅に早く教習所についた。建物内に入り、窓の前の席に座り、何の気なしに所内コースに視線を向けると、なんとライダースーツを着込んだ牧野さんがバイクの教習を受けていた。俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

 牧野さんの教習が終わり、建物内に戻ってきた。俺はさっそく彼女に声をかけた。

 「牧野さん」

 「あ、段さん。こんにちは」

 「ああ、こんにちは。ってバイクの教習受けてるの?」

 「はい、バイクに興味があって」

 牧野さんって、見た目によらずアクティブな娘だな。

 「段さんの今日の教習内容は?」

 「歩行者保護だよ」

 「歩行者保護、それは大変ですね」

 「なんで」

 「歩行者保護は高速教習とならんで第二段階でもっとも難しい項目と言われているんですよ。実際私も苦戦しましたし」

 「え、そうなの」

 「はい。でも、段さんならきっと大丈夫ですよ、応援してます」

 牧野さんは俺に両手でガッツポーズを見せてくれた。

 「お互い頑張りましょう」

 「ああ、頑張ろう」

 俺と牧野さんは握手をした。

 第二段階最難関の一角か。良い情報を聞いた。これで覚悟を持って教習に挑めるってもんだ。

 俺は莉来にLINEを送った。

 「教習所で牧野さんに会ったよ」

 「え? どうして??」

 「バイクの教習受けてた」

 「ホント、凄い。私も見学に行く」

 「え? ここに来るの」

 「うん、段君が心配だもん。牧野さんにも会いたいし」

 莉来とのLINEの内容を、俺は牧野さんに話した。牧野さんのスマホにも莉来からLINEが来たらしく、二人はやり取りを始めていた。

 そうこうしている内に路上教習の時間が来た。

 第二段階の教習は序盤から最高潮である。

 教習項目3・4、適切な通行位置・進路変更。

 教習項目5・6 信号などに従った運転・交差点の通行。

 そして今回は教習項目7・8 歩行者保護・状況に合わせた運転。

 その日の指導員は第一段階で検定員として

最初の説明をしてくれた還暦過ぎのお爺さんだった。

 指導員曰く、

 「今回が第二段階で一番大変なところ。ここが終わればあとは体験教習みたいな感じでサクサク進んじゃうからな!」

 ということだった。指導員の発言どおり、歩行者の保護は車を運転する者にとってもっとも重要なことで、教習生にとってはもっとも難しいところである。

 もう何がいけないのかさっぱりわからん。

 実際メッチャ怒られた。

 怒鳴られたし舌打ちもされてしまった。

 今回指導員にお前は視野が狭いと何度か言われたのだが、俺はちゃんと見ているつもりなのだが・・・・。

 指導員曰く歩行者の保護がおろそかになっていたそうだ。

 やたらと狭い道を延々と走りつつ、死角に差し掛かる毎に左右の確認をしっかり行っていたつもりなのだが

彼らに言わせれば見えていない、見ていない、ということらしい・・。

 ちゃんと首をふって見ているのだが、もっと首の振りが甘いと言われる。

 それ以上に状況に合わせた運転が出来てない!

 と散々言われてしまった。

 交差点に入るところで反対車線に車が止まっていたのだが、俺は道路の幅から対向車も通れるだろうと計算してそのまま進んだら急ブレーキを踏まれて、

 「馬鹿野郎糞野郎!!! お前が行ったら交差点から車が左折してきたら通れなくなるだろうが!!」

 と散々怒られてしまった・・・・。

 しかも駐停車禁止部分ですよ!!

 それ以前に先を予測して状況を見て運転をしろっと口をすっぱく言われてしまった。

 路上は難しい。

 というか住宅道路が難しい。

 歩行者・自転車が行きかう狭い道を安全に通行する事の大変さを身に染みて知った。

 しかし所内に帰って、コースを暫く走っているときには

 「コース内はちゃんと上手く走れているんだよ、キミは。きっと大切なのは慣れなんだよ。もうとにかく運転して走りまくって慣れるしかないんだよ」

 と指導員にフォローされた。

 確かにそうかもしれない。

 まあ住宅道路はそうそう簡単には慣れそうもないが・・。

 当然のごとく復習が付いてしまった。死にたい。

 教習所の建物内に入り、俺は原簿を返した。

 牧野さんが心配そうな面持ちで近づいてくる。

 「どうでした」

 「駄目。復習だって」

 「あちゃ」

 「もう一度乗ってくる」

 「おう、その調子ですよ、段さん」

 牧野さんの応援もあって、俺は勇気を持ってもう一度同じ教習を受けることにした。

 二度目の乗車。

 今度は第一段階一回目のみきわめでお世話になった星一徹風指導員だった。

 この時点で俺はきっと今日も駄目だろうとタカをくぐっていたが案の定。

 大通りはほぼ安全に通れるようにはなったのだが、やっぱり市街地とか細い道になると歩行者や自転車など注意してみるべきところが増えてトロトロ運転になってしまう。速度が遅いよ!! と一徹に怒られる始末。

 しかし速度を上げると歩行者を見ろと怒られる。

 歩行者をちゃんと左右確認で見て止まってるのに、今ちゃんと見てなかっただろお前とか言われる。教習生とはいえ客に向かってお前とか、この一徹風の指導員は首にするべきだ。

 いや見てるって。そんな首動かさなくても左右見えるもの。

 でも彼が首を大きく振ってみろと言うから首を余計に動かしてみるようにしたら今度はもっと前を見ろと言いやがる。

 もうどうすりゃいいのかと。。。

 俺は正面見ててもあんたの鼻毛までバッチリ見えてるんだぞ?! と言ってやろうかと思ったが大人げないので止めた。

 二回目で歩行者の保護は大分できるようになってきたが、やはり速度が遅いとか、状況にあわせた運転ができていないと怒られたあげくやっぱり駄目だった。

 良いところよりも、悪いところの方が目立ったらしく、もう一回乗れ、といわれてしまった。

 ああ、死にたい。もうなんでこうも上手くいかないのか。

 この感じ、第一段階の狭路を思い出す。

 しかし、同じ所で3度も躓くわけにはいかない。

 今は完全にはまっているが。大分感覚が分かってきたし、3度目の正直。今度こそやってやる!やってやるぞ!!と意気込んで三度7・8の項目へ挑んだ。

 外は秋の雨だった。

 そしてまた初めての指導員だった。

 正直ホント勘弁して欲しい。

 ここに来て毎回毎回違う指導員は精神的に辛いものがある。人によって言う事が微妙に違うしさ。

 案の定、今度の指導員はまた一徹さんと違う事を言い始める。

 住宅道路の死角を首をオーバーに振って確認していたら、

 さっそくそんな首振らなくても見えるだろうがよ~・・・ときたもんだ。

ええ、見えますよ。物凄い見えてますよ!!!!

 でも前回の指導員の方は首を大きく振ってみろと言ったんですよ! 

 とさすがにいい加減こっちも内心イライラしてきていたたのでちょっとキレ気味に言ってやろうかと思ったけど我慢した。

 思っていることを不用意に口と顔に出さない。

 それが大人というものだ。

 しかしこの段階まで来るとMT操作にも完全に慣れ、ギアを変えるのが苦にならず、むしろとても楽しくなってきた。

 ローからすぐにセカンド、サード、トップとギアを変えていくのが

車を動かしている感じがしてとても楽しい。楽しくて堪らない。

 MT車は生き物に乗っている感覚に似ている。

 ホントMT車は生き物だと痛感させられた。

ATは走る機械だけど・・おっと、失言かな。

 この回は多少注意はされたものの、一度も急ブレーキを踏まれる事無く、歩行者保護とかも気を使ったし、大通りでの速度超過もせず、俺の中では過去3回の中で一番納得のいく運転ができた。きっと大丈夫。

 しかし、教習終了後・・・・

 「・・・・う~ん。とりあえずもう一回この項目やろう。うん」

 と言われた。

 その瞬間は言葉が出なかった。

 確かに至らない部分もあった。

 これまで走ってきた道は順調に走れるのに知らない道に来るとテンぱるよな、とも指摘された。

 でもそんなの、第二段階の教習中では

 ある意味仕方のないことじゃないのかい??!

 知らない道をさも知っているかのごとく軽やかに走れるようになるのは免許とって何年も経って経験を積んでからじゃないのかい?! 

 多少動揺しながらも人も撥ねなかったし事故も起こさなかったじゃないか!!!!! 

 っと、そのときばかりはよほど捲くし立ててやろうかと思ったが両手の拳を強く握り締めて必死に我慢。

 しかし、俺の心の中は急激に熱くなり、

そして灯火が消えたかのように真っ暗になった。

 今まで、第一段階から詰まる部分は一杯あった。

 悔しいと思ったけど、でもすぐにやってやるって

気持ちが湧き上がって、その都度壁を乗り越えてきた。

 でも、そのときだけは、そのときだけは、

教習終了後、完全に真っ白になって

指導員が去った後も、20秒ぐらい車から出られなかった。

 何でだよ。同じ言葉が何度もグルグル回っていた。

 これ以上、何度乗っても

駄目なんじゃないかって気分になってしまった。

 俺は原簿返却カウンターの叔父さんに

無言でブン投げるように原簿を渡し、近づいてきた牧野さんと莉来にこう言った。

 「俺、バスターコール発動するわ」

 「ええええ~~~駄目ですよ~~~」

 「教習所が滅んじゃう~~」

  それから二人にうまく行かなかったやるせなさや指導員の悪口をひとしきり話した。二人とも俺に親身になって話を聞いてくれたので、つらい気持ちが少しだけ和らいだ。

 それでも頭の中は、

 何でだよ、と、もう教習所行きたくない、もう乗りたくない。三つの言葉がループしてた。それ以外何にも考えられなかった。俺って運転の才能ないのかな。

 指導員は運転適性検査が最高値かそれに順ずる数値じゃないとなれないらしいからな。そういう人の目から見たら、

俺の運転する車なんて移動式爆弾みたいなもんなんだろうな。

 その日は莉来と手を繋いで帰った。莉来の方から手を繋ごうと言ってくれた。心配かけてごめんな莉来、ありがとう。


派生元作品はこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592

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