第四話 三人目のメンバー

 「じゃあ、あと二人紹介するよ」

 「……」


 僕はそっぽを向いた。


 「……だますような真似して悪かったって。ヤスノリ」

 「いえ、ケインさんが嘘をついたわけではないので、別に気にしてませんよ」

 「……」


 まさか連れてこられた職場には四人しかいないとは。さすがにちょっと怒りたい。


 僕の感情を見抜いたのか、ケインさんが何とも言えない顔をする。


 「じゃ、じゃあ紹介するよ」


 そう言うと、ケインは古ぼけた、小さいドアを開けた。


 僕は大丈夫だけど、ケインさんはかがまなければ通れないほど小さいドアだ。

 いくら何でも、こんな安普請の省では不便極まりない。


 「さあ、改めてようこそ。ここが災害対策省だ」

 「おお……」


 予想に反して、中は思っていたよりも広かった。


 カーペットが床いっぱいに敷かれていて、その上にお洒落なテーブル、椅子が置かれている。

 ランタンが天井からいくつも吊り下がり、テレビの液晶がそれを反射する。

 少し奥にはソファと団らんスペースらしき場所まであった。


 「なんというか、秘密基地みたいな感じですね」

 「ふーん。なかなか見込みがあるね」


 僕がそう言うと、誰かがソファの背もたれからゆっくり顔を出して反応した。 

 ショートカットの女性だ。いや、これは女の子というべきだろうか。


 「あ、どうもこんにちは。ヤスノリと呼んでください」


 僕が頭を下げて挨拶をすると、女の子はじろじろと品定めをするような目つきで僕を見た。


 「彼女が三人目のメンバー。名前は――」

 「リオ。そう呼んで」


 ケインさんの紹介に割り込んで、女の子――リオが名前を教えてくれる。


 リオはじろりとケインを見た。


 「自分の紹介くらい自分でできる」

 「でも、自分の得意な事とか言いづらいかなと思って」

 「……」


 納得したのか、リオは黙った。

 ケインさんは腕を組んでうんうんうなずく。


 「意外と相性よさそうだね。じゃあ、お互い自己紹介がてら雑談でもしてて。私はお菓子でも買ってくる」


 そう言ったケインさんは小さなドアから出て行った。


 ケインさんは僕が一年間ずっと、母親以外と話してこなかったのを忘れているのかもしれない。

 覚えていたら、女の子と二人きりにするなんて真似はしないだろう。


 というかお菓子を買いに行くなんて、まるで学生のパーティー司会のようだ。


 「……とりあえず、座れば」

 「あっ、おう、うん」


 なんだか意識してしまって、返事がどもる。


 でも立ちっぱなしというわけにもいかないので、いそいそとリオの向かいのソファに座った。


 「そうだ、ケインさんは二人いるって言ってたんだけど、リオとあと一人、誰がいるの?」

 「今はいない。あいつは実家に帰ってて、この省に所属してから一回も顔を出したことがない」

 「あ、そうなんだ」


 僕がいなかった時は三人中二人だけだったなんて。どうやら、この省は本当にお飾りのようだ。


 「なんでヤスノリは呼ばれたの?」

 「え? この省にってこと?」


 リオはうなずいた。

 そういえば、ケインさんはどうして僕を連れてきたんだろうか。聞いていなかった。


 「……わからない。ケインさんが僕に何を求めているのかも、何がしたいのかも」

 「そう」


 リオは目を伏せた。


 「ちなみにリオは何でここにいるの?」

 「それは、私がここにいることがふさわしくないってこと?」

 「え、いや、そういうことではない。ただ、少し……疑問に思って」


 リオはおそらくまだ十五、十六歳くらいだろう。僕が言えたことではないが、なんで子供がこんなところに。


 「私は、もともと一般の人間で、宮仕えするつもりなんて一切なかった。だけど、私は頭がいいから」

 「へえ」

 「名門校を飛び級して、首席で卒業したのが数か月前。そこで、ケインに声をかけられた。他の道に行くか迷ったけど、結局公務員だからこっちのほうがいいかなと思った」

 「なるほど……」


 正直、選択を間違えたと思っているけど。そう付け加えるリオは、見かけによらず天才らしい。


 名門校がどの程度かはわからないが、飛び級ができる時点でこの国きっての才女と言っても過言ではないだろう。魔界全体で見てもトップレベルの学力を持っているはずだ。


 「魔法はどのくらい使えるの?」

 「学校で習ったものは一通り。あとは、飛び級の時に学会に提出した新魔法を二つ」

 「え、すごい……!」


 新魔法とはその名の通り、個人で編み出した魔法の事だ。一つ発見するだけでも莫大な資産と名声が得られるのに、それを二つも。


 やはり、リオは天才のようだ。新魔法が学会に認められれば、有名人になるかもしれない。


 「でも、魔法に関してはケインのほうがすごい」

 「そうなの?」


 リオはうなずいた。そういえば、高難度魔法送還テレポートを軽々使いこなしていた。


 そのことを話すと、リオは呆れたように首を振った。


 「その程度なら私もできる。あの人のすごいところは、その魔法を扱うセンス」

 「その程度……」


 送還テレポートで自分を転送することでさえ、その程度扱い。

 ちなみに僕は、高難度魔法は一切使えない。


 超高等学校にまで進学していればよかったな。


 今更、ふとそう思った。


 「こればかりは勉強しても仕方がない。生まれ持った才覚と、実戦で積んだ経験則がモノを言う」


 リオが言うには、魔法は基本的には単体ではあまり用いないらしい。


 いくつかの初級魔法を組み合わせれば、高等魔法を上回る汎用性を誇ることもざらにあるようで、ケインさんはその組み合わせ方が上手なのだとか。


 「だから、私はケインには魔法では勝てない。この国でケインに勝てるとしたら、国軍のトップくらい」

 「え、魔王様は?」


 魔王様が挙げられなかったから、僕はまた少し驚いた。

 そんな僕を、リオは呆れたような顔で叩いた。


 「魔王様は別格だから挙げなかっただけ。あの人に勝てる可能性があるのは、他国の魔王くらい。あなた、本当に何も知らないのね」

 「え、ケインさんですら勝てない?」

 「当たり前」


 本当にこの世界には、上には上がいるらしい。

 名門校を飛び級で卒業した天才リオに勝つケインさん。

 そのケインさんに勝つという国軍のトップ。

 その国軍のトップすらも寄せ付けない、圧倒的な魔王様。


 やはりこの国の中枢。優秀な人材が多くいるということだろう。


 「まあ、あなたにも何かがあるからケインは連れてきたんだろうし、気にしないほうがいいよ」 

 「そうだね……」


 正直、なんで自分が呼ばれたのかまったく思いつかない。

 得意な事と言えば、戦略ゲームくらいだ。


 「いやー。魔王様ってそんなにすごいのか」


 僕がそう言うと、リオは苦々しい顔を作った。


 「確かにあの人は天才中の天才。だけど、仮にも災害対策省に勤めている人間としては、あの人はあまり好きじゃない」

 「なんで?」

 「あの人が私たちの仕事をなくしているから」


 そう言ったリオは、テーブルに置いてあった水をまずそうに飲み干した。

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