第52話 鶯張り×日本庭園×隠し扉

 フロント裏の部屋で目にした“白蛇の間”と“天狼の間”やその他にも複数確認された洋館には不相応な室名が当てられていた理由が陽たちの目の前に姿を現した。


 そこは一言で表すならば日本庭園。大きな池を中心に築山が築かれていて、自然石としての庭石や草木を配されている。青色の芝生もあれば綺麗に慣らされた砂利場もある。それらを左右に隔てるように舗装された道が通る。中心に到達すれば池を跨ぐ朱色の橋が架けられている。


 庭園の外周には木造の廊下が通っている。床を踏むたびに木造ならではの軋む音が響く。鶯張りと呼ばれる技法だ。外部からの侵入者を検知する為に設けたとされる先人の知恵で、本島の京都にある知恩院や二条城などと同じ物である。現代では外部からの侵入者など早々にいるはずもなく観光の一つとされているが、この不気味な洋館だけにオーナーの趣味だけで設置された物とは考えづらい。


 一度は踏んだ廊下から足を離して鶯張りがされていない元の位置に戻る。


「迂回しますか?」


 クラリッサは庭園に繋がる五段ほどの階段を傍目に見ながら陽に尋ねた。庭園の四方にも外周に上がることが出来るように階段が設置されているようだ。利用することで鶯張りを回避することに加えてショートカットになって時間の短縮にも繋がる。しかしながら三人は躊躇いを見せた。


「どうしても庭園を渡らせることが罠だと勘ぐってしまいますね」


 鶯張りは侵入者を庭園に誘き寄せる餌役で、本命の罠は庭園にあるのではないかとイゼッタは言う。深読みと取れるイゼッタの懸念は陽とクラリッサも同様に思うところである。故に反論の声は出ない。


 何も疑心暗鬼に陥っているわけではない。洋館の様相から多少の影響は受けているかもしれないが、それでも庭園に真の罠があると危険視しているのは何も根拠がないわけではない。


 庭園は外周から階段を下りて行くように、他の建物と比べて低い位置にある。大きな木も植えられていなければ、景観を保つ為にしっかりと手入れがされた庭園には視界不良に繋がるような深く生い茂った箇所もない。つまり上空からは丸見え状態だ。仮に侵入者を想定した訓練を行えば陽たちは間違いなく高い場所に身を潜めて時を待つ。


 それだけならば警戒はしても庭園に踏み入ることに躊躇うことはなかった。洋館の最上階が二階でないことを知るまでは。


「確か……エントランスには二階までしか階段は有りませんでしたよね?」


「それは間違いない。鍵や鍵棚にしても三階の分は管理されていなかった」


「つまり存在するはずのない上階、と言うわけですか……」


 ますますミステリー染みてきた事態に三人は沈黙する。夢だと疑いたくもなるが二階より更に上階が実在する。ならば庭園を見下ろす場所が確実に用意されていることになった。


「こうなってくると両方とも罠に思えてくるな」


 鶯張りの廊下も庭園も侵入者を誘き寄せる罠で、正しい道は別にあるのではないかと考え始める。


「……ずっと気になっていたのですが、どうしてこの区画は和風なのでしょうか?」


 クラリッサの疑問の意図が読み取れずに二人は首を傾げた。


「外観は洋風でエントランスなども洋風でした。しかし、扉を開けばガラスの廊下やこのような和風テイストの区画が広がっています」


「つまり和風そのものに意味があるということかしら?」


「はい! これまでは鶯張りの廊下や日本庭園だけに注意して目を光らせましたが、この区画そのものに意味があると考えれば――」


「答えとなる仕掛けが別にあるというわけか!」


 答え合わせをするように導き出された会話は発言者であるクラリッサが頷くことで終止符が打たれた。そのことを踏まえて三人は思考に移る。鶯張りや日本庭園といった物は現代よりも古き時代の建築技術で、それらが活用されていた場所を彷彿とさせるのは城郭だ。


「まさかとは思いますが……隠し扉があるのでは?」


 現代を生きる者としてはどうしてもドラマや漫画をイメージしてしまう。和風区画前に通ったガラスの廊下からしても洋館の設計者は遊び心が豊かと思える。侵入者対策と考えるより、来訪者を楽しませる趣向があると考えた方がしっくりと来る。


「そうなると鶯張りの廊下を歩くことになるわけだが……」


 隠し扉を探すにはどうしても廊下を歩く必要がある。鶯張りが罠である可能性がゼロになったわけではないから信頼できない。


 そこで陽は一計を案じた。風を操る異能で足場を作ったのだ。旋風のように渦巻いた風の足場に足を乗せて三人の体を浮かす。


「便利な能力ですね」


「動かせる数に限りがあるがな」


「ですが、これなら探索が可能ですね!」


 両腕を胸の前に立ててファイト! のポーズをクラリッサは取った。その可愛らしい姿に思わず笑みを浮かべてしまう陽とイゼッタは改めて気合を注入するように声を出した。それが合図となって隠し扉の探索が開始された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る