第35話 異能×法術×銀弾

 圧し掛かる瓦礫を蹴り上げて視界をクリアにしたヴラドは全身を襲う痛みに表情を歪める。完全な無防備状態で受けた一撃は容易く骨を砕いた。砕けた骨は五臓六腑の至る箇所に刺さる。咳一つにしても痛みが伴って吐血してしまう。即死していても不思議ではないなか、意識も保てているのは肉体的にも精神的にも常人離れしている何よりの証明である。


「……この時だけは機械の体が羨ましく思うな」


 痛みに耐えながらヴラドは独白する。梅巽の最高傑作である武蔵弐式の開発と並行して開発が進められたのがヴラドはいわば血の繫がりがない兄弟のような関係だ。一方はロボットで、一方は人工生命体。見た目もさることながら開発技術も根本から異なる二人だ。唯一の共通点は人工脳が搭載された兵器であること。そして科学特区の秘密兵器であることだ。


「その兵器がたった一日で二つも失うのはまずいだろ……」


 ヴラドは科学特区が置かれた地位を危ぶむ。このまま敗北することになれば七年間に渡る悪逆非道の計画が暴かれてしまう。それは他特区に弱味を握られてしまうということ。そうなれば科学特区は隷属的立場に堕ちてしまう。


「そうさ。私に敗北は許されない!」


 ヴラドは歯を食いしばることで痛みに耐えながら体を起き上がらせた。科学特区の勝手な都合で作られた自分にも愛国心があることに驚く。そして何かの為に戦う目的があるということが奥底から力を湧きださせるトリガーになるとは思っていなかった。


 これまでのヴラドは伝説の怪物を基に作り出されたプライドだけで戦ってきた。不死性を持つ吸血鬼が人間如きに遅れを取ることは許されないという一心だけが力を湧き出させるトリガーだった。しかし、痛みと死を実感したことでヴラドは人の心を学習した。


 恐怖と怒り。喜怒哀楽のうち二つを覚えた。その心の成長は木の枝のように別れては芽を育む。それらの芽が花開くことでヴラドはより人間らしさを学ぶ。それこそが科学者たちが願う本来の人工脳の在り方。しかし、科学特区では劣等感から力を誇示するための兵器に転用してしまった。


「驕っていたのは何も私だけではないということか……」


 武蔵弐式のことを馬鹿にできないな、とヴラドは自分を嘲笑した。それから体ごと近寄ってくる陽たちに向けた。


                ◇


 陽は平然と立つヴラドの姿を視界に捉えた。不意打ちによる一撃の感触から複数の骨を折ったにも関わらず、その様子が窺えないことに内心驚く。ヴラドが超回復を持つ不死性の吸血鬼である情報は那月たちが知らされてはいるが、実際に自分の目で拝むまではどこか信じられない部分があった。


「本当に回復するみたいだな」


「信じてなかったの?」


「どんな傷も治すなんてこと自分の目で見ない限り完全に信じるのは無理だろ」


「その気持ちわからなくもないわ。でも万全な吸血鬼を見ていないから驚きはマシな方よ」


「まさに伝説だな。超人的な能力にしても銀弾の弱点にしても。だからこそ勝機があるわけだ」


 有名すぎるが故に弱点を晒すことになってしまうとは皮肉な話である。ただしこの条件が当てはまるのはヴラドだけだと考えた方がいい。オリジナルには常識とされる吸血鬼の弱点が通用しないと疑ってかかるべきである。


「それはどうしてですか?」


「俺たちの知る常識は人が作り出した吸血鬼伝説に基づく。それはヴラドを開発した科学者も例外ではない」


「――――?」


 クラリッサや大橋組の二人は理解が追いつかずにクエスチョンマークを頭上に浮かべる。


「科学者がヴラドを作り出した情報もまた私たちが知る伝説に基づいた常識だということです。だから彼に銀弾は弱点となった。そうなることを知っていたから私も銀弾の製造をしたのよ」


 イゼッタが代表としてわかり易い説明にクラリッサたちも理解が及んだ。


 間髪入れず那月の声が届く。


「無駄話はそこまで。――くるわよ!」


 怪我人とは思えない速度で突進してくるヴラドの姿を皆が捉えた。


 いち早く動いたのは陽だ。右手で風の波を作って球体にすると、ヴラドの足元を狙って投擲した。足元を狙うことでヴラドの行動範囲を制限する狙いだ。しかし、ヴラドの速度は陽の狙いを上回った。


 風の弾丸を踏み台にして更に加速してみせたのだ。陽の風を味方につけたヴラドは視認できない速さに到達すると、瞬時に陽の懐に潜り込んだ。五指をピタリと閉じて指の先端に力を入れる。指先から伸びる爪は上顎に生える牙と同様の鋭さを誇る。


 ヴラドはその武器を持って陽の腹にめがけて腕を伸ばした。


 対して陽は腰帯に差す刀を持ち上げた。刀の半分が腰帯の上側に出たところで抜き身にすると、合わせてヴラドの五指が刀身に直撃した。


 刀身と五指の爪がせめぎ合う。金属の削れる音と火花を散らしながらどちらも譲らない一進一退が続くも、膠着状態を良しとしないヴラドはすぐさま距離を取った。直後、ヴラドのいた場所に一本の線が走った。


 那月による刺突だ。


「相も変わらず素早いわね」


 那月は柄剣の刀身を掌で軽く叩きながら肩を竦める。


「でも、残念。そこは陽の領域よ」


「なにを――⁉」


 那月の言葉を否定しようと声を荒げたヴラドは胸元から噴き出した鮮血を見て言葉を失った。陽の持つ刀身の長さを把握したうえで距離を取ったのだから斬撃が届くことはない。


「馬鹿な⁉ 現実が嘘を吐いたというのか⁉」


 傷口に手を押し当てて出血を止めようとするも、隙間から溢れんばかりの鮮血が流れていく。不死性の一部を破壊されたことで回復力を著しく低下させてしまったヴラドにとって多量の出血は初めての経験だった。


 視界が霞み始める。出血多量によって血の循環が滞ったことで起きた現象だ。視界の霞みだけで済んでいるのは斬撃の痛みが勝ったことで意識が覚醒してくれているからだ。


 そんな体調の最中でもヴラドは陽の観察は欠かさない。刀身の届かない距離を取ったにも関わらず斬撃を受けた不可解な現実を明かさなければ同じ轍を踏んでしまう。


 そんな時間を陽が与えるはずもない。畳みかけるように突進した陽は刀身が届かない離れた位置から横一線に刀を振り抜いた。ヴラドは大事を取って後方に下がるも、またしても現実が嘘を吐いた。


 腹に横一文字の切口が走ったのだ。少しでも後退したことが功を奏したのか、胸元の傷口よりも浅く済んだ。


「見えない攻撃……。見えない……刀身?」


 同じ言葉を繰り返していくうちにヴラドの脳内で一つの仮定が出来上がった。即ち見えない刀身。陽が持つ風を操る異能によって刀身を伸ばし、斬撃の射程距離を広げたというものだ。


「ご名答だ。風による刀身の調整は便利で、良く使う手なのさ。色のない風を視認することは誰にもできないからな」


「厄介な技を……」


 ヴラドは舌打ちをする。目に見えない刀身を回避するには調整の限界を知る必要がある。仮に最長を知ることが出来れば射程外に後退することで攻撃を受ける可能性はなくなるからだ。だがこれは刀身の調整に限界があることが前提だ。そしてヴラドが調べる方法はただ一つ、戦いの中で見極める他にない。


 ヴラドは覚悟して自ら攻撃を仕掛けようと構えた矢先に陽から声が届く。


「俺だけに集中していていいのか?」


「なんだと……⁉」


 陽の言葉が合図のようにヴラドの足場に陣が展開されると、光の柱が天に昇ってヴラドを包み込んだ。光熱でチリチリと肌が焼けていく。その熱量は肌から煙を上げるほどの威力を誇る。痛みと熱さに苦しみもがきながら光の柱から脱出をしたヴラドに那月の追撃が襲う。


「一閃“雷光撃らいこうげき”」


 全身に雷の衣を纏った那月の刺突がヴラドの右肩を貫いた。そして刀身まで及ぶ雷の衣が内側から肉体を焼いていく。生肉が焼けた独特の焦げ臭さが周囲に漂う。ヴラドは那月の体を手で押し返すことで強引に右肩から柄剣を抜いた。


 ヴラドが覚束ない足取りでよろめきながら後ずさりしていく。回復が間に合わない肉体は誰の目から見てもわかるほどの重体。そこに止めを刺す一発の銃弾がヴラドの胸を貫いた。銃撃の反動で体ごと弾かれたヴラドは背中から地面に倒れ込んだ。

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