第34話 異変×反撃×集合

 ヴラドは体の異変に気付いた。異常なまでに体が火照り、大量の汗が全身から滲ませている。運動した後のような爽快感のある汗ではなく、痛みなど苦しさを耐える際に溢れ出す脂汗である。


(なんだこれは……)


 腕で汗を拭う。その際に汗とは別に何かが付着した感触を味わう。反射的に拭った腕に視線を落としたヴラドは付着物の正体に目を見開いた。


「馬鹿な⁉ どうして血が止まっていない⁉」


 どんな傷でも瞬時で回復する体質を持つヴラドはいくら拭っても出血が止まらないことに動揺を見せる。ヴラドの突然の動揺とそれを起こした事態の展開に那月たちも追いつけていない。その最中で出血する傷を与えたイゼッタのみが笑顔を浮かべていた。


「あらあら。人の生き血を糧とする吸血鬼ともあろう人物が自分の出血に耐性はない様子。情けないですわね」


 ヴラドを挑発する発言をしたイゼッタは皆に見せるように空の薬莢を手の上から落とした。回転しながら落下していく空の薬莢に皆の視線が集まる。地上に着地した空の薬莢は乾いた音を鳴らしながら跳ねては宙を何度か舞う。その光景を終始、眺めていた三人の表情が一変した。なかでもヴラドの表情は驚きと怒りが混じる複雑なものだ。


「それは銀弾⁉ 馬鹿な⁉」


 ヴラドの感情は驚きが勝った。不死身の吸血鬼を葬ることが出来る唯一の道具。架空の物語にしか登場しないとされる伝説の銃弾だ。だがそれは吸血鬼にも当てはまる。その吸血鬼が存在するのならば伝説の銃弾が現界しても不思議ではない。


「何を驚いているのかしら? 何かを創造する時は必ず破壊する方法も考えて研究するものよ。まあ、科学特区の科学者たちは完全制御できると踏んで開発はしていなかったみたいですが」


 最悪を想定できない科学者など二流と言わざるを得ない。


「科学者でもない貴様がどうやって銀弾を作り出したというのだ⁉」


「貴方を作るためのサンプルを提出していたのは私よ? そして非道と知りながらも息子の蘇生を優先してしまった。ならばあらゆる方法を探って完璧に蘇生を成功させることが私に出来る唯一の罪滅ぼし」


 それが自己満足でしかないことはイゼッタも理解している。間接的とはいえ殺人に加担してしまった罪を償うことなど出来ないと知っている。


「だからこれは口実です。現実逃避するための口実でしかないのです」


 無理矢理にも目的を作るって縋らなければ自我が保てなかった。それも限界が来ていたときに陽たちが屋敷を訪問した。


 自分を叱責し、自分の罪を認めてくれる人物の存在は彼女にとって救いの光になった。本当は試しなど不要だったが、無償の協力はかえって不信感を抱かせてしまうと考えた末の判断だった。


「でも、よかった。ただの口実が彼等の助けになったのですから」


 寂しさを秘めた瞳でイゼッタは手に握る銀弾を見る。息子を蘇生させる研究を進めていくなかで完成したのが銀弾だ。救いを求めた結果が命を奪う銃弾など皮肉な話である。


 イゼッタは双眸を拭ってから落としていた頭を持ち上げた。その瞳は強い意志を秘めた力強いものになっていた。


「那月さん! お願いします!」


「任せておきなさい! 援護は頼むわよ、クラリッサ!」


「もちろんです!」


 クラリッサが法術を唱える。背後に複数の陣が展開する。紡がれる言葉に連動して陣が発光していくと、それは弾丸となって放出された。一発、二発、と撃たれた光の弾丸はものの数秒で数十発の弾丸に増殖してヴラドを狙う。


 ヴラドは跳躍する。先行した弾丸が足場を穿つと、その爆発を蹴ることで空中を移動した。その後も追尾してくる光の弾丸の爆発を利用して加速していく。


(あの程度の攻撃ならばいくら撃たれても問題ないが――)


 ヴラドの不安は一発の弾丸が太股を掠めたことで証明された。


(やはり回復するのが遅い!)


 瞬時に回復することが最大の利点だった再生能力に衰えが目に見えて分かった。銀弾の毒が全身を回って吸血鬼の不死身性を壊しつつあるのだ。


 銀弾の効果にヴラドは慄く。頬を掠めただけで不死性を壊す威力を持つ銀弾が直撃したら、と想像するだけで発狂してしまいそうだ。


 ヴラドは身体の変化に気を取られ過ぎた。そのために接近する那月の姿に気付くのが遅れた。


「随分と焦っているみたいね。注意力が散漫よ」


 上段に構えた仕込み剣をヴラドにめがけて振り下ろした。直撃すれば中心から真っ二つになる軌道。ヴラドは咄嗟に全身を縦の姿勢を取る。直後に那月の仕込み剣が眼前の空気を切った。刀身がヴラドの前髪を掠ったことでパラパラと散った。


 紙一重の回避にヴラドは冷や汗を掻きながらも回避されたことで隙の出来た那月に反撃しようと動くも、咄嗟に距離を取る行動に変えた。直感的に反撃に移ることが自分の首を絞めてしまうと訴えてきたからだ。


 ヴラドの直感は的中した。前方を螺旋の描いた銀弾が通過したのだ。


「あー、惜しい!」


 クラリッサが真実を告げる。ヴラドが直感を信じなければ今頃は決着していた。気付けば形成が逆転されている。その事実にヴラドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。これまで戦場を駆け回していた頃の姿はない。


(こうも! こうにも! 命を失う戦いというのは恐ろしいものなのか!)


 不死性を失ったことで初めてヴラドは恐怖感を覚えていた。良くも悪くも大胆な攻撃が売りにしていたヴラドの動きが萎縮してしまう。そうなってしまっては超越した身体能力も十全の力を発揮できない。


 だからヴラドは恥を忍んで逃走を図った。那月たちに背後を向けて一目散に走り出す。ヴラドが逃走することを想定していなかった那月たちは一歩出遅れる形になった。そのタイムラグがヴラドにとって有利に働いた。様々な動きを要求される戦闘と違って逃走は敵方からどれだけ距離を離せるか。その点に置いてはヴラドの身体能力を勝る人物はこの場にはいない。


 瞬く間に距離が開いていく。気配が離れていくのを感じ取ったヴラドは初めて背後を振り返って距離を確認する。まだ視界には入っているが、それでも確実に逃げ切れると判断すると、ホッと安堵の息を漏らした。


 その矢先だった。安心したことで無自覚に気を緩めてしまったヴラドの全身を衝撃が襲った。


 応援に駆け付けた陽による一撃だ。距離を詰めるのに精一杯だった陽は抜刀する時間を惜しむことで一撃を与えるまでの時間を削減した。秒数にすれば些細な差。その僅かな差がヴラドの油断を突く形になった。


 横殴りされた形で体ごと吹っ飛ばされたヴラドは複数の建物を破壊しながら屋内に身を投じた。破壊された建物の瓦礫が追撃ちをかけるように上空から降り注いでヴラドを埋まらせた。


 少しして那月たちが陽の下に到着した。


「そっちは無事だったみたいね」


「少し苦戦はしたがどうにかな。それよりも間に合って良かった」


 地上に出た陽は直ぐにブンガイたちから那月たちの事を知らされて駆けつけてきた。そのブンガイたちも遅ればせながら到着した。ひーひー、と悲鳴をあげながら全身を使って呼吸をする。


「ブンガイさんたちもご無事で何よりです!」


 クラリッサは改めてブンガイたちの無事に喜びの声をあげるも、疲労困憊の二人は苦し紛れの笑顔を向けるのがやっとだった。その様子を見てクラリッサは苦笑いを浮かべる。


 それから陽はイゼッタに顔を向けた。


「貴方がどうしてここに?」


「私も当事者ですから。いつまでも身を隠して知らないふりが出来なかったということです」


「……なるほど。では期待していますよ」


「はい! 私の銃技を存分にご覧くださいませ」


 大きなスナイパーライフルを両手に抱えながら満面の笑みを浮かべた。陽もイゼッタの笑顔に応えるように笑みを浮かべて頷いた後、改めて那月に顔の向きを戻す。


「那月たちが追い駆けていたから取りあえず攻撃してみたが、あれはなんだ?」


「本物の吸血鬼よ」


「つまりあれが七年前から続く研究の成果か……」


「そういうことになるわね。ちなみに不死性による超回復を持ちながら人間離れした身体能力を持つわ」


「不死性? そんな奴を相手にどうやって戦うつもりだ?」


 陽の疑問を答えるためにイゼッタが前に出て銀弾を見せた。


「吸血鬼の不死性を壊す銀弾です」


「効果のほどは?」


「頬を掠めただけで回復に滞りが発生していた。かなりの効き目と判断していいわ」


「それなら勝てる見込みもあるわけだ」


 陽はイゼッタが銀弾をどのように手に入れたのか追及することをしなかった。この場は彼女の覚悟を知っていれば問題ないと判断したからだ。


 遠くの建物が大きく崩れた。それをヴラドが起き上がったと各自、捉える。


「さて、と。吸血鬼事件の終幕までもう少しだ。最後まで気を抜かずによろしく頼む」


 陽の号令に各自が答えた。


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